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キバガミを飼いたい

 お風呂から上がるとビアンカは自分の寮へ帰っていく。

 魔法科の寮と礼節科の寮は違う場所にあるのだ。


 名残惜しいが、明日以降、いつでも学院で会える。湿っぽい感じの別れにはならなかった。


「また明日ね」


 にこやかに手を振る。


 そのままビアンカは夜の道に消えるが、叡智の騎士が護衛に付く。女性に夜道を歩かせまい、という配慮だった。さすがは円卓の騎士である。


 セリカはというとルイズをともなって自宅に帰ろうとするが、フィルが止める。


「セリカは礼節科に転科したのだから、白百合寮に入るべきなの」


「それはわたくしも考えたのですが……」


 残念そうに肩を落とすセリカに変わってメイドのルイズが言う。


「お嬢様は侯爵家の娘。警備などの関係で自宅を離れるのはよくないのです。それに白百合寮はセリカ様の一族の寄付金によって運営されています。そこの一族のお姫様がやってくるとなればさぞ面倒でしょう」


「――というのが建前だけど、兄上と姉上が許してくださらないの」


 セリカは真実を吐露する。


「兄上と姉上?」


「ええ、一緒に屋敷に住んでいる兄姉よ。血肉を分けた」


 セリカはそう前置きすると続ける。


「兄上と姉上は末妹であるわたくしを猫かわいがりして離してくださらないの。ちょっと家を離れただけでだだをこねられるのです」


「面倒だね」


「面倒なのです。早く二人とも結婚してほしい……」


「相手はいないの?」


「いないのです」


 セリカはため息を漏らすと、「そういえば」と続けた。


「フィルさん、道中、連れて歩いていたオオカミはどうされたんですか?」


「キバガミだね。裏庭に繋いでいる」


「それはいけませんわ。学院のものが狼を見たら怖がりましょう」


「大丈夫、犬になってもらってるから。キバガミは小さくなれるんだよ」


「それでも大型犬くらいはありますでしょう。たしか、シャロンは動物が苦手なので見たら悲鳴を上げますよ」


 と言っていると案の定、裏口から悲鳴が聞こえる。


「グギャアアア」


 イボイノシシの断末魔のような悲鳴だった。妙に声が綺麗なのでメイドのシャロンだろう。


 そう思って小走りに向かうと案の定、シャロンが倒れていた。

 手には洗濯籠を持っている。


 どうやらしまい忘れた洗濯物を取りに行こうとしたらしいが、運悪くキバガミと出会ってしまったようだ。


 キバガミは軽く困惑している。

 フィルは尋ねる。


「キバガミ、シャロンになにをしたの?」


「なにも。この娘が勝手にオレを見て倒れただけなんだが」


「まあ、キバガミは怖いからね」


「くうん……」


 と鼻を鳴らす。


 しばらくするとシャロンは起きるが、フィルを見て安堵する。それと同時に『まだ』キバガミがいて震え上がる。


「ひぃ~、堪忍してください。わたし、動物が苦手なんです。昔、犬にスカートを食いちぎられたんです」


「キバガミはそんなことしないよ」


「なにを悠長な。フィルさん、この化け物をやっつけてください。いつものようにワンパンで」


「それはできないよ。だってこの子、僕の友達だもん」


「友達は選んでください」


「選んだ上でここにいるんだよ」


「まさか、この子を学院で飼うつもりですか」


「うん、ここで飼う」


「そんなことは許されません。寮ではペットを飼うことを禁じられています」


「そうなの?」


 セリカを見るが、彼女はこくんとうなずく。


「うーん、困ったぞ。無人島から遙々やってきたのに」


「まさか、帰れともいえませんしね」


 セリカはキバガミの喉を撫でる。彼は「くぅ~ん……」と悲しげに泣いた。


 それを見ていたフィルの頭に電灯がともる。ピコン、と良いアイデアが頭に浮かぶ。


「学院の決まりで飼っちゃ駄目ならば、学院の決まりを作る人に許可を求めればいいんだよ」


「なるほど、学院長に頼みに行くんですね」


「そう。アリーマンは爺ちゃんの友達、爺ちゃんも犬は好きだったから、許可してくれそう」


「アーリマン様ですね。たしかにその可能性もありますが、アーリマン様は公私混同を嫌うお方、逆に説得は難しいかも」


「頼まないと可能性はゼロだよ」


「ゼロを1にするために頑張るのですね」


「うん!」


 と元気よくうなずくフィル。そうと決まれば明日、さっそく学院長のもとへ向かうべきなのだが、問題は今晩どうするか、である。


 シャロンはケダモノがいるような庭は歩けない、と引き籠もってしまった。


 こうなれば庭で飼うのは難しいだろう。となるとフィルの部屋だが。それにしてはキバガミは大きい。


「さらに小さくなれないの?」


 セリカはキバガミに尋ねるが、それは無理だと言う。


 仕方ないので今夜はセレスティア侯爵家で預かる、ということにしようかと思ったが、フィルは魔法によって解決する。


「大魔法使いは、生き物をカエルにしたり小さくしたりするのが得意なの。一晩、手乗りわんこになるの!」


 フィルがそう言うとキバガミはびびびと魔法に包まれる。一瞬で手のひらサイズ、チワワのようになる。


「きゃん!」


 と甲高い声を出すと、フィルはそのまま自分の部屋に連れて行った。


 セリカはその手際の良さに呆れながら、きびすを返すと、ルイズとともに屋敷へ帰った。


 やはり案の定、帰ると姉上が心配して抱きついてきた。キバガミの気持ちが少し分かった。

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