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屋烏の愛  作者: みなきら
愛、屋烏に及ぶ
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火の粉、舞う

 柊吾も斎も色々と聞きたいことはあったが、「長い時間社を空けたままには出来ぬ」という火産霊神と、七七日忌が終わり御堂の扉もちょうど開いたタイミングだったので、詳しいことは時間と場所を改める事になった。


(ここら辺か・・・・・・?)


 日暮れ時の表参道の駅を出て、キャットストリートを進んでいくと、一瞬、眩暈に似た感覚を覚えた後、「なごみ屋」と書かれた和風カフェの前に出る。入口には「本日、貸切」の張り紙がされていた。


(加代子の事、青山さんは知っていたのだろうか?)


 加代子が死んだ日も、葬式の時も、自分たちと同じように哀しんでいたように思えたのに、未だに腑に落ちないものの、七七日忌の時に半透明の火産霊神や加代子を見ても動じる気配がなかった。


(この「なごみ屋」も異界にあると言っていたが・・・・・・。)


 周りを見ても普段の表参道とそう変わらず、幾ばくか違いがあるとすれば、コスプレめいた人が多いくらいだ。


 柊吾はからりと引戸を開けて、店の中に入る。中は加代子を含めて四、五人いるようで、入口近くにはやけに厳しい顔をした狩衣姿の男が座っていた。


「あ、柊吾兄、いらっしゃい。」


 生前と何ら変わらない様子で、カウンターの中に入ってコーヒーを作っている加代子の様子に一気に拍子抜けする。


「何、やってるんだよ?」

「斎さんが、料理を作ってるから、私が火産霊神にカフェオレを作ってたの。」


 ふふっと笑いながら「結構入れるの上手なんだよ」と自慢げに言う加代子の様子に、控えている女房装束の女である小笹が呆れ声を上げる。


「姫様、そういう問題ではないかと思うのですが・・・・・・。」

「えー? でも、美味しく淹れられたでしょう?」

「うむ、斎の淹れたのより、美味しいぞ。」


 火産霊神の褒め言葉に加代子は得意げな表情を浮かべたが、柊吾と小笹はこめかみに手を当てた。


「柊吾さん、いらっしゃい。御足労いただきありがとうございます。」


 斎は「ありあわせだの材料だとこれくらいしか出来なくて」とつまみやすいサイズにカットしたケーキ類とショコラオランジェを出してくれる。


「ねえ、柊吾兄にもコーヒー淹れてあげるから飲んでいって。」


 「私の淹れるコーヒーは美味しいよ」と笑う加代子は半透明でもなんでもなく、生き生きとして見えるから柊吾は困惑の表情を浮かべた。


「なあ、加代子。お前、死んだんだよな?」

「うん、死んじゃったよ。」


 あまりにあっけらかんと答える加代子は「渋谷駅前まで通り魔に刺されてね」と話す。その間もカウンターの中の事を把握しているらしく、加代子はてきぱきとコーヒーを淹れてくれた。


