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屋烏の愛  作者: みなきら
愛、屋烏に及ぶ
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常磐の比々羅木

 大山祇神は伊邪那岐命と伊邪那美命より生まれし神であり、その名は「無限」を意味する《()》、「完全」を意味する《()》の霊異として生まれたのだという。


 しかし、それほど大いなる力を得ながらも、大山祇神は表立って、どの国も支配する事はなかった。


 それは「加具土命」を不憫に思い、神皇産霊神にお願いして「火産霊神」に魂結びした事に起因し、高皇産霊神に目を付けられたからだったが、《葦原中国(人の世)》にさほど興味が無かったこともあり、大山祇神は甘んじて表舞台に立たないことを受け入れた。


 しかし、だからといって高天原への影響がなくなったわけではなく、大山祇神の一族は戦国の世における浅井家のように《女系》で見てみれば、天照大神の一族とも素戔嗚尊の一族とも関係性を保ってきた一族だ。


 それゆえ「人脈」ならぬ「神脈」はとても広く、かつ、大山祇神の発言にはそれなりの影響力がある。


「高天原は天照大神の現状をひた隠しにしているが、こちらで聞いた情報によれば、少し前の金環食以降、成人の姿を取れないでいると聞く。そして、常とは異なる事態も次々と起こることに、高天原も調査を試み始めている。」


 冬に桜が咲くような暖気、夏に氷雨が続くような寒気、日の中に棲むはずの金烏(きんう)の行方知れず。


 このような事は素戔嗚尊がその仕事を放棄し、天照大神が天岩戸に篭ってしまった時以来だという。


「今までも天変地異はあったし、定期的に金烏の数が減ることもあったが、いかんせん重なりすぎておる。」

「それについては、この者に国常立尊から宣託があったそうだ。」

「国常立尊から・・・・・・?」


 少彦名命が柊吾をちらりと見る。大山祇神も柊吾を見ると「お主、まだ名を聞いていなかったな。何という?」と訊ねた。


「火産霊神には《熾久》と。そして、大昔、まだ私が大己貴命にお仕えする前に、国常立尊からは《柊》の名を頂きました。その縁あってか現し世では《柊吾》と名乗っております。」


 すると、少彦名命は「国常立尊にも名を貰っていたのか?」と驚く。


「はい。」

「となると、国常立尊、大己貴命、火産霊神の神使であり、大山咋神と俺の加護を受けている状態か・・・・・・。」


 それには大山祇神も言葉を失い「主が主なら、神使も神使だな」とぼやく。そして、大山祇神はようやく聞く耳を持ったようで柊吾に直接「国常立尊は何と仰せだった?」と訊ねた。


 少彦名命に話したように、柊吾が《大峠》の話と《幽世への鍵》の話をすると、大山祇神は唸る。


「では、近頃は大地震に大津波、真冬に桜が狂い咲き、真夏に氷雨が降っておるが、《大峠》の前触れなのだろうか?」

「それは断定できませぬが、ありうる話かと。」


 大山祇神と少彦名命が険しい顔をするものの、柊吾は「大峠」が何か分からず、静かに「《大峠》とはどのようなものなのですか?」と訊ねた。しかし、大山祇神も少彦名命も黙り込む。柊吾の問いに答えてくれたのは後ろから、障子を開けて現れた罔象女神だった。


「お二人共、そのように険しい顔をなさって唸られていたら、御神使い殿も訊ねにくいでしょうに。」


 にっこりとした罔象女神に、二人とも居住まいを正した所を見ると、力関係はこの女神にありそうで、柊吾もそれに倣うことにした。


「火産霊神のお加減はいかがですか?」

「先程、火勢を増し、魂結びをし直しておいた。あとは休めば、神威も戻ろう。」

「そうですか、それは安心致しました。」


 少彦名命の返答に安堵した様子の罔象女神は「それでそのようなお姿で今までどちらにいらしたのです?」と訊ねる。それには大山祇神が「高天原の事もあり、根の堅洲国に身を潜めていらっしゃったらしい」と弁明した。


