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屋烏の愛  作者: みなきら
愛、屋烏に及ぶ
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熾火、爆ぜる

 翌朝、柊吾は二日酔いにも似た感覚に、なかなかベッドから起き上がれずにいた。


 自分が加代子につい甘くなってしまうのは、《柊吾》という名前が理由だと言われると俄には信じ難いが、納得してしまうところもあった。


 父の《圭吾》の《圭》も、母の《祐子》の《祐》も、自分の《柊》も保護し助ける者の意がある。


「さしずめ《宝玉の守り人》の一家というところか・・・・・・。」


 そう独り言ちて、試しに昨夜そうしたように指先に蝋燭の炎をイメージすれば、思った通りの火が生み出された。


(やはり夢ではない――。)


 加代子が自分に説明するのに《色々とあって》と言葉を濁した気持ちが今ならわかる。


 これは確かに《色々とあって》だ。


 今日はゴールデンウィーク中で会社に行く必要はないのが救いなのだが、よもや一晩で蝋燭要らず、ガス要らずの人間になるとは思わなかった。


《揺り返しは来ておらぬか?》


 頭に響くように少年の声がして火産霊神を探す。


《あー、そこには居らぬ。お主にもプライベートは必要じゃろ? 今は電話されてるとでも思うておくれ。》


 心配そうな声色に怒る気は失せて「少し二日酔いみたいな感じがしている」と話した。


《それで治まっているのであれば、やはりお主は憑坐の素質があるの。》

「そんな素質があってもなあ・・・・・・。まあ、いずれにせよ、動くならこの休み中くらいしか出来ない。昨夜はいくつか行って欲しいところがあると言っていたが、どこへ行けばいい?」

《東京大神宮に行ってくれるか? お主には高天原の動向を探って欲しいのじゃ。まずは神皇産霊神を訪ねよ。》

「神皇産霊神?」

《ああ、造化の三神が一人だ。訪ねたら我を呼んでたもう。祀られておらぬ社には呼ばれねば入れぬ。》


 火産霊神の気配は「それでは頼んだぞ」と言う言葉と共に消え、柊吾はため息を漏らす。どうも「頼んだ」と言われると、断りにくく感じる性質(たち)なのも、昨日聞いた《呪》のせいな気がしてならない。


 柊吾は枕元のスマートフォンを取ると、「東京大神宮」と「神皇産霊神」の名を検索した。


 ◇


 一方、その頃、斎は安倍晴明の常春の国に来ていた。邸に入り局へと向かうと、女童の式神に先導されて奥の局へと向かうと、御簾を上げたままに几帳近くで、加代子が何やら黒づくめの和服を着た少女と談笑している姿が見えた。


