交わる道
ラボに入ってきて開口一番に、彼女は訊いた。
「彼らについてどのような印象を持たれますか?」
手には既にボイスレコーダーが用意されている。ずいぶんと準備のいいことだと感心していいやら、こちらの発言を一言一句逃さないようにするつもりかと警戒するべきやら、どっちにしても迂闊なことは言わないのが賢明だ。
「非常にユニークな種だと考えています。周辺で見つかった様々な種の生物と同じく、現生種、つまり現在生きている種とはまるで違うものだと」
「それはつまり生きた化石であると」
「その通りです。安定陸塊上にあり、外界から隔絶された竪穴が、つまり、地質学的にも安定し、地殻変動が起こりにくい場所にあったことと、気候的にもこれまで安定してきたことが、これらの生物種をタイムカプセルのように保存してきた、そう考えられています」
目の前の若い記者はボイスレコーダー片手にふむふむと聞いているようだった。科学記者ではないとの話だったが、どうも態度と顔色からしてそこまで物分かりが悪いわけではなさそうだ。いきなり振ってきた曖昧な質問も、どうやらこちらが勝手に話してくれるようにするためのテクニックというわけだろう。
「その中でも、彼らは特にユニーク極まりないです。形態的には、周辺で見つかった生物種の一部や、今まで知られていた生物種の一部と似ていなくもない、しかし、おおよその形態はむしろ、絶滅したこれらの生物に近いのです。生きた化石どころの話ではない。太古の昔に絶滅した種がそのまま生き残っていた、という表現が正しい」
そう言って周辺にある化石のレプリカを指した。性格的にがさつである自分が研究のために置いているのが半分、ラボの学生が散らかしているのが半分といったところだが、まさかこんな時に役立つとは思わなかった。実を言うと専門であるからと言って一番好きな動物であるというわけではなく、自分は周辺で見つかった小型動物の方が気になって仕方ないのだが、それは黙っておこう。
「それでは、発見された彼らが高い知能を持っていると言うことについてどう思われますか」
たぶんこれが聞きたかったのだろうし、ニュースとしてもこっちの話の方が大事なのだろう。自分は古生物学者であって文化とか知能とかは専門外なのだが。
「まだ高い知能を有しているかどうかは検証が必要です。ですから断定はできません。しかし発見された彼らの様子と、いくらかの出土品を見る限り、彼らは文化に近いものを持っている可能性がある。もしこれらの文化が彼らが広く分布していた時代から維持されてきたのなら大発見ですし、竪穴に隔絶されたことで文化を持ったのならそれもまた興味深いことです。ただ、不可能なことではない、というのが私の見解です。彼らの化石からわかる形態的特徴と、発見された彼らの行動や形態的特徴を比較する限り、高い知能を有するような下地はあってもおかしくない。我々とは少し異なるものの、彼らもまた、広く分布した知的生物であった可能性はある、と考えています」
たぶん最後の言葉が聞きたかったのだろう。彼女は満足そうに顔を灰色にすると、ありがとうございました、と会釈をした。私も軽く会釈を返し、立ち上がってドアを開けた。本当は3対目の左腕を伸ばせば開けられたのだが、ここは印象が大事だ。彼女の足が見えなくなるとドアを閉め、ようやく大きなため息をついた。
「しっかし」
独り言だ。もうすぐ次の講義が始まるので準備をしなければならない。その前に、研究チームから送られてきた例の動画はもう一度見ておきたかった。
「まさか2億年もの間、文化も込みで生き残ってたとはなあ、事実は小説より奇なり、か」
合計2対の腕と足を持つその生物が、椀状の物体から水を飲む動画を観察しながら、続きをこぼした。






