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屋烏の愛  作者: みなきら
愛、屋烏に及ぶ
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火輪、揺らぐ

 東京大神宮の歴史は比較的新しく、今の飯田橋にある前は日比谷にあったらしい。未曾有の関東大震災で社殿が消失してしまい、再建してから今の位置にある事もあり、まだ土地に縛られていない神社だと火産霊神は言っていた。


 そして、実は声に出さぬとも話が出来ると気がついてからは、柊吾は頭の中で火産霊神に補足をしてもらいながら状況を整理していく事にした。


《着いてからで良いと言うたのに。》

(その前に情報を貰えないかと思ってさ。)

《情報?》


 頼まれ事をこなしていると言うのに、加代子の置かれている状況も、大己貴命とやらも、これから訪ねる神皇産霊神も分からないと話し、火産霊神から情報を聞き出す。


(つまり、根の堅洲国の力を借りつつも大己貴命が芦原葦原中国の小国を統一して、《顕国(うつしくに)》を建国したのか。)

《その通り。《顕国》は本当に良き国でのう。初めこそ強き者や猛き者の庇護を受けてはいたものの、やがて学問や最先端の技術に広く門戸を開き、知恵と交易で成り立った国であった。》


 その国を作ろうとしたきっかけが、須勢理毘売命の愛した根の堅洲国のように葦原中国を整えようとし始めたのが発端と聞けば、「どれだけ愛妻家なんだ」と言いたくもなる。しかし、当時当たり前のように横行していた武力による脅迫ではなく、最先端の知識と技術をちらつかせての経済的な掌握に来たのなら、大己貴命がいかに異質の存在だったのかは想像に難くなかった。


(それで? その国も瓦解したんだろう? バブルでも弾けたか?)

《いや、高天原が攻め込んできた。》

(高天原って・・・・・・。これから行くところも・・・・・・。)

《そうじゃ、天照大神らが一派のところだの。》


 高天原は顕国が葦原中国を統一すると、幾度となく大己貴命の元へ間諜を送った。それは今でいう「産業スパイ」のようなものだったらしい。


 しかし、大己貴命はそうした者達が来ると、排除するどころか、逆に「新しい見方を教えてくれる」と褒めそやし厚遇した。そして、意見を積極的に聞き、利があると判断すれば直ぐに取り入れる。


《それゆえ、多くの者はそのまま顕国に居着いてしまっての・・・・・・。》


 送った間諜は誰一人として戻って来ず、業を煮やした天照大神は自分の息子の「天穂日」、お気に入りの「天若日子」を遣いに出した。


《しかし、天穂日は十一年、天若日子は八年、顕国から戻らなんだ・・・・・・。》


 天穂日は早くから高天原と連絡を取らなくなったが故に天若日子が再度派遣されたが、天若日子は途切れ途切れながらも高天原と連絡を取ったが故に、逆に八年もの間、高天原は顕国に手出しが出来なかった。


《だが、良かれと思って大己貴命と須勢理毘売の間に生まれた子の事に触れなかったばっかりに、天若日子の報告を高天原が《虚偽あり》と判断しての――。》


 火産霊神の浮かない声に柊吾もそれ以上は訊ねるのは躊躇われた。


 電車のアナウンスで次が飯田橋だと流れる。柊吾はゆっくりと目を開けると瞬きをした。


(それじゃあ、敵情視察と行きますかね――。)


 五月晴れのJR飯田橋駅のプラットフォームに降り立つと、西口に向かって歩き出す。階段を降り改札をぬけて外に出れば、車通りの多い騒がしい道が前にあるはずだった。


 思わず後ろを振り返る。


 そこには確かに改札があり、飯田橋駅の西口だ。但し、人影はなく、代わりに明らかに人でないもの達が通り過ぎる。


(嘘だろ・・・・・・。)


 おっかなびっくりしながら、足を踏み出せば、あたりは葦原が広がり、黒い牛が牛飼い童に追われて車の代わりに目の前を歩んでいく。


 なごみ屋のあたりはまるっきり現世と同じに見えたのに、そこからさほど離れていない飯田橋ではここまで高天原と葦原中国に差があるのかと驚いた。


《相変わらず、高天原は何もなくてつまらぬの・・・・・・。》


 不意に火産霊神の声が聞こえてくる。柊吾は思わず「さっき、顕国から送られた人々が帰らなかったのって」と呟いた。


《まあ、おおよそ合っている。大己貴命の場合はそれに加えて、しっかりリサーチした上で相手好みのおなごも的確に紹介するという特技を持っておるときた・・・・・・。》


 それを聞くとますます「大己貴命」を警戒してしまう。


(加代子の奴、騙されてなければいいんだが・・・・・・。)


 辛うじて畦道になっている所を歩んでいくと、忽然と大きな鳥居があって、その中へ進むと現世と同じ東京大神宮のはずなのに、境内には人影はなく、代わりに火産霊神によく似た少女が白い布地に金糸で刺繍の入った美しい衣裳を身にまとって出迎えてくれた。


