苦しむお姉ちゃんの声が聴きたいな
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「お、お姉ちゃんお姉ちゃんっ! 毛虫っ! 毛虫がぁっ!」
「お姉ちゃんに任せて! さあ、かかってこい!」
「お姉ちゃん、手が震えてるよ……?」
私のお姉ちゃんは、とてもかっこよくて、とても可愛かった。
◆
中学生になるまで、私はお姉ちゃんの背中に隠れてばかりの弱々しい人間だった。「お姉ちゃんが、来未を幸せにしてあげる」って言ってくれた。嬉しかった。それは、二人で暮らしていく未来が約束されたって、ことだから。お姉ちゃんがこれからもずーっと私に笑顔を見せてくれるなら、これ以上の幸せなんて無いって思ってた。
……でもね、私見ちゃったの。中学生になった直後の、ある日。押し入れで見つけた、しばらく放置されたままの携帯型育成ゲームで。病気になって、だんだん衰弱していって、死神が近づいていて、画面の向こうのプレイヤーに必死に助けを求めるキャラクターが、祈りもむなしく死んでいくところを。「苦しいよ、苦しいよ……」。そうか弱く言っていたのに、次に表示された画面には墓標。
ゾクゾクした。こんな興奮するシチュがあるんだって。私、知らなかったよ。
聴きたいなぁ、聴きたいなぁ。
お姉ちゃんが、泣きながら絶望する声。
だからね、私、たくさん勉強した。たくさん勉強して、完成させた。脳波に干渉して夢を自在に操るシステムを。
◆
「うーん……」
疲れてソファで眠っているお姉ちゃんを見て、ニヤニヤが止まらない。
実家を出て、今は私とお姉ちゃんの二人暮らし。お姉ちゃんはブラック企業で働きながら、大学生の私を養っている。私の「お楽しみ」を邪魔する人は、誰もいない。
ノートパソコンと私が作ったアプリを起動して、無線LANのルーターに擬装した特殊なデバイスを接続すると、ヘッドホンからお姉ちゃんの声が聞こえてきた。
『はあっ、はあっ、はあっ』
ランニングでもしているのかな。お姉ちゃんが小刻みに呼吸する声だ。学生時代は陸上部員だったお姉ちゃんらしい。
『えっ!? な、なに!? きゃあっ!』
私がプログラムを入力して実行した途端、お姉ちゃんは急に焦り始めた。おっきなムカデに追いかけられたら、そりゃあ怖いよね。
「うっ……うぅ……」
現実のお姉ちゃんが唸る。悪夢を見てるからね。当然だね。
◆
「うぅぁ……あぁぁ……」
『こんな、こんなことって……』
筋肉ムキムキのいかつい男の人達に粘土細工みたいに左腕を引きちぎられる夢を見ているお姉ちゃんが、夢の中ですすり泣く声をあげている。そうそう、これこれ。これが聴きたくて、私は勉強したんだよ。毎日の楽しみ。耳に気持ちいい。やっぱり好きだなぁ、お姉ちゃんの頭の中をめちゃくちゃにするの。愛しい人の苦しむ声は、どんな音楽よりも素敵なの。
「あァァァっ! はあっ、はあ…………」
露出して空気に触れたハラワタを鷲掴みにされたところで、お姉ちゃんが跳ね起きた。あーあ、残念。
「どうしたのお姉ちゃん。すごいうなされてたね」
「く、来未……。……な、なんでもないのっ! ……ちょっと、怖い夢を見て…………。も、もう夜も遅いから、早く寝た方がいいわよ……」
「うん、もう少し勉強したら寝るね。おやすみ、お姉ちゃん」
「……お、おやすみなさい」
うーん、今日はもうおしまいにしよ。
◆
「ハッハッハッハッハッハッ」
走ってるわけでもないのに、息を切らしたお姉ちゃんが、私を抱き締めて離さない。一年以上毎日のように悪夢を見たせいで、病んじゃったんだって。お医者さんが言ってた。もう働けないんだってさ。
「わわわ私、これからどうなるの……?」
それは独り言? それとも私に聞いてるの?
「きゃあああァァァっ!」
私のスマホの着信音だけで、叫び散らすお姉ちゃん。すっかり怖がりさんになっちゃったね。不眠症も併発してるみたいだし。でも安心してお姉ちゃん。私が作ったシステムで特許がとれたから、お姉ちゃんが働かなくても暮らせるようになったんだよ。やったねお姉ちゃん。これからは、ずーっとずーっと、一緒だよ。
……あぁ、それにしても。
「もっと苦しむお姉ちゃんの声が聴きたいな」