プロローグ
「ここは・・どこなんだ?」
目を覚ました少年が目にしたのは、あたり一面ひろがる森であった。鳥や動物の鳴き声は聞こえるが人の声はしない。時刻は昼頃、少年は木漏れ日を眩しく感じた。
「オレは・・えーっと・・バス停にいたような気がするんだけど・・」
少年の名前は堂本ヒロト、大学入試を控える高校3年生、勉強もスポーツも可もなく不可もなく、普通の高校生活を送っていた。ある朝、通学途中のバス停にて交通事故に巻き込まれ命を落としてしまった。
輪廻転生。本来であればヒロトの魂は新たな命として生まれ変わるはずだったのだが、何故だか剣と魔法の異世界にそのままの姿で転生してしまった。しかしヒロトはその一連の流れを知らない。
「なんかオレの学ラン、すげー汚れてるし・・これって血だよな・・」
ヒロトはポケットの中を確認した。右ポケットに携帯、尻ポケットに財布が入っている。
「貴重品はあるな・・でもカバンどこいった?」
あたりを探してみるが見つからない。ヒロトは自分のカバンを探しつつ森の中を歩く。人の気配が全くしない知らない森の中である。ヒロトは不安を感じ、時折助けを求めるように叫ぶが、その叫びに応えるものはいない。
ただし、それは人間の話であってこの異世界に住むモンスターは違う。ただうろうろとカバンを探し歩くヒロトを見つけ、後を追うモンスターがいた。体長約5m体重1tを超える巨大なヒグマのようなモンスター、通称ヘルベアーである。
ヘルベアーは武器も持たず森の中をうろうろしているヒロトを食べようと狙っていた。すぐに襲わないのは、ヒロトが本当に武器を持っていないのか、仲間はいないのか、自分の狩りの成功率を上げるため観察していたからである。そしてヘルベアーは狩りの成功はほぼ間違いなく成功すると確信し、ヒロト目掛けて猛ダッシュした。
突然の騒音に驚いたヒロトは振り返り目を疑った。それもそのはず、信じられないほど大きいヒグマが自分目掛けて走ってくるのだから。
「なっ!!!」
ヒロトは一目散に逃げた。頭に死んだふりや木に登るという選択肢が浮かぶより早く、最も単純な行動の、ただ走って逃げる、という選択肢を選んだ。捕まれば間違いなく死ぬ。その恐怖がヒロトを走らせる。心臓が悲鳴をあげ脚が砕けそうになりながら。
だが背後から押し寄せる重い足音はどんどんと近づいてくる。このまま走っていても捕まってしまうとヒロトは思った。助けを求める人もいない、隠れることができそうな場所もなければそれを探している時間もない。恐怖で回らない頭を必死に回すが、結局できることは走ることだけ。
走る。
走る。
ただひたすらに走る。
時間にしたらほんの数秒であっただろうがヒロトにはこの上なく長く感じた。そしてその時は前ぶれもなく終わりを告げる。ヒロトは転がっていた石につまずき、派手に転んでしまったのだ。身体の前面を強く打ち付けたヒロトは、呼吸もままならないまま首をひねり後ろを見る。そこにはまさに今自分の命を奪おうとする者の姿があった。
ヘルベアーは狩りの成功を喜んだ。獲物はまだ生きているが、自分がその首を噛みちぎれば死ぬ。食料にありつける。だが賢いヘルベアーはいきなりとどめを刺さず、様子見の一撃として、お尻を引きずりながら後ずさる獲物にその右腕を振り下ろした。鋭い爪が獲物の胸を服ごとえぐり、鮮血が吹き出す。獲物は悲鳴をあげのたうち回るが、逃げ出す様子はない。恐らくもうその力が残されていないのだろうと判断したヘルベアーは、ついにその凶悪な牙を突き立てようとした。
が・・
牙が獲物に届くことはなかった。耳がおかしくなるような轟音がした刹那、自分の身体に急に力が入らなくなったのだ。ヘルベアーは何が起こったのかと獲物を見下ろすと、先程までたしかに何も持っていなかったはずの獲物が棒状の何かをこちらに向けていた。そしてその視界を最後にヘルベアーは息絶えた。
ヒロトは胸から出る血を左手で抑えながら、とりあえず生き残れたことに安堵した。死ぬ、せめて武器があれば・・そう思った瞬間右手に突如現れたショットガンのおかげだ。もちろんこれまでショットガンなんて撃ったこともなければ触ったこともない。ヒロトはなぜ自分がショットガンを持っているのか、空を仰ぎながら考えた。
「そもそもここはどこで、オレはなんでここにいるんだ?」
ヒロトは身体から力が抜け、寒くなっていくのを感じた。自分が好きだった同じクラスの女の子の姿がぼんやりと見え、声まで聞こえてくる。
これはきっと夢なんだな・・
ヒロトの意識はだんだんと遠ざかっていった。