「え、結婚指輪だったのですか?」

「そーなのよ。だから、開けずに小笹に預けたんだけど。」

「昔から色々と不精なところはおありでしたけど、それは《無し》ですねえ。」

「でしょう? 本当、デリカシーが無いったら・・・・・・。」


 漏れ聞こえてくる話に「結婚指輪」の話題のようだったから、デリカシーが無いと言われているのが雅の事だと合点がいったが、話している少女とは面識がない。


 とはいえ、楽しげにガールズトークをしている所に、このまま姿を現せば自分も「デリカシーの無い男認定」をされそうだったから、斎は女童の式神に先触れをお願いした。


 話を聞いたのだろう、加代子の話し相手をしていた少女が手馴れた手付きでするすると御簾を下ろす。奥からは「ありがとう、紫苑」と話している加代子の声が聞こえた。


 それから戻ってきた女童に再び案内されて、加代子と御簾越しに対面する。


「斎さん、こんにちは。」


 御簾と几帳で加代子の姿は人影が仄かにしか見えず、不思議と一千年ほど前に戻った心地になる。


「姫様、そのように直答なさるなど。」

「では、いちいち文にでもしろと言うの? それなら、最初から文に認めたんだけど。」


 加代子がぶっきらぼうに言うと、紫苑は御簾近くにやって来て「お主、名乗れ」という。


「紫苑!」


 加代子が声を荒らげたが、斎は静かに蹲踞すると、その場でお辞儀をした。


「我が名は青山(せいざん)と申す琵琶の付喪神にございます。」

「付喪神だと・・・・・・?」

「はい。加代子様が本日はこちらに逗留なさると昨夜お伺いしましたので、詳しいお話を伺いに馳せ参じました。」


 加代子は斎に「加代子様」と呼ばれるといよいよいたたまれなくなったのか、すくりとその場を立つと御簾を持ち上げる。


「姫様?!」


 驚いた様子の紫苑に加代子は「()()、控えなさい!」と一喝する。紫苑はその言葉に口篭り、顔色を悪くしてその場で控えた。


 しかし、憤然とした様子の加代子は「国津神や神使の八咫烏がどれほど偉いのかは知らないけど、お客様を敬えないなら席を外して」と一蹴する。すると、一部始終を見ていたのか、邸の奥では、晴明のくすくすと笑う声が聞こえてきた。


「姫様、左様な事を仰るのは、神皇産霊神か、火産霊神か。いずれにせよ、柔軟性に飛んだ方のみかと存じますよ?」

「じゃあ、晴明も紫苑が正しいというの?」

「正しい、正しくないというわけではございませぬが、いつの世も《そういう考え方をする方もいる》と思うて頂くのが宜しいかと。」


 斎に「とんだ災難でしたね」と細い目をより細くして笑った晴明は、見た目は変わらないように感じるのに、どこか以前と違って見える。


 そして、扇を僅かに広げ口元を隠しながら、小声で真言を唱え終えると、紫苑は肩で息をした。


「紫苑、頭でっかちに対応してはいけないよ。この方は須勢理毘売命であって、須勢理毘売命ではないのだから。加代子殿も無闇に眷属を名で縛るのは関心致しませぬよ。」

「えッ!? 私、名で縛ってたの?」


 加代子は途端に顔色を変え、紫苑に「ごめんね」と繰り返して謝る。一方、斎は加代子が紫苑を縛ったと聞くと目を丸くした。


「八咫烏を名で縛るなんて、華世ちゃんは神力を使えるの?」


 その言葉に加代子がキョトンとする。晴明は再びくすくすと笑いながら、「全てはお使いになっていません。使っているのは、まだほんの一部です」と答えた。


 斎は七七日忌の時を思い「ほんの一部で、あの《言祝ぎ》の力か」と思ったが、加代子は「え? 私、何か、使っているの?」とますます青くなる。


「私、雅の傷を直したあとは力を使ってないし・・・・・・。」


 「ねえ?」と三人に訊ねるが、晴明は肩を震わせて笑い、紫苑と斎は視線を逸らした。


「私に偏諱(かたいみな)をお贈り下さった時の事はもうお忘れですか?」


 くつくつと笑う晴明の様子に「あの時は無我夢中だったから、よく分からない」と話す。晴明は「どうやら無意識に神力をお使いになっていらっしゃるのですね」と苦笑した。


「そう考えると私が偏諱を受けたのは、ある意味、良い事だったかもしれませぬ。」

「確かに無意識に神力を使われたら、周りへの影響も甚大そうですしね・・・・・・。」


 斎の言葉に加代子は顔色を悪くしたままで「どうしたらいい」と訊ねてくる。しかし、晴明はパチリと扇を閉じると、加代子に「そんなにご心配なさらないで大丈夫ですよ」と話した。


