2杯目:新しいマスター
ギルドの外に出てヒロトは確信した。ここは異世界なんだと。異世界物のラノベをヒロトも少なからず読んでいたので、その知識はあった。帯刀をしている者、鎧を着ているもの、現世では見慣れないものばかり、決定的なのは獣人を見かけたこと。明らかに人間のそれではない耳をし尻尾が生えている者達が通りを行き来していたのだ。
「やっぱり、ここは・・異世界なんだな・・」
「異世界?」
ヒロトのつぶやきに対し、ついてきたあいなとテトラの頭上に疑問符が浮かぶ。
「いや・・こっちの話だ、気にしないでくれ。」
頭の中を整理しようとするヒロト、だがそういう時こそ、えてして事は矢継ぎ早に起こるもの。急にヒロト立ちの目の前に何者かが飛び降りてきたのだ。
「お、少年。治ったんどすかぁ?えげつない傷しとったのに、よかったどすなぁ。」
獣人であった。猫の耳と猫の尻尾を持った女性が上から飛び降りてきたのだ。
「琴葉、どうだった?マスターは見つかった?」
「あかんかった・・どうやら朝一の馬車で帝都に帰ってもうたみたいなんよ。もう今からじゃ間に合わへん。」
あいなに琴葉と呼ばれた女性はヒロトよりいくばくか年上に見えた。20歳前後といったところか。日本的な和服を着ていたが胸元は大きく開き、こぼれそうな胸はヒロトがかつて見たことないほど豊満であった。丈は異常に短く、そこからのびる脚は長く、その白さは万人を引き寄せる色香を漂わせていた。ヒロトはやや目のやり場に困りながらも、琴葉のおっとりとした話し方を聞き、異世界にも方言があるのだなと思った。
「加えてあかんことになぁ、もう役人がすぐそこまで来てんよ。」
「えっ?そんな。だって確か夕方くらいに来るって!」
「あいな あそこ もう見える」
テトラが指差す方から馬に乗った初老の男がこちらに向かってきていた。
「今度ばかりは絶望的どすなぁ。」
琴葉はため息をつく。あいなは焦燥感にかられ、泣き出しそうなテトラを抱き寄せた。
そして事態が飲み込めないヒロトの前で役人は馬を止めた。
「さて、要件はわかっているな?マスターはどこだ?」
「いや、えっと・・それが・・」
あいなは役人の質問に対ししどろもどろ、テトラと琴葉も気まずい顔をしている。
「また見切られたのか?ふむ・・マスター不在、経営もままならず、借金は膨らむばかり。これではもうこのギルドは・・たたむしかないな。」
「そんなっ!待ってください!」
役人に懇願するように駆け寄るあいな。
「それにもうこのギルドでマスターをやる者もおるまい、ギルド・ミルクティーが経営不振なのは有名だからな。マスター不在となれば、ギルドの営業権を剥奪させてもらわなければ。」
「そんなんされたら、借金も返せへんようになる。」
「身売りでもして返すしかないな、お前なら稼げるんじゃないか?」
役人は琴葉を舐めるように見た。その顔はとても市民のための役人の顔と言えるものではなかった。
「そんなこと する必要ない 新しいマスターなら いる」
庇うように琴葉と役人の前に出たテトラが得意気に言う、我に秘策有り、と。自信満々なテトラをヒロト・あいな・琴葉が見つめた。言われた役人はあきらかに面倒臭そうにしている。
「嘘をついちゃあいけないよ、お嬢ちゃん。どこにそんな物好きがいるって言うんだい?」
「ここに いる」
「えっ?」
不意にヒロトは右袖をテトラに引っ張られ、役人の前に立たされた。
「この人が 新しい マスター」
「そ、そうです!この人が新しいマスターなんです。先ほど到着したばかりなんですが・・」
訳も分からず話の流れに飲まれると、多くの人は正常な判断ができず流れに身を任せてしまうもの。ヒロトもそのうちの一人であった。
「あ、あぁ。そうだ。オレが新しく来たマスターだ。」
「なにぃ?貴様が新しいマスターだと?そんな届け出は役所に出てはいなかったぞ!」
「そらかんにんなぁ。早急に提出するさかい、許しとぉくれやす。」
琴葉が役人の頬を優しく撫でながら言うと、役人は一瞬うっとりした顔つきになったが、すぐに琴葉の手を振り払った。
「そんな嘘を聞いて、はいそうですかと引き返すわけないだろっ!本当にこの男がマスターだというのなら、証拠を見せてもらおうじゃないか!」
「証拠って、オレが何をしたら納得してくれるんだ?」
「そうだな・・ではわしにミルクティーを用意してもらおうか。少なくともこれまでこのギルドで提供していたミルクティーよりうまいものを淹れることができなければ、マスターがいても結局このギルドは破産の運命をたどるだけだからな。」
「それは・・オレが淹れるのか?あいな・・じゃなくて?」
「新しく来た貴様が淹れなければ意味がないだろう。これまでとは違う、経営は回復する、というところを見せてほしいのだからな。まぁ・・貴様が実はマスターじゃないと白状するなら別にいいのだが・・?」
