表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屋烏の愛  作者: みなきら
愛、屋烏に及ぶ
7/34

炎、這う

 実にあっさりと火産霊神から「次の憑坐」認定を受けた柊吾は、拝殿に出向いて、再度、天照大神をはじめ高天原の面々に挨拶をし直す事になった。


 しかし、天照大神は「火産霊神に会いたくない」とご機嫌斜めで欠席し、仕えている豊受大神と倭比売命も天照大神を宥めるのに手一杯との事で欠席のようだ。


(まあ、そうなるよな・・・・・・。)


 火産霊神から天岩戸の真相を聞いたあとだと、天照大神が少しばかり不憫になる。


 柊吾は火産霊神の後ろについて拝殿の内へ入ると、再び和装になった神皇産霊神と目が合った。どうやら、今回は造化の三神のみへの挨拶となったようだ。


「火産霊神よ、人魑魅と懇意にするのに飽き足らず、肉を持つ人の身を憑坐とするというのか?」


 向かって左側の神経質そうな顔の男が高皇産霊神、その横の目を伏せて聞いているのが天之御中主神だと事前に聞いていたが、なるほど高皇産霊神は口うるさそうだ。


 天之御中主神を挟んで向かって右側に坐した神皇産霊神は初めにあった時のように、面倒くさそうに高皇産霊神の方を一瞥すると、火産霊神の代わりに答える。


「確かに肉を纏う身ながら、我らを見、我らと対等に話せるこの者は、国つ神にも足ると見えるが如何? さあればこそ、火産霊神は眷属に迎えたいという申し出であろう。我らはただ承認すれば良いのではないか?」


 しかし、高皇産霊神はそれを良しとしないのか、話は平行線になりかける。すると、ゆっくりと天之御中主神が目を開けた。


 開かれた目は吸い込まれるように美しい金眼銀眼で、天照大神と対峙した時と同じように少しばかり息が苦しくなる。


「人の子よ、力を得て何とする――?」


 何か問われたら「眷属と認めないならそれでもいい」と言おうと心に決めていたはずなのに、用意していた言葉は頭の中から消え失せて「何かをしようなどは思わない」と答える。


「ただ、どうしても護りたいものがある――。」


 加代子の魂とその残された家族を。そして、この火産霊神自身を。もしそれが叶うなら、火産霊神の憑坐にでも眷属にでもなってやろうと思う。


 柊吾はそう答えながら、「そうか」と言い、黙り込んだ天之御中主神を見つめた。天之御中主神は再び目を伏せる。


「良かろう――。我はこの者を火産霊神の眷属とする事を認めよう。」


 高皇産霊神の眉間の皺は濃くなったが、それ以上、何か言われることはなかった。


 火産霊神が「かたじけのうございます」と挨拶するのに合わせて柊吾も頭を下げる。やがて三柱が立ち去る気配がし、それも薄れるとようやく火産霊神は面を上げ、柊吾もそれに倣った。


 そして、そのまま、足早に東京大神宮を後にする。


「すまなかったの――。」


 火産霊神が口を利いたのは、東京大神宮の大鳥居を越え、しばらくしてからだった。


「何を謝るんだ?」


 柊吾が尋ねれば、火産霊神はオレンジ色の瞳を上目遣いにして申し訳なさそうに見つめてくる。


「嫌な思いをさせたであろう?」


 高皇産霊神の事を言っているのかと気が付いて、柊吾は苦笑すると火産霊神の頭をくしゃりと撫でた。


「どこにだって、保守派と革新派はいるさ。気にしなさんな。」


 火産霊神は驚いたような顔をした後、にこりと笑った。

 

「熾久は人が出来ておるのう。」

「妹に付き合うと、色々とあるだろう? すぐ拗ねるし、八つ当たりしてくるし。」


 火産霊神がその後を引き取って「いつだって手がかかる」と笑っていえば、柊吾も「そういう事さ」と笑う。


「我の頭を撫でるのは大山祇神(おおやまづみかみ)と雅信くらいじゃ。」


 いつになく嬉しそうな火産霊神の様子に「じゃあ、こういうのはどうだ?」と、年の離れた妹の真珠子にしていたように抱っこしてみる。


「ふおぉぉぉッ?!」

「なんだよ、変な声出して。」

「な、何するんじゃッ?!」

「何って、抱っこだよ。火の神が湿気た顔してちゃ、不味いだろう?」


 柊吾はカラカラと笑うと、火産霊神を肩に担ぐようにして「次はどこへ行けばいい?」と訊ねる。


 火産霊神は「赤坂の日枝神社へ」と話した。


「このような事を《神》にするのはお主くらいじゃろうな・・・・・・。」

「そうか? 御神輿みたいなもんだと思えば良いだろう?」

「ものは言い様じゃのう・・・・・・。」

「ちゃんと捕まってろよ――?」


 柊吾は口角を僅かに上げ、飯田橋駅付近まで戻ると火産霊神に指差された先から東京メトロへと降りていく。


 二人は現世の地下鉄の世界へ戻った。


「そう言えば、今、俺ってどんな風に見えてるんだ?」


 火産霊神の重みや温かさを感じつつも、七七日忌の際、他の人には姿が見えていなかった様子を思い出して尋ねる。


「そうじゃの、独り言を言ってる怪しい奴じゃの。」


 そう言ってニヤッとする火産霊神の様子に、思わず口を噤む。


(マジか・・・・・・。)

《マジじゃッ!》

(そういう事は先に言っておいてくれよ。)


 そう悪態を吐きながら地下鉄に乗り込めば、不思議と遠巻きにされる。


(怪しいやつだって思われた?!)