 聞けば、偏諱をしたが故に、晴明は大己貴命に敵対出来なくなった一方で、須勢理毘売命の眷属としてその力の代行や制御がある程度出来るらしい。


「ですので、大方のことは私が安全装置になりましょう。」


 加代子はそれを聞くと、少しほっとしたのか笑みを取り戻す。


「安倍晴明が安全装置を買って出てくれるなんて思わなかった・・・・・・。」


 晴明はにっこりとしたが、紫苑は呆れたようにため息を吐く。


「姫様、そうせねばならぬほど、姫様が無意識に力をお使いになるのは《危うい》という事ですよ。」

「はーい。気をつけます。」


 加代子が分かっているのか分かっていないのか柔らかな笑みで返事をする。斎は「まあ、まだ、想定がつく分、みっちゃんの無茶振りよりはマシだな」と零した。


「ところで、私、何が出来るの?」

「魔法は使われた事があると仰せでしたね?」

「うん、それも無我夢中で・・・・・・。」


 障壁と、転移陣、それから治癒の魔法を使ったらしい事を話す。


「でも、もう一回やれと言われても、どうやったらいいか分からないけど。」


 斎と紫苑は、最早、遠い目をしている。


「それであれば、そのまま使わぬがいいでしょう。魔法は《魂の根本の力》を代償に、魔縁の力を使いますから、あまり使うと貴女が眠ってしまいます。」


 そうなれば晴明でも、加代子の神力が戻るまでは助けるすべがないという。


「わ、分かりました・・・・・・。」

「それを使わない為には《呪》を覚えるのが良いでしょう。」

「《呪》って《魔法》とどう違うの?」

「《呪》は《まじない》であり、《のろい》であり、《ことほぎ》です。」

「う・・・・・・ん・・・・・・?」

「加代子殿が先日七七日忌で使われたのは、その内の《ことほぎ》。そして、《ことほぎ》の元は《ほぎ》は《はふり》の事です。」


 《はふり》は慶祝であり、葬送する事。


 言祝ぎはその《はふり》を言葉で行う事。


 労い、褒め、感謝し、予祝を願う――。


 それら、言霊は聞いている者達の心の内で燻り熾火のようになっている思いを、もう一度、奮い立たせ、燃え上がらせる。


「一方、私が主に行うのは《まじない》です。」


 加代子がちんぷんかんぷんという顔をするから、斎は「ほら、ゲームとかで白魔法とか黒魔法とかあるじゃない? あれでいうと加代子ちゃんのは白魔法で、晴明のは黒魔法って感じなわけ」と話す。


「じゃあ、私はそんなに攻撃系のは使えないって事?」

「うーん、でも、熟達すると召喚魔法が使えるから、一発ドカーンって感じ。」


 それを聞くと晴明に「何となく《呪》にも種類があるのは分かった」と答える。


「でも、今の例えに出た《魔法》と《呪》は別物なんでしょう?」

「ええ、今風に言えば《呪》と《魔法》の違いは《魔術》と《魔法》の違いといえば良いでしょうか。」


 《魔法》は字のごとく、自らの魂なり肉体なりを代償に《魔縁の者》の力を借りて使うのだという。加代子がそれを使えるのは、今は眠る八岐大蛇の力を引き出すからだと晴明は教えてくれた。


「貴女の魂は八岐大蛇に密接につながっています。そして、それは貴女を護りもするが、貴女を害する事もある。一方、《呪》は、呪具や呪文、祝詞など、依代や形代を使って魔法に近い事を起こすこの三千世界の法則のことです。」


 そう言うとふうと細かくちぎった紙をぱっと宙に散らす。


「例えばここが舞台だとして、ちぎった紙を桜の花に見立てれば、それがただの紙片でも観客はこれを桜の花と見てくれる。この世はこうした暗黙の了解があるわけです。」


 加代子が「なるほど」と納得すると、散った紙片は桜の花に代わりに、やがて風に乗って消えていく。


「火産霊神に身代わりをしてくれると貰った蝶の折り紙も、それと同じ系統の呪?」

「ええ、身代わりの呪も、今見せた《まじない》の一つでございます。」


 加代子はパアッと表情を明るくして、「なんか分かったかも」と笑みをこぼす。


「そして、《のろい》。こちらも《まじない》に近いですが、違いは何かを(にえ)に差し出して破滅を願う点でしょうか。」

「贄?」

「ええ、それを代償に神に宣り言を貰ったり助力頂いたりするのです。」

「もしかして、唐草の・・・・・・。」

「ええ。あれはその類ですね。」


 伊邪那美命の眷属に落ちている雅には唐草の紋が身体に広がっている。それは雅の魂を縛り、伊邪那美命の許可なく、黄泉の国からはその本体は出られない。


 その代わりに雅は伊邪那美命の力を借りて、魔法を展開したり、大きな呪をいくつも使える状態にあるだろうと晴明は話した。


「ですが、先程もお話したとおり、そうした呪いや魔法は代償が必要です。それゆえ、彼が力を使えば使うほど、大己貴命の魂は伊邪那美命に囚われ、こちら側に戻れなくなります。」


 晴明は「ですから、急がねばなりません」と話す。加代子を始め、その場に居た者達は大きく頷いた。

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