「人間の来訪者がこの高天原へと来るとはめずらしい。そこの者よ、名はなんと言う?」


 柊吾は手筈通りに片膝を着いて、項垂れて挨拶すると「熾久と申します」と答える。


「それで? 熾久は何しに参った。」

「我が主より造化の三神及び天照大神にご挨拶に行くようにと申し仕りました。」


 すると、目を細めて「確かに火産霊神の加護を受けているようだな」と微笑む。しかし、その流麗な笑みに柊吾はどっと冷や汗をかいた。


 胸が潰れそうに苦しい――。


 息が出来ず、血の気が引いて、目の前の視界が狭まる。


()()、早う、我を迎え入れよ――。》


 火産霊神の焦った声がしても、柊吾は身動きも出来ず、声が喉から上手く出て来なくて焦った。


《お主が死んでしまう。早う――。》


 すると、そこに二十歳前後の黒髪の美しい女性がやって来て「(ひい)様」と咎める。


「この者は我が客人(まろうど)でもございます。そのように威圧なさらないでくださいませ。」

「神皇産霊神――。」


 ふわりと神皇産霊神が袖を振ると、金色の膜が張られて、柊吾はその場に両手をつくと肩で息をする。「姫様」と呼ばれた少女は、面白くなさそうに身を翻すと、社殿へと戻っていった。


「火産霊神よ。よう、この大宮に参られた。ささ、この地にましませ。」


 神皇産霊神の言葉に呼応するように、自分が手をついた所からオレンジ色の火が這い出し、少し離れたところで二重、三重と螺旋状に立ち上っていく。


「火産霊神・・・・・・。」


 先日見たのとは少し違うデザインの水干姿で、オレンジ色の髪を揺らして火産霊神が姿を現すから、柊吾はホッと息を吐いた。


「まったく、熾久、肝を冷やしたぞ?」

「それはその者の台詞だろうよ。護符くらい持たせねば、人の身はかよわいのだから。」


 柊吾がようやく「今のは?」と訊ねると「天照大神。我が妹よ。」と火産霊神が答える。


「その手の話をするのに立ち話もなんだろう? 挨拶に来たと聞いた。中で話せば良い。」


 我が空間なら邪魔も入るまい、と言うと神皇産霊神はぽっかりと空間に穴を開ける。柊吾は火産霊神に助けられるようにして起き上がると、神皇産霊神に誘われて異空間へと重たい体を引き摺るようにして入り込んだ。


 中に入ると、妙にロックな調度品に囲まれていた。


「御神使いの者よ、少しそちらで休むが良い。」


 案内されたのは革張りの立派なソファーだったが、身体の怠さに耐えかねて横になる。


「まったく、可哀想に。」


 そう言うと神皇産霊神は「手をお出し」と言い、手を握ってくれる。その手からじわじわと温かい何かが流れ込む感覚がして、柊吾はだんだんと辛さが抜ける心地がした。


「これで少しは落ち着いたかい?」

「ええ、おかげで少し楽になりました。」

「まったく、御神使いの荒い子で悪かったね。」


 そして、火産霊神に「人の子は脆いのだから気をつけないと」と叱る。火産霊神はしゅんと項垂れた。


「まあ、今回は運悪く姫様がお庭にいらっしゃる時に来てしまったから仕方ないけれど。次は気をつけるんだよ?」


 神皇産霊神は「次、気をつければ良いから」と火産霊神の頭を撫でて宥めると、「さてと、この格好は肩が凝るね」と話す。


「火産霊神だし、この場だ。熾久が問題なければ普段の姿になっても良いだろうか?」

「ああ、構わぬよ。」


 それを聞くと神皇産霊神はほっとしたような顔になり、淡い光に包まれていく。やがて姿を現した時には、驚くほど現代風な神皇産霊神の姿があった。


 深紅のチューブトップに黒の革ジャン、それに合わせたようなスキニーのパンツを履いている。髪も簪を抜くとさっきまでの結い上げたものではなく、緩く束ねた程度のものに変わる。