ヒロトにはミルクティーの知識など当然ない。ティーにミルクを入れお好みでガムシロを、そうするとミルクティーが出来る、という事くらいしか知らない。焦るヒロトは助けを求めるようにテトラを見た。
「万事・・ 休す・・」
テトラはヒロトと目を合わせようとしない。ヒロトは先程まで自信満々だったテトラに何か作戦があるのかと思い話に乗っかったのだが・・テトラには何の作戦もなかった。
「さあ、じゃあ淹れてもらおうか。」
役人はヒロト達の間を強引に通り、ギルドの中に入っていった。
「相変わらず静かなギルドだな。」
役人の言うとおり、ギルドの中には人一人おらず、仕事の依頼書を貼る掲示板に2・3紙が貼ってあるだけという状態であった。ギルド・ミルクティーはバー・宿・そしてギルドの3本柱で収入を得ていたが、この異世界に来たばかりのヒロトでも、そのどれもが上手くいっていないことくらい一目見て理解できた。
「ごめんね、ヒロト。こんなことになっちゃって。」
「いや、別にいいんだけどさ。オレ、全然ミルクティーの挿れ方なんてわからないから教えてくれよ。」
あいなからこっそり教わろうとヒロトはあいなに寄って小声で話をしたが、そのせいか傍から見ると二人が何かを企んでいるように見え、それは役人にとっても同じだった。
「こらこら、今更じたばたするんじゃない。さっさとわしが唸るようなミルクティーを淹れてみろ。そうだな・・その間そこの3人は手助けしないよう、こっちに座っておれ。カウンターの中には入らないように。」
逆らうわけにもいかず、あいな達3人はカウンター席に座り、ヒロトだけがカウンター内に入った。カウンター内の壁には棚が取り付けられており、そこには多数の茶葉が小瓶に入れられ整然と並べられていた。その他にもティーポットやティーカップ、ティーストレーナーやティーコージーなどが置いてある。適当に作っていいのなら、なんとなく作れそうだとヒロトは感じた。だが先ほどのあいなの言葉がヒロトの頭をよぎる。
(茶葉の配合を変えてみたから・・)
あいなは茶葉をいろいろ組み合わせてミルクティーを入れているはずだ。そう考えたヒロトはどの茶葉を使えばいいのかと考えた、が、わかるわけもない。どこかにメモでも残されていないかと、用意をしているふりをして探す。しかし、それも見つからない。
「ほら、どうした。さっさと淹れてくれないか?」
意地の悪い笑顔をみせ役人がヒロトに突っかかる。あいな達3人は心配そうにヒロトを見ていた。
そんなあいなの顔をヒロトは見たくなかった、そんな顔をさせたくなかった。あいなとは会ったばかりだが、あいなの顔はあまりにも想いを寄せていたさゆりに似ていたのだ。むしろ同じといってもいいくらいに。想いを寄せる女の子に心配をかけたくない、なんならかっこいいところを見せたいと躍起になるのは男の常。
(くそっ、どこかに手がかりはないのかっ?レシピがあれば最高なんだけどな・・)
ヒロトがそう考えた瞬間、突如ヒロトの視界の右下に文字が浮かび上がった。
(モームン/ティースプーン2杯 茶漉しに入れる・・?なんだこれは?)
顔を右に向けても左に向けても、視界の右下にその文字がずっとついてくる。まるで眼球に張り付いているように。
(もしかしてこれは・・テトラの魔法か?とりあえず・・やってみるか。)
ヒロトは棚に置いてある茶葉の小瓶の中からモームンと書かれているものを見つけ、茶葉を2杯とり茶漉しに入れた。
(さて、次はどうするんだ?)
ヒロトは次の指示を求めテトラを見た。だがテトラは何か魔法を唱えている様子はなく、今だ心配そうにこちらを見ている。あいなと琴葉も同様である。
(テトラ達の魔法じゃないのか?お、チンブラ/ティースプーン0.5杯 茶漉しに入れる、なるほど、これが次の指示だな。)
その後もヒロトの視界の右下には指示が映し出された。それはティーカップを温めておくといった素人には気が付きにくい細部に至るまでいたれりつくせりで、指示の中の道具の名前がわからなかったり、どこに置いてあるのかわからなかったりすると、まるでゲームのチュートリアルがごとく矢印が表示された。
おかげで、ややもたつきながらもヒロトはミルクティーを淹れることができた。ミルクティーからは甘い美味しそうな香りが漂っている。
「ふ、ふん・・香りが良くても、味がいいとは限らんぞ?」
役人はヒロトから出されたミルクティーを口に運んだ。あいな・琴葉・テトラもおのおの飲む。
「なっ・・こ、これは・・っ!」
一口飲んで役人は目を大きく見開いた。
「美味しい・・」
「こんなの はじめて・・」
「身体が宙に浮くようどす。」
本来こういうものはちびちびと談笑しながら飲むようなものだが、4人はあまりの美味しさに飲むのを止められず、あっという間に飲み干してしまった。
「ヒ、ヒロト?どうしてこんなに美味しいミルクティーを淹れられるの?」
飲み終えたあいなは満面の笑みでヒロトに問いかける。
「ザ・アルティメット。どうやらこれがオレの能力らしい。」
読んでくれている方々に感謝を込めて。




