143 食事と心の雪解け
私達に用意された食事は到底食事とはいいがたいレベルの物だった。
ぬるく水っぽいだけで具も入っていないスープ、腐りかけた野菜、そして硬くて歯で噛むのも一苦労の黒パンだ。
他の従業員も同じような物を食べている、到底味なんてないだろう。
食事をしているというより、義務的に何かを口に入れているようなものだ。
私は前世での『トライエニアックス』の食堂でも覇気が無かった事を思い出した。
引っ越す前の『トライア』には食堂は無かった、しかしみんなが持ち寄った食事はたとえジャンクフードでもコンビニ弁当でもスタッフ全員で和気あいあいと食べながらゲームのアイデアや次回作何を作りたいか話し合ってとても楽しかった。
だが、合併後の新社屋には立派な食堂が出来、メニューも豪華になった。
しかし、そこには笑顔も会話も何もなかった。
そこにあったのは社員と派遣やアルバイトの格差、そして重く冷たい空気だけだった。
私はそれが好きになれないので社員食堂はほとんど使った事が無かった。
何よりも社員だけが食べられて派遣やアルバイトは場所だけの提供というスタイルに納得がいかなかったのだ。
理由は分かる、社員には福利厚生費があるのでその分給料から引かれているから社食を使える、派遣やアルバイトはその部分が無いので使えないというのが理由だ。
だがそれだとモチベーションが下がる一方。
せめて給料差し引きでも使えるようするべきではなかったのだろうか。
だが上層部に私の意見は却下された。
「ユカ様……何を考えてるんですか」
「い、いやね。みんな食事を楽しめてないよなとおもったんだ」
「そうですね、ここには笑顔も会話もありませんね」
そんな話をしていた私達の横を恰幅の良い男が通り過ぎた。
「貴様ら! 食堂での私語は厳禁だ! 貴様らどこの所属の者だ!?」
恰幅のいい男の皿には肉や野菜が山盛りに乗せられていた。
どうやらここでは階級で食事のランクが決まるらしい、この男はヘクタールに近い立場の奴なのだろう。
他の従者達が恨めしそうな目で男の皿を見ていた。
私はそれがとても許せなく感じたのである事を思いついた。
「ゴメン、少し席外すね」
「……! わかりました、少しかかりそうですね。待ってます」
ホームは私が何をしようとしたのかを薄々感じたようだ。
そして私はトイレに行くふりをし、鍵を閉めた。
「この床をワープ床にチェンジ!!」
私の向かったのは冒険者ギルドだ。ここで私はありったけの食料を確保し、その後ワープ床でリットル村の芋煮に使った鍋も持って再びワープ床で戻った後、宿舎の建物の裏の何もない畑の物置に食料と鍋を置いた。
そして、再びみんなの所に戻ったのだ。
「お待たせ、ちょっと長引いちゃった。ゴメン」
「大丈夫ですよ、ユカ様が出かけている間に食堂にいた人達に後程集まるようにヘクタールの命令だと言っておきました」
ホームは私の意図が分かってくれていたようだ。
そう、私達がやろうとしているのは一部の連中が威張り腐って美味しい物を食べているのを見ているしかなかった人達に美味しい食事を出してあげる事だったのだ。
「ユカ様、急ぎましょう。集まるように言った時間まであまり時間がありません」
「そうだね。みんな、頼むよ」
私達は裏の畑の場所を使い、その場で何十人もが食べれるような特製シチューを作った。
突貫作業だったが、ホームが従者達に集まるように言った時間の少し前までにシチューは完成、全員分用意できた。
そして、ヘクタールの命令だと聞き、渋々集まった人達は目の前の光景に驚いていた。
今までに見た事も無いような美味しそうな料理を見たのだ。
温かく、美味しそうな肉と野菜たっぷりのシチューの湯気と匂いは、ヘクタールの従者達の冷たく冷え切った心を温かく包み込んだのだ。