108 小さな大勝利!
木の上から勢いよく飛び降りたシートはその手を精一杯に伸ばした。
牙と違い、爪は生まれた時から生えている、シートの今の一番の武器はこの爪なのだ。
「ガアアアアオオオン!!」
シートは真下でシーツが翻弄しているゴブリンの頭部目掛けて爪を立てようと手を伸ばした。
そして真上からシートが飛び降りてきた事にいち早く気が付いたシーツはゴブリンをその場に置いたまま素早く後方にジャンプした。
ザシュッ!!
「ギッギャギャーーー!!!」
上空からいきなり攻撃されたゴブリンは鋭い爪の攻撃を喰らった。
その衝撃でゴブリンの持っていた棍棒は折れてしまった。
ゴブリンの頭部に鋭く前足の爪が刺さった、シートはその爪を抜こうと体をくるくる回しながら前足をゴブリンから引き抜こうとしたのだが、反対に爪と指はゴブリンに深く食い込むねじ回しのように動いてた。
ゴブリンの頭部から汚らしい体液がおびただしく噴き出ていた。
「ギョゲェエエーーーーー! ェェェ……エ」
体液を吹き出しすぎたゴブリンは出血多量でその場に倒れて込んだ。
「凄い……シートがあんな風に戦っている」
「ユカさん、あれが聖狼族です。生まれながらの森の戦士にして守護者。森の弱きものを守る為の力を持っているのです」
シートは食い込んだ前足を抜くためにゴブリンの頭部にかじりついた。
シートはまだ牙は無くても十分頭の皮と骨を引きちぎるだけの力は持っているのだ。
そして前足を引き抜いたシートとシーツは最後に残った一体のゴブリンを睨んでいた。
「ガルルルルル……」
「グゥルルル……」
ゴブリンは餌にしようと思っていた相手が戦ってはいけない相手だった事を今頃になって思い知っていた。
「ギ……ギャギギィ……」
ゴブリンはシートとシーツに服従の姿勢を見せた、もう戦意は無く、棍棒も持っていなかった。
だが、シートとシーツは許さなかった。
シートは死んだゴブリンの落とした折れた棍棒を咥えた。
これなら牙が無くても尖った木が牙の代わりになる。
「ギャギャーーー!!」
ゴブリンは背中を見せて一目散に逃げだした。
しかしシートとシーツはそれを逃がさず、素早く回り込んだシーツがゴブリンの足を咥えた。
そこに折れた棍棒を咥えたシートが飛び込んできてゴブリンの身体に棍棒の先を突き刺した。
「ギャゲェーーー!!」
ゴブリンはその場でのたうち回っていた。
しかしシートとシーツはそんなゴブリンを二匹でそれぞれ足と腕を咥え、前後に引っ張った!
ベギャベギャギャ……ブチィッ!!
双子が協力して前後に引っ張った事で、ゴブリンだった物は真っ二つに裂けて絶命した。
「凄い! ゴブリンに勝った!!」
「ユカ様、もう良いですよ」
私達はシートとシーツの傍に駆け寄った。
「アンッ! アンッ!」
「クーン、クーン……」
激闘を繰り広げた兄妹は血だらけ傷だらけの身体だったが私達を見かけると嬉しそうに飛びついてきた。
「ふたりとも、よく頑張ったね!!」
傷だらけの兄妹はエリアがレザレクションで傷一つ無く治してくれた。
そして、ゴブリン6体とブラッディーウルフ2匹を自分達だけで倒したシートとシーツは高らかに勝利の雄たけびを上げた!
「アオオオオオオーーーン」
「キャオオオーーーーン!」
その雄たけびは遠く山の中腹のロボとブランカの眠る地まで響いたのだろう……。
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これが後に伝説の銀の獣王と呼ばれたシートとその妹、美しき白狼シーツの初の勝利だったのである。
その後獣王シートは妹のシーツと共に幾多の死闘を繰り広げ、多くの敵を噛み砕いた!
幾多の足を持つ朱き波濤の大海獣、数万の魔軍を従えた魔将軍、古より生きる偉大なる竜王、憤怒と憎悪の魔人、破滅を齎す破壊神……それらの数多くの脅威をその巨大な牙で全て噛み砕いたのだ。
後の人々は畏怖と尊敬を込めてそんな彼の事をこう称えた『銀の獣王』と。