141 イノシシのスープとステーキ
今回の話はグロ注意
貴族令嬢ローサからの視点の話です。
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ワタクシはヘクタール男爵のご招待で迎賓館に招かれた。
お父様とお母様は他の貴族様と談笑をしている。
大人同士の話は難しくて何を話しているのかは詳しく存じませぬが、仕事の話だという事は分かった。
言葉の端々に家畜、奴隷、下民、搾取といった言葉が聞き取れたがそれは貴族なら当然よく使う言葉である。
正直ワタクシは退屈だった。
音楽も大したレベルではない、調度品や絵画も見る程のレベルの物ではない。
これならまだワタクシが絵を描いた方がよほどマシ。
ですがここには絵を描けるような物も用意されていない。
どうせならあの素敵な小さな騎士様がいてくれれば素敵だったのに。
あのお方はワタクシの誘いを断って更に下民の従者と一緒に泊まると言い出した。
いったいどういう教育を受けているのかしら、下民と一緒にいると血が穢れると聞くのに、あのお方はワタクシよりも下民を選んだ、これは許されざる事。
「ローサ、皆様にご挨拶なさい」
「皆様、ワタクシはパティオ子爵の娘『ローサ・リャヌラ・パティオ』でございます。どうぞお見知り置きくださいませ」
「おお、美しい。母君にそっくりだ」
「ローサ殿、ワシの孫のお相手にいかがかな。家柄は申し分ないぞ」
皆がワタクシを褒め称えた。
これは悪い気分ではない、きっとお父様はワタクシが社交界デビューする前に貴族の重鎮方にワタクシを紹介する為に連れてきてくれたのだろう。
「ローサ様、湯浴みの準備が整いました、浴室へどうぞ」
男爵家の風呂にはあまり期待はしていないが、お風呂があるのは素晴らしい。
ワタクシは侍女たちに体を洗わせ、しばし湯浴みを楽しんだ。
その後侍女達に湯浴み着に着替えさせた後、少し部屋でゆっくり休んでから食事の時間が来た。
「皆様、お食事の準備が整いました。どうぞレセプションホールへお越しくださいませ」
ワタクシは再度侍女に着替えさせた服を着て、お父様の後ろに続き、レセプションホールに向かった。
「さあ、皆様。最高のお食事をお楽しみください。本日は先程良いイノシシの肉が手に入りました。最高級のイノシシのスープとステーキでございます」
「おお、これは楽しみじゃわい」
「まああの下品なイノシシもこうなると味わい深い」
ワタクシはお父様にテーブルマナーはしっかりと躾けられている。
それなのでワタクシは他の貴族様にも恥ずかしくない嗜みで私は食事を始めた。
「このイノシシのステーキ、あの時の物と同じ味だわ……」
ワタクシがこの味を知ったのは6歳の誕生日の時に初めて玩具をもらった時の物だった。
まだ何も知らなかったワタクシは事もあろうに下民の男をお兄ちゃんと呼び、親しんでいた。
しかし誕生日の日、お父様から初めて誕生日に貰ったプレゼントはその下民の男だった。
お父様はこれを遊んで壊してもいい玩具だと教えてくれた。
その時、お父様が「下民ごときが私の娘をたぶらかして」と言っていたが未だ意味はよくわからない。
ワタクシは最初抵抗があったが玩具で遊ぶ事が貴族の嗜みと学び、その下民の男を壊れるまで遊びつくした。
その日の夜、誕生日の宴席で出されたスープとステーキがこの味と同じ物だった。
それ以降、誕生日の度、ワタクシは玩具をもらい、壊れるまで遊んだ。
玩具が壊れたとお父様に伝えた日の夕食は決まってイノシシのステーキだった。
これはワタクシの好きな味だ。
しかし何故か一番最初にこのステーキを食べた時、私は不思議と涙が止まらなかった。
「素晴らしいお味でした」
「ふー、これだけの上質な肉はそうは味わえんからのう、食っている物が違うのだろう」
「我が領で捕れる痩せ細った鹿とは比べ物にならんですな」
他の貴族の方々もイノシシのステーキを堪能していた。
「このお味、是非ともあのお方と一緒に味わいたかったですわ……」
ワタクシは何故あのお方が男爵の申し出を断ったのかまるで理解できなかった。
下民と一緒にいてもこれ程最高の料理は味わえないのに、あの方は貴族の素晴らしさをまるで知らない。
「ワタクシがお父様の御眼鏡に適うようにあのお方を導いてみせますわ」