144 食事と風呂と健康と
私はマーカーチェックを使い今の座標と冒険者ギルドの位置を特定後、一度ワープ床で移動した。
その後はメモに取っていた座標を元にリットル村の村長の館に移動。
この二つの場所でそれぞれ大量の人数に使える炊き出しの為の材料と料理道具を確保してきたのだ。
たしかに食器位ならヘクタールの従者達の宿舎にもある。
しかし下手にそれを使うと後々面倒な事になりそうなのであえて全部外部からの調達で済ませたのだ。
私の意図を酌んでくれていたホーム達はヘクタールのシンパ以外の全ての従者達をヘクタールの命令と称して裏の畑の土地に全員集めた。
そして私達はその場所を使い、ホームの特製シチューを芋煮会用の大鍋で用意してヘクタールの従者達が現れるのを待った。
特製シチューが煮えてきちんと完成したのは最初の従者が来る数分前だった。
「これは……一体」
「わしら、夢でも見ているのか??」
ヘクタールの従者達は目の前の美味しそうなシチューを眺め、信じられないといった表情だった。
「皆さん、これはボク達が用意した皆さんの為の食事です。どうぞ食べてください」
だが、従者達は誰一人動こうとしなかった。
目の前にある食事はどう考えてもヘクタールの意に沿わない物だとわかっていたからだ。
ヘクタールは従者を下民だと見ているので労いも無ければ食事も最底辺の物しか与えない。
そんなヘクタールが従者の為に美味しそうな食事を用意するわけがないのだ。
しかし、従者達は目の前の美味しそうなシチューから目を離せなかった。
人間の三大欲求の一つ、食欲は制御しようとしてなかなか出来るものではない。
だから美味しそうな画像をネットにアップする飯テロなる言葉が生まれるのだ。
我慢していた従者達だったが、一人が恐る恐る踏み出した事で全員が堰を切った様に並び出した。
私達の作戦勝ちだ。
実際一度シチューを食べだした従者達はあっという間に食べてしまい、何度もおかわりをしようと並んでいた。
材料はどうとでもできる、何故なら私は誰にも見えない場所にワープ床を作り冒険者ギルドと行き来して食材を持ってきているからだ。
従者達は全員が満腹で幸せそうな顔をして座り込んでいた。
そこに様子がおかしいと思ったヘクタールの手下の監視役が血相を変えて走ってきた。
「スリープ」
ホームの魔法で監視役達は簡単に眠ってしまったのでマイルさんが眠った全員を木に縛り付けてくれた。
そしてじっくりと従者達の姿を見た私はその薄汚れた姿が気になった。
多分彼らはまともに風呂に入る事など出来た事もないのだろう。
実際中世の伝染病の原因は水の汚染や風呂等の無い不潔さにあった。
このヘクタールの従者達も薄汚れているのはそういう事に対する知識が無いからだと言える。
「目の前の畑を温泉にチェンジ!」
私は畑一杯のサイズを温泉にマップチェンジし、男性女性の境目の壁を作った。
「さあ、皆さん。どうぞゆっくり入ってください」
食事の事だけでも信じられないと思っていたヘクタールの従者は私が作った温泉を見て驚愕していた。
だが、やはり一人が服を脱ぎだすと皆が挙って風呂に入りだした。
そこで見た物は今までにない程穏やかな表情になった従者達の顔だった。
彼等彼女等は私達と打ち解け、冷え切った心は完全に溶けていた。
「貴様ら! ヘクタール様に逆らう愚か者共が! 許さんぞ」
縛り付けたままのヘクタールの手下がわめいているが誰一人として従う者はいなかった。
所詮恐怖で縛り付けるよりも安心を与える方が人は従う。
ブラック企業の監視役と同じような思考の連中にはそれが全く分からないのだ。
だが、そんな従者達と私達を虚ろな目で見ていた三人のメイド達は何一つ表情も変えず、私達の用意した食事もしなければ入浴もせずにただじっと立って見ているだけだった。