「根の堅洲国に?」

「あ、ああ・・・・・・、気がついたら根の堅洲国の野原にいたんだ。二、三日、彷徨いて、見覚えのある邸を訊ねたら素戔嗚尊の邸で。しばらく匿ってもらっていた。」


 前後の記憶が曖昧だった事や、素戔嗚尊から聞かされた「国譲り」の話や、行方知れずの大己貴命や須勢理毘売命の事を聞かされて、そちらの探索を優先させていたと弁解する。


「まあ、そうでしたの。では、()()()()()にしておきましょうか。」

「う・・・・・・。」


 いまいち信じて貰えずにいる様子だったが、柊吾が「火産霊神の危機に、呼び掛けに応じてくださったのは本当ですよ」と言葉を添えると「御神使い殿が言うなら、信じましょう」と穏やかな笑みに変わった。


「先程、《大峠》のお話をしていましたが、《大峠》に何が起こるのか、我らにも詳しくは分からないのです。何を起こしたのかは渾沌の頃に《常世》を生み出した国常立尊だけ。」

「国常立尊――?」

「ええ。」


 天を支える心の太柱の神籬として賢木が撞かれ、地を封じる神籬として比々羅木が撞かれているのだという。


「天の賢木は《境木》、地の比々羅木は《疼木》に通ず。それらは、各々、幽世を《隠り世》たらしめる『封じの木』です。」


 賢木は天の岩戸を封じ、比々羅木は千引きの岩戸を封じる。もっとも高天原と幽世の間の正式な門を塞ぐ「千引きの岩」が置かれる前は比々羅木だけが植えられており、門と成していた。大山祇神は「そこが破られれば三界の境はなくなり、再び渾沌に陥る」と話した。


「その事を高皇産霊神が見逃すようには思えぬ。それに、先日、高天原の者が二つの魂を探していると聞いたが、その情報は役に立つだろうか?」


 聞けば、その二つの魂の為に死神どもだけではなく、天照大神直轄の検非違使たちも動いていると聞き、少彦名命は眉を顰めた。


「検非違使まで・・・・・・?」

「ああ、しかも指名手配付きだ。」


 そう言うと大山祇神は、大山咋神より少し青みのかかったエメラルドグリーンの光で、「二つの魂」の人相見を見せてくれる。途端に少彦名命と柊吾は「あ」と言った。


「大己貴・・・・・・。」

「加代子・・・・・・。」


 二人がそれぞれ呆然と呟く。大山祇神は「大己貴命が何故か違う名で探されているのかと思うたが、どうやら《訳あり》のようだな」と唸った。


「この娘がお主の妹の《加代子》に相違ないのであれば、事態は余計に複雑だ。彼女は素戔嗚尊が愛娘、須勢理毘売命であろう?」


 その言葉に少彦名命は頷く。


「高天原は大己貴命と須勢理毘売命に気がついている。二人を捕らえようと必死だ。」

「捕らえられたら、どうなるのです?」

「分からぬ――。だが、無事では済むまい。」


 大山祇神の言葉に少彦名命は「まずは高皇産霊神が何を考えているのか探る必要がある」と話す。柊吾は加代子の話した「心の太柱が折れ、地は崩れ、世界は滅びる」と呟いた。


「心の太柱が折れる?」

「ええ、加代子がそう話していたんです。」


 あの時「救世主にでもなれと?」と問えば、加代子は「そうじゃない」と言っていた。しかし、記憶が幾ばくか戻り、こうして事態を把握すれば、なるほど加代子が人として頼れるのは自分くらいなのだろう。


 柊吾も険しい顔付きになり、罔象女神は「あら、三人とも怖い顔」と微笑む。しかし、その罔象女神が次の瞬間すくりとその場を立ち上がった事で事態は一変した。


「晴明、左様に慌てて如何しましたッ? 晴明ッ?!」


 慌てた様子の罔象女神に、少彦名命が「如何した?」と訊ねる。


「立石の熊野の社で何かあったようです。神域を守らせていた者から救援の報せが。ああ、少彦名命もいらっしゃっていただけませんか? 須勢理毘売命がどうこうと申しておりました。」


 少彦名命は「分かった」と即答する。柊吾も、異空間への道を開いた罔象女神に「加代子は妹なのです。私も連れて行ってはくださいませんか?」と訊ねたが、それを制したのは大山祇神だった。


