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少女たちの入浴

 フィルの献身的看病によって回復したビアンカ。

 完全に体調を取り戻すと、恩人であるフィルのことが大好きになっていた。


 今でもぶっちぎりナンバーワンで大好きなセリカお姉様に比肩するくらいフィルに好意を寄せるようになっていた。


 フィル、フィル、フィル!

 心の中はフィル一色である。


 それからの一日、ビアンカにとっては幸福なものとなった。この無人島にはフィル以外の人間がいないのだ。彼女を独占できる。


 一緒に海に潜り、魚を捕った。

 一緒に山に登り、茸を採った。

 一緒に森に入り、蜂蜜を取った。

 一緒に花畑に行って花冠を作った。


 フィルという少女は場所場所によって表情を変える。どの場所でのフィルも天使のように愛らしい。


 食べてしまいたくなるほど可愛らしかった。


 このままこんな時間が一生続けばいいのに、と思ったが、そのような幸福は永遠には続かなかった。


 翌日の朝、望まぬ迎えがやってくる。


 セリカとその供である叡智の騎士ローエンが、船に乗ってこの無人島にやってきたのだ。


 彼女は開口一番に言った。


「どうやらおふたりとも仲良くなれたようですね」


 ビアンカは恥ずかしげにうつむく。

 フィルは元気よく宣言する。


「うん、お友達になったの。ボクとビアンカはもうマブダチ」


 なんの躊躇もなく宣言するフィルが羨ましかった。見習いたいところであるが、その前にビアンカはセリカに頭を下げる。


「セリカお姉様、色々と心配を掛けましたが、以後、セリカお姉様にもフィルにも迷惑は掛けません。……ですのでお友達としてお付き合いくだされば幸いです」


 その言葉を聞いたセリカは安堵の表情を浮かべると、右手を差し出してきた。


 握手しようと言うことだが、お姉様の手を取るなど恐れ多いと逡巡していると、フィルが割り込んできて強引に三人で握手する。


 彼女は力一杯ぶんぶんするので少し痛かったが、厭な気持ちはしなかった。

 力強い握手から力強い友情が生まれるという言葉を思い出す。


 その後、フィルたちはセリカの乗ってきた船に乗ると、船と馬車を使って王都に帰還した。


 学院の連休ぎりぎりの旅路となったが、なんとか例の丸太投げを使わずとも学院に到着することができた。


 あの丸太投げの怖さを知らない騎士ローエンだけが残念がっているが、セリカとビアンカだけは心の底から喜んでいた。



 連休最後の夜に学院に到着する。

 長旅で疲れていたので、三人娘はそのまま寮のお風呂に入ることにした。

 白百合寮の大浴場を借りる。

 脱衣所でフィルは一秒ですっぽんぽんになる。


 セリカはすうっと衣擦れの音を立て、優雅に服を脱ぐ、脱いだ服は綺麗に畳む。フィルの分も。


 ビアンカは顔を真っ赤にし、服を脱ぐのをためらったが、フィルによって脱がされると、そのまま手を繋いで大浴場に入った。


「あのね、お風呂に入る前には身体を洗うんだよ」


 そう言うとフィルは獅子の口から流れるお湯を桶に張り、ざぶんと頭からかぶる。

 ビアンカにも同じことをする。セリカにも。


 そこまでは比較的行儀は良かったが、そこからがフィルの本領発揮。大浴場を走るとそのままひょいっとジャンプし、お湯の中に飛び込む。


 お湯しぶきがセリカたちにも掛かるほどであった。

 セリカは冷静にフィルを諭す。


「フィル様、お湯に入るときは静かに。それにすべって危ないのでお風呂場で走ってはいけません」


「分かった!」


 と言うが、お湯に浸かるフィルは温泉に浸かる猿のようで心ここにあらずであった。


「ふぃ~、気持ちいい~」


 目が糸目になっている。

 なかなかに可愛らしいのでそれ以上文句を言えずにセリカもお湯に入る。

 ちゃぷんという音が響き渡る。その様にビアンカは笑ってしまう。


「ほえ? なにがおかしいの?」


 フィルは尋ねてくる。

 ビアンカも浴槽に浸かると答える。


「フィルはざぶーん、お姉様はちゃぽんでした。その対比がおかしくて」


「なるほど、たしかに対極です」


「ですがどちらもらしいです。フィルがお行儀良くお風呂に入る姿は想像できません」


「だよね、ね」


「ビアンカ、あまりフィル様を甘やかさないで。フィル様には淑女の中の淑女になってもらわないと」


「お姉様はそのために礼節科に転科されたのですか」