 カウンター越しにカップを受け取る。加代子はカウンターの内側から出てくると、柊吾の隣の席に座った。


「さて、どこから話せばいい?」


 加代子が訊ねると、柊吾は「死んだのに、何故、生きてるんだ?」と訊ねた。


「うーん、それには《死神界》とかの話からかなあ。」

「死神界?」

「うん、死ぬ時にはね、死神が迎えに来るの。」


 人の運命(さだめ)は予め決まっていて、運命の書と言うのに則って、死神が魂を狩りに来るらしい。


「そうは言っても、とても綺麗なんだよ。舞を舞うように。ほら、剣舞ってあるじゃない? あれの大鎌バージョン。」


 そうして狩られた魂は、一旦、死神協会とやらに集められて、輪廻の輪に戻されるか、地獄で裁きを受けるか選別されるらしい。


「でも、それから除外される魂がある。」


 祟り神として祀られたり、咎のある魂として死神になったり、自ら志願して死神になったりした人魑魅は《人神》として死神界に留まる。


「《死神界》はこの天津神の住まう高天原にあって、自治が認められた《人神》のための国なの。」

「加代子は死んで、その《人神》になったという事か?」

「それなら話はシンプルなんだけどね。私の場合はそれとも別。生きながらにして死神のお嫁さんになったの。」


 その発言に柊吾は真顔で固まり「は?」と大声を出した。


「なんで、そうなるんだ?!」

「んー、色々とあって?」

「説明が面倒だからって、色々で片付けるんじゃない・・・・・・。」

「えー、でも、本当に色々とあったんだよ。全部話したら、本が、一、二冊出来ちゃうんじゃないかな・・・・・・?」


 しかし、柊吾に「良いから説明しろ」と言われて、加代子は渋々話を続けた。高天原、中つ国、黄泉の国。狭間にある夜の食国、根の堅洲国。以前、お供に付いてきてくれた妙白の受け売りだが、この三界の仕組みと情勢を説明する。


「そして、このエネルギーの中枢、原子炉みたいになっている所の中心が《心の太柱》でその中の世界は《幽世(かくりよ)》っていわれるの。ここの中は天津神も国津神も人魑魅も関係なく《無》になる。」


 自分が何者なのかを忘れ、分裂と統合を繰り返し、別の何かに生まれ変わる国。


「ここに入ったら大抵の者は自我を保てなくなるらしいんだけど・・・・・・。」

「《大抵の者は》って事は例外もあるのか?」

「うん、その通り。その一人が私らしいの。」


 その言葉に柊吾は絶句して、そっとコーヒーカップに手を伸ばす。それから、苦めのコーヒーを気付け代わりにぐいと飲み干した。静かに小上がりに腰掛けていた斎もゴクリと喉を鳴らす。


「それで? ()()()()は、他のとどう違うんだ?」

「例外の魂は、八岐大蛇と化して世界を滅ぼす魂と、それを呼び起こす魂だって聞いた。」


 そして、八岐大蛇が今の世に目覚めたならば、誰もそれを止められないだろう。


 心の太柱は折れ、地は崩れ、世界は滅びる。加代子はそう話すと沈痛な面持ちになり、辛そうな表情になる。


「さて、と――。そろそろ、事情説明は良いか?」


 遮るようにして火産霊神はそう言うと、「時に柊吾よ」と呼び掛けた。


「お主、我の《眷属》にならぬか? 名を受ければ、充分に我が力を使えそうに見えるのだが。」

「《眷属》?」

「ああ。《柊》には《先見の明》と《剛直》、それから《保護》といった意味があると知っておるか?」


 そして、《柊》は「火」に親しみのある木である事と、柊吾の《気》も「火」に親しみがあると話す。


「これだけ、火の気に満ちていれば、他にも名の候補があったのではないかと思うが・・・・・・。」

「ああ、それ聞いた事あるよ。確か、お父さんは《柊吾》、お母さんは《熾久(てるひさ)》って付けたかったって聞いたことがある。」


 しかし、「《熾》という漢字が、戸籍上使えなくて断念したと話していた」と聞くと、火産霊神は「《熾久》か、なるほど加代子の母は本質を見る目があるようだの」と火産霊神は言った。