「人の身で神ごとに関わるのは魂の火を消耗する。ましてや、火産霊神があの状態ぞ。控えよ。」

「しかし・・・・・・。」


 その言葉に少彦名命は「案ずるな」と答える。


「須勢理の事は素戔嗚尊に頼まれている。きっと無事に助け出すと約束しよう。」


 そう言って、罔象女神と共に少彦名命は異空間へと消えていった。


 残された柊吾は悔しげに歯噛みする。大山祇神はその様子を見ながら、「お主にはもう少し話をすることがある。こちらに付いて参れ」と部屋を出ていく。柊吾は二人が消えた空間をしばらく見ていたが、渋々立ち上がり、大山祇神の後をついていった。


「そなた、国常立尊に《柊》の名を貰ったと話していたな。」

「はい。大己貴命に水を運ぶために、鼠の姿では助けられなくなるところでしたから・・・・・・。」

「それ以外の記憶はどうだ?」

「大己貴命と共に旅をしたことや、《源 雅信》に生まれ変わった大己貴命に仕えていたこと、最期は胸を突かれて死んだことを思い出しました。」

「最期の時、下手人の顔は見たか?」

「いいえ、一瞬のことでしたから・・・・・・。」


 自分が剣を抜くのとほぼ同時に、その身は斜めに切られて骸と化した。


「ただ異様なまでに黒装束で、私も多少剣の覚えもあったのに、一瞬の出来事でございました。」

「それはいつの事だ――?」


 柊吾が「天慶七年の夏の事です」と話す。通された部屋には北斗七星が描かれた磐が置かれている。


「そうか、では、そこに座れ――。」


 案内されるままに柊吾は腰を下ろす。部屋には他にも色々と見た事のないものが溢れていて、辺りにはいくつも星座の絵が描き散らかされていた。


 大山祇神は賽子を振り、占盤の駒を動かす。そして、しばらくすると「やはりお主と須勢理は、大己貴の身代わりとなったようだな」と話した。禍津日星が巡行し、ちょうどその頃が一番危うかったろうと話す。


「《加代子》は妹だと話していたな。」

「はい・・・・・・。」

「星の巡りからして、金環食の頃よりおかしな事はなかったか?」

「おかしな事、ですか・・・・・・?」

「ああ、何でも良い。」

「その頃だと家を出る、出ないで、父母と揉めていた頃かもしれません。」


 加代子による「大学に入ったら、一人暮らしをしたい」という唐突な決意表明に、連日、家族会議と親子喧嘩が何度も繰り広げられた記憶がある。


「それで結局どうなった?」

「家を出ました。」

「ならば、その頃、加代子は死んでいないとおかしい。」

「どういう事です・・・・・・?」


 大山祇神は磐の上に置かれた石をいくつか動かすと、その年の卯月までに対策を取っていなければ、雉子(きぎす)に殺られたであろうと話した。


「雉子?」

「ああ、何人いるか、何に紛れているかはなかなか見破れぬ高皇産霊神の密偵だ。なにゆえか分からぬが、お主らの保護下から離れたのであれば、向こうにとってその間隙を逃す手はないからな。」


 けれども、加代子はその後も無事に数年を過ごしている。


「それが高皇産霊神の誤算であろう。」


 何者かが加代子を助け、高皇産霊神に見つからぬように保護していた事になる。


「斯様な事が出来るのは、我らと同じような神であろう。」

「一体、誰が・・・・・・?」

「そこまでは分からぬ。ただ、当時も禍津日星が幾度も通り、魑魅魍魎の跋扈する世となったが、ここ数年、千年前と同じような星の巡りになっている。」


 それからも、数度、ころころと石をとっては賽子を振るようにして磐に転がしながら、大山祇神はようやく口を利く。


「我らは《大峠》そのものは予測出来ぬ。しかし、関わりのある者の命、卜、相で当たりをつけることは出来る。もし、このまま御神使いとして生きる心積もりなら、この三歳(みとせ)の間にお主も何かしらを選ばねばならぬ時がくる。」


 何を犠牲にし、何を守るか――。


「どのような選択であっても、後悔せぬようにせよ。」


 静かに時は流れる。しかし、しばらく柊吾は何も返事が出来なかった。

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