「ええ、そうよ。フィルを立派な淑女にして、この世界を導く存在になってもらうの」


「素敵な世界ができあがりそう」


「そうね」


 首肯するセリカ。

 一方、フィルはどこ吹く風で、タオルに空気を入れて風船を作っていた。

 それを湯船の中に入れて「おなら」と喜んでいる。淑女からはほど遠い行為だ。

 セリカは呆れているようだが、直接は注意せずにこう言った。


「フィル様、肩まで湯船に浸かって頂けますか?」


「どうして?」


「きっと良いことがありますよ」


 その言葉を聞いたフィルは「うん」と湯船に入る。

 フィルが湯船に肩まで使った瞬間、セリカは数を数え始める。


「1、2、3……」と。


 どうやら百数えるまで出てはいけない遊びをするようだ。

 フィルの目が輝く。


「おお、なんだか爺ちゃんみたい。山でも爺ちゃんに肩まで入って百数えなさいと言われてた」


「ならば学院でも同じことができますよね」


「それは分からない。ボクは忙しない」


 自分で言うフィル。


「あら、それは残念ですわね。もしも、百まで数えたら、ご褒美を上げようと思っていたのに」


「ご褒美?」


「ええ、フィル様、知っていますか? お風呂上がりにきんきんに冷やした牛乳を飲む喜びを。瓶に付いている紙の蓋を取って、腰に手を当て、ごきゅごきゅ飲む。その快感はなにものにも例えようがありません」


「すごいの! 飲みたいの! イチゴ牛乳はある?」


「もちろん、コーヒー牛乳もありますよ」


 と言うとフィルは俄然やる気になる。大きな声で数を数える。


「よーん、ごー、ろーく、なーな、きゅうー」


「はちが抜けていますよ。ずるはいけません。いちから数え直しです」


「……セリカは厳しいの」


 口を曲げるが、素直にいちから数え始めるフィル。今度はずるをせずちゃんと数える。


 その微笑ましい光景を見ていたビアンカ。


 姉妹のように仲睦まじいフィルとセリカを見ているとあっという間に時間が過ぎた。


 願わくはこの時間がずうっと続きますように。

 そしてたまにでいいのでその光景を隣で見られますように。

 ビアンカはそう願いながら、フィルとセリカの戯れをいつまでも覗いていた。



 百を数え、お風呂から上がったフィルはそのまま脱衣場に向かおうとするが、そうは問屋は下ろさない。


 セリカは、がしっと捕まえると、そのままシャンプーを泡立て、フィルの頭を洗う。


 フィルはこのシャンプーというやつが苦手で、ひとりのときは極力使わないようにしていたが、さすがにセリカの前では通用しないようだ。


「長く美しい髪は女の命!」


 そう言っては憚らないセリカ。フィルの髪質を保つため、セリカはことあるごとにフィルの髪をチェックする。


「フィル様、なるべく毎日洗髪をし、魔法の風で乾燥させてください。トリートメントも忘れずに」


 フィルは辟易した顔をするが、セリカに逆らうことはない。フィルは心の底からセリカを信頼しているのだ。


 こうしていつもはしないシャンプーとトリートメントを入念にするとやっとフィルは浴場を出ることを許される。


 ひゃっほー、イチゴ牛乳だー、と脱衣場に向かうと、そこにはセリカの忠実なメイド、ルイズがいた。


 彼女はきんきんに冷えたイチゴ牛乳を差し出してくれる。フィルは蓋の取れた瓶を掴むと、腰に手を当て、ごきゅごきゅとイチゴ牛乳を飲む。


「う、旨い。殺人的な旨さ。長旅の疲れと、お風呂の熱さを一気に癒やしてくれる」


 まじでイチゴ牛乳一本のためならば、なんだってできる、そんな感じのおいしさだ。


 フィルは地下で炭鉱夫になる覚悟さえしたが、もっかのところはセリカに媚びを売るだけだった。


「ねえねえ、セリカ、今日はちゃんと百も湯船に浸かって、髪も洗ってトリートメントもしたの」


「ドライヤーがまだのようですが」


 セリカがそう言うとフィルは一瞬で温風を魔法で出し、髪を乾かせる。


 それを見ていたセリカは「ふう、仕方ないですね」と二杯目の牛乳を出してくれた。

 二杯目はコーヒー牛乳だった。甘い中にもほのかな苦みがあり、大人になったような気がする。


「これが大人の味……」


 大人の階段を上がったフィルは嬉しそうにちびちびとコーヒー牛乳を飲む。叡智の騎士ローエンが蒸留酒をちびちびと飲む姿に似ている。


 このようにフィルとビアンカは大冒険の疲れを取った。

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