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「ピンキリ」

作者: 長根兆半

「ピンキリ」


ミッチリ・チンチロ・チンチロリン

シッカリ・チンチロ・トンコロリン


関西の商人は、転んでも只じゃ起きない、なんていわれますが、

流れ板ってのも、流れる度にそのぉ、何かを学んでいるもんです。

学習って言葉があります。同じ事を何度やっても、自分勝手なやり方で、同じ間違いをする人を、学習力がないとか言いますが、自分が学ぶべき相手を無視していると、そうなりますようで。

まずは真似る、まねぶ、そして学ぶ、なるほど、納得いたします。

千里の道も一歩より。上手い事を言いました。一歩があって二歩目があるんですから

こりゃもう、今更言うまでもなく、誰でも知ってます。始めが肝腎とか、終わりよければ総て良し、なんて言いますが、始めが良いから途中も良いし、終わりも良いのであって、途中が悪いのに、終わりだけが良いなんて事はない。

まァ、善かれ悪しかれ、始めから終わりまでが一貫しているのが当たり前、難しい言葉で言いますと、本末究境等と言うんですが、これを保ちたいから、人は言い訳や屁理屈理屈を言う。

しかし、このう、言い訳なんてのは、言えば言うほど、相手は、は、はァーん、言い訳だなって、すぐ底を見透かすもんです。懲りを見た、なんて言いますが、身に染みて経験をした事を言うわけで、どうやったら見つからないで万引きをするか、なんてね、懲りない面々もいるようですが、それなりに学習をしている。

経験を無駄にするな二度ない人生。学校の先生や親からよく言われる事ながら、これがなかなか分からない。

流れ板やってたガム公も、話し方に丸みを持ちたい、人から慕われたいと思うのですが、本人が人を好きになれない。愛するという脳のパーツが抜けている。

こうした学習は、もう三つ子の魂百までなんていいますが、三歳あたりで、決まるそうです。でも、まぁ、こんな事を考えている三歳児もいないでしょう。ガム公なんかは、物心ついた頃から、橋の下から拾ってきた、なんていわれて育ったもんですから、その育ちの悪さを知っていますが、隠さず世間を歩いていく。

ですからチョコ坊なんかのように、嫁ぎ先で苦労して、矛先のかわし方を知った話し方には、憧れる。半年前、外国での流れ板を切り上げ、そのチョコ坊の所に転がり込んだガム公。チョコ坊のツゥ・ルームマンションの、薄日のさす居間のソファから、窓の外を見ている。

ベランダに置いてあるススキが、あるか無しの風に揺れ、その向こうの西空に、秋の真っ赤な夕日が尾根にかかっていい風情。そこへチョコ坊がスルメと焼酎を持ってきて、赤い夕日にどんな昔が見えてるの、なんて気の利いた事を言う。

「焼酎か、癖が無くて、一番いいな」

「お湯で割る、それとも・・・」

「野暮は言うなよ、チョコ坊と飲むのに、お湯は熱過ぎるじゃねェか」

「エ・・・バカね、溶けちゃうじゃない」七〇年代の高倉健と大原麗子がやったら似合いそうな事を二人でやっている。チョコ坊がクネッと、身を崩してガム公に酌をしようとすると、チャイムが鳴った。

「誰かしら、居留守よ。もう・・・」

「見てからでも遅くはねぇさ」

「ん、もう・・・」とチョコ坊、スネ事を言いながら体を立て直し、インターホンの画面を見る。そこにはグミ助が映っている。ったくとか何とか言いながら、顔を見たら文句の二ツや三ツ言ってやろうと思うチョコ坊。オートロックのボタンを外す。程なくグミ助が部屋の外に来たんで、ドアを開けると、ヒョイと顔より先に何かが突き出る。

