145 耐えて待つ、耐えて待つ、その日が来ると
ヘクタールの従者達はロボットや人形ではなくやはり人間だったのだ。
美味しい食事と風呂で癒された人達は次々にヘクタールに対する愚痴を言いだした。
シンパの縛り付けられた監視者連中以外は誰一人としてヘクタールに本心から忠誠を誓っているような人はいないようだ。
「ユカ様、僕にいい考えがあるんです」
「ホーム、それってどういう事?」
「まあ任せてください」
ホームはすっかりリラックスしたヘクタールの従者達の前の少し高く盛り上がった場所に立ち、全員に聞こえるように話し出した。
「皆さん、今日の事は奇跡です。苦しめられている皆さんを助ける為、神は救世主を遣わせました。ここにいるユカ様は創世神が遣わした救世主様なのです!」
ホームはリットル村でやったように私を救世主として祀り上げたのだ。
まあ下手に伯爵の代行が虐げられた領民の解放をする為に来たというと戦争の火種になる。
実際、現代日本で見ていた海外のニュースでも解放軍が出た地域というのはどこもその後紛争の火種になり泥沼の戦闘が続いていたのは歴史が証明している。
それよりは神に遣わされた奇跡を起こす救世主がいる事の方がよほど信ぴょう性があるというわけだ。
「皆さん、ボクは創世神に遣わされた救世主です。ここにいるのはボクの気持ちに賛同してくれて協力してくれている仲間です」
「ユカ様……ありがとうございます!」
「そうですわ、私たちは救世主様と共に皆様を救う為にここに参りましたですの」
ここはみんなで救世主のフリをした方が今のヘクタールの従者達には話が通じるのは確実だ。
「皆さん、ヘクタールは悪魔に魂を売っています。実際彼の手下の盗賊は邪神のしもべでした」
従者達の間に動揺が広まっている。
「ボク達は神の命によりヘクタールを討つ為にここに来ました。まだもう少し時間はかかりますが必ずこの土地には光と恵み、そして笑顔があふれるようになります。それまでボク達を信じて耐えて待ってください!」
実際すぐにヘクタールを討つのは難しい。
だが今の私達なら一週間以内にこのヘクタール領に平和を取り戻すのは必ず可能だ。
そう思い私は従者達に希望を与えた。
「救世主様! しかし私達は救われるべき存在なのでしょうか? ……命令とはいえ私は我が身可愛さにヘクタールの非道な行いに従っていました」
「オレもです、他の人や領民に酷い事をしてしまいました、そんなオレでも救われていいのでしょうか……」
ヘクタールの従者達は次々に自らの悪事を懺悔し始めた。
「皆様の罪、私が受け止めます。聖なる力よ、この者達の心を癒したまえ……レザレクション!」
エリアがレザレクションでヘクタールの従者達の心の傷を癒した。
ある者は涙を流し、あるものは地面にひれ伏し、ここにいる皆が今までの嫌な自分自身と決別する事を決めた。
「下民を惑わす魔女め! 偽りの救世主! くたばれ!!」
縛られたままの監視者達が私達に侮蔑や怨嗟の言葉を吐き続けていた。
しかしヘクタールの従者だった者達は彼等を睨むと全員でその連中を運び出した。
「離せ! 離せっ! 下民が触れるなぁー! 血が穢れるだろうがぁ」
監視者達は全員宿舎の地下の折檻の為の懲罰室に連れていかれ、鍵を閉められた。
「救世主様。私達はどうすれば良いのでしょうか」
「とりあえずはまだしばらく今まで通り動いてくれ、ボク達が再び屋敷に来た時協力をお願いする」
「わかりました、しかし……私達はこれ以上非道な事をとてもする気になれません」
「我慢してくれ、今いきなり態度が変わるとあなた達の命が危ない」
「わかりました、我々は救世主様の再び現れるその日まで耐えて待ちます」
本当は全員助けてあげたい、だが下手に今動けば全員がヘクタールに粛清されてしまう。
それならせめて今できる事だけをするべきなのだ。
幸い功名心の塊のようなヘクタールの奴は就任式典が終わるまではしばらく迎賓館の貴族しか見えていない状態だ。