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第一話 タスク

人は私に死人でも見るかのような視線を向けてくる。それはそうだ。現代でオフラインはほとんど死を意味する。


私の置かれた立場を説明するには、まずこの世の成り立ちから説明しなければならない。とはいえ、口で説明するのも非合理だ。この世の成り立ちについては電脳院が発行している拡張ライブラリの歴史編をインストールしておいてほしい。どうだ、読み込めたか。なに、まだ時間がかかるだと? もしかして君はバックグラウンドでセクシーな動画をダウンロードしているのではないだろうね? 君ぐらいの年齢なら……よろしい、完了したか。それならご理解いただけたであろう。クラウドで知識を同期できない電磁不能者というのはこういう時に不便極まりないな。

失礼、話がそれた。君は、そう、いうなれば爆弾を抱えている。使いどころを誤れば君の人生を破滅させる、周囲諸共ね。昔の人もよく言っていただろう。人はいつのまにか抱えさせられた呪いのようなものに、その人生を焼かれていくものだ。ところが君はラッキーだ。なんとまだ焼かれていない。おめでとう。ラッキーのついでにクーポンも付けてあげよう。さて、ではそんな君に重要なことを伝えておこう。君に与えられた役割は三つある。ひとつ、呪いを受け入れること。ふたつ、呪いとの付き合い方を考えること。みっつめは、そうだな、思いつかなかったから君自身で考えてみてくれたまえ。


「シンディ、そろそろ朝だよ」


うっすらと夢を見ていた気がする。几帳面なマーシーに脳を揺さぶられて、うつらうつらとしながらも何とか目を醒ます。足を滑らせないよう慎重にベッドの二階から降りて、ぴしっと畳まれていた下着と白いインナーシャツに袖を通し、今日は封鎖区画の探索があるから外回り用の作業服に着替える。作業服は適切なサイズがなかったのでダボダボのものを無理矢理着ている。それに可愛くない。だから探索の日はやや憂鬱だ。

部屋を出ると、寮の廊下には同じような恰好をした同僚たちが食堂に向かってゾンビのようにダラダラと歩いていた。ときおり私を見てギョッとするものもいる。ゾンビから見た生者、それはまた別のゾンビなのかもしれない。


食堂はまあまあな人口密度で、うるさいくらいに静まりかえっていた。静寂。つまり生の声を出していないということは、ひるがえって生体デバイスを経由した通信で忙しいということだ。


「そんなことより今日こそはG定食にしますよ、あなたにも腹の虫たちのあげる讃美歌が聞こえるでしょう」


大言壮語なビッグマイクが器用に腹を鳴らすと、それが食堂に響いてしまい恥ずかしい思いをした。G定食は山盛りのライスにこれでもかと肉が乗っている野郎向けの定番メニューではあるが、少なからず朝食として頼むものではない。それにここに来てから少し太ったようにも感じる。ビッグマイクを無視してたまごサンドの列に並ぶ。しばらくして列が進んで配膳係がじっとこちらを見つめた。私がおずおずと特別に用意してもらった個人認証カードを差し出すと、それを見つめてから視線を横に振って配膳の窓口へ行くように促された。毎回カードを出すタイミングが分からなくて、列の進行を止めてしまうのが申し訳ない。


「シンディ、いつもそれだけで満足なのか? もっと食わねえとでっかくなれねえぞ」


席に座っていると、対面から大柄な男が話しかけてきた。ガロンだ。大柄というが、赤子のころから完全栄養食で育った市民からすれば標準的な体格で、彼はその体格や粗野な口振りとは裏腹にインテリ寄りの役職に就いている。


「それは……」


脚本家のユーサーが台本をこちらに手渡しながら言葉を引き継いだ。


「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうが好ましかろう」


それを聞いたガロンがヒューと口笛を鳴らす。


「ハハッ、俺は豚が好きだぜ。やつらは与えられた餌と環境で満足できるだけの鋭い知性を備えているからな。ま、事情は色々あるだろうがお前も早く慣れるこったな」


しばらく食堂で過ごして、時間になったのでブリーフィングルームに向かった。

すでに上司と二人の同僚が待機しており、私が一番最後に到着した。同僚のひとりは私をみて露骨に眉をひそめる。だいたい皆そのような反応なので、気さくに声を掛けてくるガロンはどちらかと言えば変人の部類だ。


「さて、揃ったようなので説明を始める」


クラウド同期できない私に配慮してか、上司はわざわざ発声して今日のタスクの概要を話し始めた。


「封鎖地区として設定された場所で、見ると死ぬ呪われた存在の噂がにわかに流行している。もちろん私は諸君らが祈祷師でも陰陽師でも、ましてそのような話を信じる赤子でもないことは知っているが、とはいえ市民にまで不安が広がる前に原因を究明しなければならない。諸君らに与えられた役割は三つ。ひとつ、封鎖地区の現況を調査すること。ふたつ、封鎖地区の治安を維持すること。みっつ、呪われた存在らしきものを見かけたときには封鎖地区からただちに退去するよう書面に同意のサインをもらってくること」


ここで上司と同僚がドッと笑う。つまり具体的に実行しなければならないタスクなど無いのだ。これは障害者雇用対策として対象者に仕事を割り振らなければならない組織運営者がひねり出した、いわば虚無の仕事だ。


「説明は以上、それでは各位よしなに」


寮を出て、車輌庫には行かずそのまま徒歩で封鎖地区に向かう。しばらく無言の時間を過ごし、というより同僚二人は生体デバイス経由で話していたようだが、目的地までもう少しというところで同僚の一人が笑いだした。


「いやあ、噂のディスコちゃんと一緒だからどんなババ引かされるかと思ってたけど、むしろ俺たちはツイていたな。こいつ、いまのいままで寮を出て人気が無くなったところでMIA扱いにされるんじゃないかと気が気じゃなかったらしいぜ」


厄介者払いの役を引かされたと思っていたらしい。


「心配するな、多少不便なこともあるかもしれないが悪いようにはしない」


「ディスコちゃん、それ何目線なの」


そう言って再びツボにハマる同僚。彼のことはゲラと呼ぶことにした。


「いやあディスコちゃんは話してみると意外とイケる口な気がしてきたよ、なあ?」


ゲラはもうひとりの同僚に声を掛ける。


「まあ何でもいいが、今日の分のレポートは作り終わったし俺はフケるからな」


こちらはあまり関わる気が無さそうだ。ゼロカロリーと名付けた。心配していたと言っていたわりに、彼はそもそも仕事用のバックパックすら持ってきていなかったので何かにつけて早く離れたかっただけかもしれない。


「それ賛成、じゃあ俺もテキトーに遊んでくるから各位解散ってことで。またねディスコちゃん」


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