「生ハムとメロン、手土産代わり」と声がして、グミ助の顔が出た。

ロンドンの板前が、有り難う要らない、金欲しい。なんて言ってた奴がいましたが、心は形に出してこそ通じるようで、チョコ坊素直に頬笑むいい女。

「おッ、グミ助かぁ、まァ、来いよ」と奥からガム公の声がしてチョコ坊は生ハムとメロンを冷蔵庫に入れ、かわりにペット・ボトルのアイス・ティーを持って居間に行きます。

「久次郎親方は元気か。どうだその後、お前ぇは見習いから、見習われてるって気がして来たか」とガム公。

「なんだい兄ィ、さっそく嫌味かい」とグミ助が顔をしかめますと、チョコ坊が

「そうじゃないのよ、グミちゃん、おんなし事やってれば、いつか人の上になって、責任が出るってことなんだから」

「兄ィの話しは、ついてくのがやっとで、考える暇がねぇよ」とそっぽを向いて言うグミ助。

「話とスカートは短い方がいい」とガム公これまたぶっきら棒にいう。

「だから流板やってたんじゃないの、ガムちゃんはさ。ねぇ」とチョコ坊が訳知りに言う。

「なんだか、俺にはさっぱりだ」とグミ助、首をしねって、手酌酒。

「でも、グミちゃん、こうしてガムちゃん帰って来たんだからね」

「こうして帰ってきたって、どうして帰ってきたんだい、兄ィ」

「良いじゃない、過ぎた昔は、あら、手土産頂こうかしら」チョコ坊言うなり、サッと立ってキッチンに行きます。残った二人、どこか気まずく、話の糸口を探し、グミ助が

「何があったんだい、兄ィ」と言えば

「色んな事あったもんだなって思ってよ。赤い夕日と独り言だ」とガム公。

「キザだなぁ。そらぁ日本に居たって色々あんだから、ましてや外国だもんな。極めつけはどんな事あったんだい」

「ウフ、極めつけ、か」言いながらガム公、俯いてニヤつきます。

「なんだよ、気色悪ィな、一人で喜んじゃって」とグミ助もつられる。

「なんでも初めての経験てなぁ、外国語を始め、人から習う事が多かったって、今更ながら感心してる」と言ってガム公酒をなめるように飲む。

すると間を見たように、チョコ坊が美味しく冷えた生ハムとメロンを切り分け、艶のあるヘレンドあたりの白い洋皿に美味しく盛って、運んできた。

熱い物は熱い内、冷たい物は冷たい内に、なんて言葉を添え

「昨日より今日、今日より明日、いつも新しい経験じゃないの。さ、冷えてるうちに」とチョコ坊、甲斐甲斐しく二人にナイフとフォークを配る。

「さすが年増、言うことが違うねぇ」

「一言多いんだ、手前ぇは」ビタッとガム公がグミ助の頭を張った。

「おやめよガムちゃん、片方が多くて、片方が少ない、足して二でわりゃ丁度いいじゃない」とチョコ坊がなだめる。

「何でぇ、嫌味臭ぇ、はしょった言い方をする兄ィなんて嫌れぇだ、でもよォ、耳に痛くてチクショウって思っても、明日に繋がってんだよなぁ、ヒック、極めつけは何でぇ、ホームレスにでも、なったのか」とグミ助、焼酎で、ろれつが怪しい。

「なった。ペット・ボトルが水洗トイレよ。生きる知恵のつく、いい経験だった」とガム公アイス・ティーのペット・ボトルをなでる。

「なったって、兄ィ・・・俺、酔い醒めっちまった。ペット・ボトル・・・が、なんでだよ」

「ペット・ボトルの蓋に小さな穴を開けてな、水鉄砲、紙がいらねェ」とガム公言いながら、ク、クククと照れ笑い。

「居るんだねぇ、おんなし女が世の中には、ガムちゃん、もうひとつ、ねぇ」とチョコ坊が肩摺り寄せてガム公に酌をする。

「ケ、見てらんねェよ。おんなし女が居たからって、どうなったんだい」グミ助、ふてて手酌のあおり酒。

とは言っても気になるグミ助。

「・・・チョコお姉さま、おせぇて、ねね」なんて、猫なで声を出すもんだから

「まったく調子のいい酔っ払いだね、いいかい、私とおんなし女がいたって事、忘れんじャないよ」とチョコ坊が念を押すと

「忘れん、金輪際忘れんから、早く言ってよ」とグミ助すがりつく真似をした。

「ほら、ガムちゃん黒帯じゃない」

「黒帯だぁ、兵児帯じゃねぇのか」

「空手じゃないか馬鹿。空手の先生の娘がさ、キャラバン持ってて、そこに棲んじゃったってわけよ」

「それとチョコ坊と、どこがおんなしなんだ」とわからないグミ助。

「話はこれからなのよ、ったく。その娘、ガムちゃんより三十も下なんだけど、なかなからしく、住まいを請け負ったって事、出来きゃしないよ」投げるようにいうチョコ坊。

「するとなにかい。ホームレスの兄ィにそんなに若けぇ娘がくっ付いたって事か、そん時、イギリスの奥さんはどうしてたんだい。第一、兄ィここに居るじゃねェか」

「奥さんからは三行半、若い娘は親の持って来た縁談を受け、ガムちゃんは苦笑いかみ殺しての御帰国だったってわけ」

「上手く出来てやがんなぁ。ホームレスッたって、ピンの贅沢だ。俺にも分けてくれよ、兄ィ」グミ助がガム公に擦り寄ると、チョコ坊が、昔っから、いい板前には急場を救う陰の女が居るものなのよ、ね。なんて言ってガム公に酒を催促する。

「そんな女、居ねぇ俺はどうなんだ」

「見て習ってが、まだ足りねぇから削り板。見知らぬ土地で、とぼけてやってる地元板、てぇげぇ独りよがりのドブ板だ」とガム公、焼酎を一気飲み。

「ヨタ前だのヘタ前、ドブ板なんていう板前さんを支える女、居るかしら」チョコ坊いって、目の端でグミ助を見るとグミ助の目が点になっている。

「お前ぇもな、呑む買う打つばかりを真似ねぇで、包丁人・久次郎親方をしっかり見て真似て、早くピンになれ」

「ハイ、しっかり真似・・・ますが、包丁人と板前って同じじゃねぇのかい」

「違う、よぉッく見てりゃ解る」

「兄ィ、俺はピンの下とかキリの上ぐらいにはなってねぇかい」

「手土産にこれ、どうだろなって金平でも持って来りゃいいが、まだまだキリだ」

ソロソロ一服、アラドッコイ


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