140 ヘクタールの申し出
ホームとロビーネ男爵の決闘はホームによる無傷の圧勝で決着がついた。
公爵派貴族はホームの勝利を讃えるよりもブザマに負けたロビーネ男爵を貶めていた。
「全く、貴族の面汚しが」
「公爵閣下に言って後継者のいないロビーネ領の改易を申し出る他ありませんな」
「旧ロビーネ領は改易後、国領となるでしょう。そうなれば儂の出番ですな、あれだけの土地なら地ならしすれば魔法陣をいくらでも作れるわい」
「おお、ストラーダ大臣殿、その際には是非我が家畜をお使いください。家畜は無償で提供致しますよ……その分、分け前は」
「わかっておるわい、まあ先に公爵閣下に申し出る方が先じゃわい」
コイツらは血も涙もない連中だ。
ロビーネ男爵が使い物にならなくなった途端その領地を合法的に奪い合う相談をしている。
決闘の終わったホームは剣をしまい、私達の方に戻ろうとした。
「ふう、終わったかな」
「貴方、とても素晴らしいですわ。ワタクシ貴方の事がとーっても気に入りましたのよ」
「キミは……誰?」
「ワタクシ、パティオ子爵の娘……『ローサ・リャヌラ・パティオ』と申します。今後ともよろしくお願い致しますわ」
ホームは私達の所に戻る前に貴族の令嬢に見初められていた。
見た感じはとても良い子に見えるが、所詮あの公爵派の連中の娘である。
まあ私がどうこう言う事ではないのでホームが人となりは判断するだろう。
「初めまして。僕はレジデンス辺境伯の息子、『ホーム・レジデンス』です」
ホームが略式の挨拶をしていた。正式な挨拶の場合はミドルネームまで伝えるのがどうやらこの世界の常識のようだ。
だがホームはあえてミドルネームを伝えていない、彼はローサの事をあまり快く思ってはいないようだ。
「ホーム様、素敵ですわ。あの下品な男をいとも容易く斬り捨てるなんて、貴方こそ私の将来の夫に相応しいですわ」
「それはどうも、だが彼は強かったよ」
「そんな事ありませんわ、アイツは所詮赤い血のクズだったのですから」
この言葉を聞いたホームは一瞬動きを止めた。
「そうか……キミもそういう奴なんだね。キミにとって人間って何なの?」
「あら……常識の質問ですか? 人間とはワタクシ達選ばれた貴族の事ですわ、貴方も立派な人と言えますわ」
「……すまない、僕に構わないでくれ。さっきの決闘で少し疲れているんだ」
「ホーム様…………」
ホームは彼女をその場に置き去りにし、私達の方に戻ってきた。
そのすぐ後、長身でやせ型の髭の男が屋敷の奥から現れた。
どうやらこの人物がヘクタール男爵らしい。
「皆様。遠路はるばるようこそお越しくださいました。私がこのヘクタール領領主『カッツェーエ・ピノアルマセン・ヘクタール』です。皆様のお越しをお待ちしておりました」
貴族達から盛大な拍手が巻き起こった。
「さて早速ですが皆様には当屋敷の迎賓館でそれぞれ部屋をご用意させていただいております。どうぞごゆるりと旅の疲れを癒してくださいませ」
そしてヘクタールはブザマに横たわるロビーナ男爵を一瞥するとホームと私達の方を見た。
「……若干この場に相応しくない方もおられるようですが、当初より予定の場所が一名分空きましたのでどうぞお入りくださいませ」
ヘクタールの態度は明らかなホームに対する挑発である。
「有難うございます、では僕達も入らせていただきます」
「おっと、失礼ですが、中に入るのは貴方と妹君だけでお願いします」
「何故ですか!? 彼らは僕の従者ですよ!」
「いえいえ、私共は所詮男爵家ですので全員分入れるだけの広さは確保できておりませんのです」
明らかに嘘である。この屋敷の広さで客を迎え入れるスペースが無いわけがない。
彼は迎賓館には貴族以外は入れないと言っているのと同じである。
「そうですか、残念ですが僕は辞退させていただきます。僕は彼らと一緒に泊まれる場所で構いませんので」
ホームはヘクタールの申し出をきっぱりと拒否したのだ。