 すると、火産霊神はくつくつと笑う。


《そうじゃないぞ――? 普通の人は炎に近づかぬだけじゃ。》

(は――?)


 そう言うと、ほんの少しの時間だというのに地下鉄に揺られて心地よくなったのか、火産霊神は欠伸をすると、ぽっかりと空いた席に座り、ポンポンと隣の席を叩く。


 柊吾は周りの視線を若干気にしながら、席に座った。


《眠い――。》

(少し寝ればいいんじゃないか?)

《うむ・・・・・・。》


 柊吾は「神様でも寝るんだな」と思いながら、すやすやと眠り出した火産霊神を眺める。そして、不意に凭れかかってきた火産霊神の重みに柊吾は子供の頃に思いを馳せた。


 これはいつの記憶だろう。まだ自分は小学校に上がる前くらいで、真珠子は生まれていなくて。たしか、遊園地の帰りだったろうか。加代子は今の火産霊神みたいにうとうとして凭れかかってきたのだ。


 それが少し重くて、でも「お兄ちゃん」を自覚して、振りほどくことも出来なくて。あの時からもう二十年以上経っているはずなのに急に思い起こされた。


(あれも、俺の名前に《柊》が含まれているからだというのか――?)


 加代子を守らねばと思う気持ちが、名前による呪なのか、家族に対する愛情からなのか悩んでしまう。


 それでも、スマートフォンで調べて知った「火産霊神」の話を読んだ後だと、それをこの不思議な少年に訊ねるのは憚られた。


(そのさがゆえに母親を殺し、また、それゆえに父親に切り刻まれる子か――。)


 それは少し想像しただけでも壮絶なもので、背筋が凍りつく思いがする。


 大山祇神と罔象女神に助けられたとは話していたが、幽世から戻ってきて、()()を知った火産霊神はどれほど心傷めた事だろう。


 父がいて、母がいて、妹たちがいて。時折、喧嘩しながらも仲良く暮らしていた自分にとって、火産霊神の悲しみは計りしえなかった。


 やがて地下鉄が溜池山王駅に着くと、眠ってしまった火産霊神を抱えてその構内を進む。改札を抜け、地下道を進んで外に出ても、いつも通りの変わらぬ風景に少しばかり安堵した。


 風が柔らかく吹いてくる。その風に揺れて火産霊神のみずらが揺れる。やがて日枝神社の大鳥居の前に着くと、境内へと続くなだらかな階段を見上げて柊吾は苦笑いをうかべた。


「頼むよ、そろそろ起きてくれ――。ここの階段を人一人抱えながら登るの辛そうなんだが。」


 そうぼやいていて起こそうとすれば、不意に「火産霊神は無防備にも眠ってしまったのか?」と上空より声が降ってくる。


 天を仰げば、雲がひとつ浮かんでいて、人影がちらついた。


「ああ、大山咋(おおやまくい)か?」


 いつの間にやら目を覚ました火産霊神がふわりと柊吾の腕から降りる。そして、大山咋神と呼んだ神に向かって袖を振る。


「熾久、すまんな。」


 火産霊神は目をこすりこすり、とろんとした(まなこ)のまま、大山咋神を見て「アポ無しで悪いんじゃが、迎え入れてくれんかの?」と声をかける。大山咋神はふっと笑うと「それは構わぬが、その者は誰ぞ?」と訊ねてくる。


「我が眷属の熾久じゃ。」

「眷属? しかし、人の子ではないか。」

「ああ、だが、天之御中主神にも認められし眷属ぞ?」

「では、こちらへは・・・・・・。」

「国常立尊にはご挨拶せねばと思うてな。それにこの者はお主とも縁のある身ゆえ、お主にも紹介しに参ったのじゃ。中に入れたも?」


 その言葉に大山咋神はマジマジと柊吾を見て「確かに近しい感じがする」と呟く。「詳しくは中で聞こう」と大鳥居に触れると、間は異空間へと繋がった。


 二柱のやり取りに惚けている柊吾に、大山咋神と火産霊神が手招きする。柊吾は恐る恐る中へと入った。


「それで? 我とどういうえにしの男ぞ?」


 大山咋神が訊ねれば、火産霊神は異空間が閉じたのを確認してから「須勢理毘売命の魂の《()》だった者じゃ」と話す。


「叔母上の魂の《兄》?」

「ああ、今世でのな。縁深いだろう? しかも、我が眷属になりうるだけの火の加護を受け入れし、若火の(かんなぎ)ときた。元がなにか知りたくての。」


 その言葉に大山咋神は一言「そうか」と言うと、「それは確かに縁深い」と言って社殿へ行く為の雲に乗せてくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