「よし、お主、今より字名は《熾久》と名乗るが良い。ここは異界。無闇に《真の名》を知られると魂を奪われるぞ?」


 火産霊神はそう言ったが色々と前段となる説明が抜けていて、柊吾は眉間に深い皺を寄せる。助け舟を出したのは斎だった。


「愛宕様、そんなに脈絡なく話したら、混乱を来たしますよ。彼は葦原中国のことしか知らないのですから。順番に説明しないと。」


 火産霊神はその言葉に「そうなのか?」と柊吾を見る。柊吾は困ったように頷く。


「それは難儀じゃのう。」

「では、その辺りは私から説明してもよろしいでしょうか?」


 火産霊神に「頼む」と言われると、斎は《名》による呪について簡単に聞かせた。


「そうか、それで実名である《柊吾》とは別の《熾久》を使えと言うのか・・・・・・。」

「今の説明でもう分かったの? さすが柊吾兄。」

「お前、《熾久》で通せと言われたそばから、《柊吾》って呼ぶなよな・・・・・・。」

「あ。ごめん。」


 加代子にヘラッと笑われると、真珠子の時とは違って、どうしてもそれ以上叱る気になれない。柊吾は加代子の淹れてくれたコーヒーを口にした。


「《名》による呪があるのは分かったが、他に制約は無いのか?」

「名は体を表します。字名とはいえ《名》の一つではありますから、その性質に縛られます。」


 斎の説明に火産霊神は嬉しそうに「柊吾は《熾久》となる事で、我が氏子、我が憑坐から、もう一段階上の我が眷属に昇格じゃ」と話す。


「それで、眷属になるとどうなる?」

「うむ、葦原中国で使うと少々問題が起こるが、我の力を借り放題じゃぞ?」

「え、じゃあ、柊・・・・・・じゃなかった、熾兄は《火》を使い放題って事?」

「うむ。試しに蝋燭のように指先に火が点るのをイメージするが良い。」


 それを聞いて、柊吾が試せば、人差し指の先にゆらりと火が点る。


「熱くはないんだな。」

「お主にはな。」


 柊吾は懐からタバコを取り出すと試しに火をつけてみる。


「なるほど、普通に火がつくってわけか。」

「うわー、ライター要らずだね。」


 柊吾は「これでどうしろと?」と聞きたかったが、その様子を見ていた、妙白が「葦原中国に置いておくのは勿体ないですな」と言い出した。


「妙白、何でもかんでも、軍事利用に考えるのは止めてよ?」

「姫様はそう仰せですが、話を聞いただけで体現できるとは、かなり良い勘を持っていらっしゃる。ましてや火産霊神の力を代行出来るとなれば、少々、人魑魅(ひとすだま)には過分しれませぬ・・・・・・。」


 しかし、火産霊神は「我は過分とは思わぬぞ」と話した。


「加代子の周りは高天原の神々、黄泉の神々がやって来よう? 素戔嗚尊や八嶋士奴美神ら国津神が護ろうにも、《神》対《神》であれば、人魑魅まで護りきれぬ事もあろう。熾久はその際の人魑魅にとっての最後の砦じゃ。」


 柊吾は「どういう事だ?」と口に出す代わりに、加代子をじっとりとした目で見る。加代子は(ばつ)が悪くなってそっと視線を逸らした。


「目を逸らすな。ちゃんと説明しろ。」

「はーい・・・・・・。」


 それから加代子はこの一年半の出来事を振り返りながら、八岐大蛇の目覚めが間近な事、高天原が黄泉に一度は攻め込んだ事を話した。


「有り得ないことばかりが起こっているから、ある程度の事は覚悟してきたんだが・・・・・・。」


 高天原と黄泉が一触即発だとか、それのきっかけに加代子が関わっている事だとか、しかも、いつ八岐大蛇が目覚めるか分からないと言われれば、さすがに次にどうしたらいいのか、頭が真っ白になる。


「心の太柱が折れ、地が崩れ、世界が滅ぶ。そうならないように、しないといけない。」

「俺に救世主にでもなれと?」

「そうじゃない、そうじゃないんだけど・・・・・・。今、葦原中国で頼れるの、お兄ちゃんだけなんだよ。」


 すると火産霊神も頷いて、科学の進んだ現代に、「本物の《神懸り》をするほど相性の良い憑坐はなかなかいない」と話す。


「その点、熾久はこの《神ごと》を見世物にしようとか思わなそうだし、加代子のした事とて黙っていよう?」

「そりゃ、七七日忌もした妹が目の前にいるとか言い出したら、気が()れたって言われるだろうからな。」

「いいや、そうでなくともだ。お主の魂は、加代子の魂を《護る》為にあるぞ?」


 そう言うと火産霊神は「加代子の魂がこれ以上、この因果に絡めとられぬように、素戔嗚尊か大己貴命がかつて遣わした魂やもしれぬ程にな」と話す。


「最初に生まれし子に、普通は次の子を《護る》ような名前(宿命)は背負わせぬ。しかし、お主が父は《柊吾》の名をお主に与えている。」


 それゆえ《必然》であろうと、火産霊神が言えば、柊吾は表情を固くした。

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