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第六回星新一賞ジュニア部門応募作品「傘」

作者: マタライシュウ

21世紀後期、人類の歴史上後にも先にもこれほど科学技術が進歩した期間は無い。新しいもの好きの人間は次々と過去のものを捨て、世界の姿はみるみるうちに更新されていった。しかし、入れ替わり続ける流行のなかにも変わらないものはある。それは「傘」だ。雨の日には必要不可欠で古くから人を降水や日射から守り続けてきた傘。実はその形状が作られたのは13世紀頃だと言われている。そんな傘が今日まで進化せずに使われ続けているのはなぜなのか。答えは簡単、たかが傘だからだ。一時期、様々な発明家やデザイナーが次世代の傘を作った。それぞれ個性的で、その中にはそれなりに人気が出て売り上げの良いものもあった。しかし、従来のビニール傘の売り上げには到底及ばなかった。なぜならほとんどの人は傘に対して、「たかが傘に高いお金を使う必要もない、必要なときに安い傘を買えばいい」という意識を持っているからだ。だが、そんなただの傘にこれから大流行が訪れるなど、誰も予想していなかった。

2088年11月、日本である発明品が発表された。その名はタイムトレード。その報せは瞬く間に世界へと広がり、人々の期待を膨らませた。タイムトレードとは一種のタイムマシーンのことで、その中にものを入れると、同価値の未来の道具と交換できるという機械だ。未来の技術を容易に手に入れることができるその機械の期待度は、完成前から21世紀最大の発明と呼ばれるほどだった。

しかし、現実はそう甘くはない。蓋を開けてみれば、タイムトレードというものはただのガラクタにしか過ぎなかった。というのも、こちらの世界でどれだけ価値のあるものを入れても、未来の世界ではほとんど価値が無く、価値の低いガラクタしか出てこないのだ。それに、何やらすごそうな道具が出てくるときもあるのだが、科学者達の見積もりが甘かったのか未来の技術はまだまだ私達からは遠い遠い場所にあり、未来の技術を手にするどころかそれが何の道具なのかも分からない状態なのだ。飽きの早い人間達はあっという間にその機械のことを忘れ、また新しい流行を追いかけに行った。

しかし、どこの世界にも変わり者という人種はいるものだ。日本のある起業家がタイムトレードを購入し、色々なものをトレードする実験を行った。その実験に対する世間の反応は冷たいものだったが、類は友を呼ぶ、世界中の変わり者達は彼の実験を真似し始めたのだ。もちろん、実験で出てくるものは我々には理解できないガラクタばかり。だが変わり者達の熱意は凄まじく、一般的な道具や生活用品はもちろん、あらゆるもので実験は行われた。

そしてあるとき、それは起こった。例の日本の起業家がタイムトレードに「傘」を入れたときだった。

「ポコン」

石のようなものが、一つ飛び出て来たのだ。透き通った美しい石だった。その輝きは凄まじく、この石と比べてしまえばダイアモンドですらオモチャに見えるほどだ。全世界の変わり者達はその石に魅了され、やがてそれは全世界の全人類に広がっていった。

その石が流行した世界では、傘と同価値のはずのその石が高値で取引され、タイムトレードを持つ者が多額の利益を得た。しかし、変わり者達は違った。彼らは利益に興味がない。彼らは再び実験を開始した。ただし、一人の変わり者を除いて。変わり者の中の変わり者、変わり者の先を行く者、それが彼、例の日本の起業家だ。彼はただひたすらに傘を買い、その石を集め続けた。今となっては目的も分からないが、彼が倉庫に集めた石の数は1万をゆうに超えていた。

ある日のことだった、

「ポツポツ…ポツポツ…」

彼の倉庫のあたりに、雨が降り出した。なんてことのない普通の雨だった。その雨粒が一滴、倉庫の屋根から浸み出し、中の石に触れた。ただそれだけの事だった。

「ムクムクムク!ムクムクムク!」

倉庫中の全ての石が膨張を始めたのだ。

「ズズ…ズズズズズ……」

やがて石は雲となり日本中の空を覆い尽くした。

「ダダダダダダダダダダ!!!」

歴史的な大豪雨が日本を襲った。

仕組みは分からないが、石は濡れると雲になり、雨が降るようだ。傘がよく売れた。石を作る為では無く、本来の目的で。

儚く散る一瞬の美と言えば聞こえはいいが、世界中の石は雲となり、流れていった。やがて人々の頭の中からも、忘れ去られていった。

数年後、歴史的な出来事が起きた。タイムトレードから着想を得たある科学者が正真正銘本物のタイムマシーンを作ったのだ。人類初の時空飛行者にはその科学者の知り合いが選ばれた。その知り合いとはそう、例の日本の起業家だ。彼はあの石の正体を知るため、未来へ飛びこんだ。

「……ん…ここが未来…」

彼が目覚めたのは散らかった倉庫のような場所だった。窓から暗い外を見ると、地面には水が溜まっていて、雨が降り続けていた。それは、彼の想像する未来とは全く違うものだった。

「誰だ!」

部屋に誰かが入ってきた。事情を説明し、そして最も聞きたかったことを質問した。

「タイムトレードから出てきた傘と同価値の石は何なんだ」

結果から言うと、あの石は雲を固めたもので、濡れると雲に戻る石らしい。しかしそんなことは問題では無い。タイムトレードは同価値の交換ではなかったのだ。あちらに送られたものは全て、雲や雨を小さくしたものらしい。この未来の地球が水に沈むのを、少しでも遅らせていると言うのだ。未来が滅ぶか、現在が滅ぶか、それは分からないが、人類はもう遅かった。

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