「火産霊神はその姿から変わらないが飽きぬのか?」

「そうじゃのう、そこまでは気にならんのだが。」


 そうして黒い革張りのカウチにミスマッチな水干服姿のままで腰掛けた。


「さて、どこから話せば良いかの?」

「なぜ私が天照大神に敵意を向けられたかお伺いしたいですね。」


 柊吾が苦々しく言えば、火産霊神は「敵意を向けられているのか?」と神皇産霊神に確認する。


「敵意と言うよりは、昔の件で八つ当たりであろう。」

「そうよのう・・・・・・。」


 その答えに、八つ当たりで殺されかけた柊吾は頭の痛い思いになる。


「では、なぜ天照大神はご機嫌斜めだったのです?」

「ふむ、それは恐らく天岩戸の話になるのう。」

「天岩戸の話・・・・・・。」


 柊吾がスケールの大きな話に絶句しても、火産霊神はつい先週起こった話かのように、話を続ける。


「天岩戸に妹姫が閉じこもってしまった時、葦原中国まで八岐大蛇が登ってきてのう。火山の噴火が何度も起こっているような荒れた土地になってしまったんじゃ。」


 火山活動が活発で、昼も夜も問わず、天は厚い雲に覆われ、地は常に鳴動し、その間は噴石、溶岩、火山灰が覆う。それらは海にぶつかってはもうもうと湯気を立て、雲は雨を呼び、水を留める草木のない大地は、洪水を引き起こす。


 火産霊神は、本来、燃え盛る火山を鎮め、コントロールするために生まれ出たのだと話した。それは国産みの終わりであり、伊邪那美命が黄泉の国へ降った理由でもあった。


「おたあ様が黄泉にお隠れになるのは、ある意味《必然》であり《自明》の事であったんじゃ。そして、本来なら我は天照大神、月読命、素戔嗚尊の守役となるはずであった。」


 しかし、伊邪那美命が死に、それを許せなかったのか、伊邪那岐命に天之尾羽張で弒されて、魂を千々に分かたれて多くの力は奪われたのだとあっけらかんと話す。


「危うく心の太柱に取り込まれるだろう所を、伊邪那岐命が黄泉の国に行っている合間に、神皇産霊神と大山祇神が助け出してくださっての。おかげで、この姿じゃ。」


 それゆえ、素戔嗚尊が居ない間に起きた暴虐は止められず、天照大神が閉じこもるのも、月読命が傍観しているのを諌めるのもままならなかった。


「じゃが、お目付け役としては何もせんというわけにもいかぬからの。」


 兄妹弟仲まで悪くはしたくなかったのもあり、一肌脱いだのだと話す。


「あの時は天照大神の着ていたのと同じ衣裳を着せられて。唇に紅をさして、髪をこう高く結っての・・・・・・。」


 なかなかに大変であったという火産霊神は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「天照大神は自分が伊邪那岐命に特に大事にされていることを知っておったからの。その自信の鼻っ柱を折ることで、自ら天岩戸から出てきていただいたのよ。」


 にいっと笑い「ドッキリ大成功」と言わんばかりの火産霊神を見て「それはめちゃくちゃ恨まれるだろ」と柊吾は思った。


「して・・・・・・、また我と同じ年頃の見た目になるなど、天照大神に何が起こっているのだ?」


 火産霊神が訊ねれば、神皇産霊神は「太陽の活動が弱くなっていることは葦原中国でも理解しているであろう?」と話し始める。


 次の第二十五周期はマウンダー極小期と同じように太陽活動が弱まる予想がされている。


「葦原中国の諍いごと以降、天照大神への信仰が減っているところへ、先の皆既日食。今の高天原は、かつての八岐大蛇のように、また悪しきものが現れて阿鼻叫喚に包まれるのではと懸念し、警戒しておる。」


 「天照大神に再び天岩戸に籠られても困るからな」と話す神皇産霊神に、柊吾は「恐れながら」と訊ねた。


「素戔嗚尊が嵐の神と伝わっていますが、違うのですか?」

「ああ、嵐だけではない。素戔嗚尊はあらゆる災いの《すさの神》だ。しかし、今、伝わっているように《災いを起こす神》ではなく《災いを鎮める神》だがな。」


 心優しい素戔嗚尊が伊邪那美命の所に行きたがり、仕事を放棄した結果、災いは天地を荒らしたのだという。


 特に葦原中国に被害を出たのは、八岐大蛇が生まれいでた時で、かつて三瓶山の一角が破砕噴火を起こした事だ。しかも、丁度、天照大神は天岩戸に篭もり、長きに渡り青山は枯れ果て、川や海は干上がり、多くの生きとし生ける者が死に至った。


「その被害範囲は南は言わずもがな、北もかなり遠くまで火山灰が降ったほどだ。」


 日本を丸ごと覆い尽くした噴煙は、長きに渡り陽の光を奪い去り、多くの生きとし生ける者を苦しめた。辺りはまるで黄泉比良坂の封印が解けてしまったかのようで、神代の者たちはそれを慰める術もなく、隠れてしまった天照大神の帰還を願った。


「そこで思兼神が力を貸してほしいと我を訪ねてきたわけじゃ。」


 火を焚き、天鈿女命(あめのうずめ)に神憑りさせて、天照大神そっくりにした火産霊神を言祝げば、天照大神の性格では岩戸を出てくるだろうと算段したのだという。


 火産霊神はそこまで話すと「ああ、そうだ。それで言うなら、天鈿女命のように、次はお主が我の《憑坐》となる番じゃな」と話した。

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