格闘のトロールも一撃です
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高所からフィルたちの戦闘を見守っていたのは、トロールだった。
ゴブリンを巨大化し、手足を長くしたような化け物。それがトロール。
竜の山にもいたが、こいつは一際大きかった。
はげ上がった頭にある大口を開く。人間の言葉、セレスティア王国の公用語だった。
「化け物のような娘、なぜ、犬どもに味方する」
「犬じゃない。牙狼族だよ」
「同じようなものだ。せっかく、俺たちが側面奇襲を仕掛けてやったというのに」
「卑怯だね、お前たちは」
「かもしれないが、あの犬ころどもはお前を殺そうとしてたんだぞ。助ける道理はあるまい」
「それはちょっとした勘違い。今は和解した」
「遺恨はすぐには晴れぬ」
「それはお前たちだけ」
手足を噛まれるなど、フィルにとっては遺恨のうちにも入らない。
竜の山では多くの動物たちと友達になったが、友達になる前は何度も噛まれた。何度も食べられそうになった。
山とは、自然とはそういうものなのである。
いちいち囓られた殴ったで遺恨を残していたら生きられない世界なのだ。
トロールに説明すると、彼は大声で笑う。
「とんだ野生児だな。いいだろう、もうお前を懐柔しようとは思わない。犬ころどもと同じでとっ捕まえて『生け贄』にしてくれる」
「生け贄? なんの?」
「それは心臓を捧げられるときのお楽しみだ」
トロールの表情は加虐心に満ちていた。生まれついてのサディストという感じだった。
交渉の無益を悟ったフィルは素早く行動し、先制を加える。
トロールの懐に入り込むと、フック気味の右手をぶち込む。
ぐしゃりとめり込むフィルの拳、ゴブリンならばその一撃で頭蓋骨が砕けるはずだが、トロールはそういうわけにはいかなかった。
巨体の化け物は蚊でも払うかのように右手でフィルを払う。
ぶおん、という音が聞こえた。もしも右手が触れていれば大変なことになったかもしれない。
恐怖を感じたフィルは後方に下がると、足下に置いておいた木の幹を拾う。
「ほう、格闘戦の愚を悟ったか」
「難しいことは分からないけど、距離を取ったほうがいいと思った」
「それは正解だ。オレはユニークモンスター、その二つ名は『拳闘のトロール』だ」
そう言うとその場で巨体に似合わないステップを始め、シャドーボクシングを始める。
拳闘のトロールに相応しい行動だ。
フィルは巨木を振り回しながら距離を取る。懐には入られないように注意する。
「しかし、巨木を武器にするとは変わった娘だな」
「これは爺ちゃんに習った」
「爺ちゃんとやらはなんと言っていた?」
「でかした! と言っていた」
「……よく分からないジジイだな」
「ボクもそう思う。でも――」
「でも?」
「でも、爺ちゃんは大好き!」
フィルはそう言い放つと巨木を縦に振り下ろし、トロールの頭蓋骨を砕こうとする。
トロールはそれを両手でキャッチすると、がしりと掴む。
「ちょこざいな小娘だな」
「力持ちのトロールなの」
「小娘とほぼ同じ力というのは気に入らないが、このまま力比べをするか」
トロールはそう言い放つとものすごい力で巨木を引っ張った。
巨木で綱引きをするようだ。
ぐいっというとんでもない力に対抗するため、腰を低く落とし、巨木を引っ張る。
ふたりの力はほぼ拮抗しており、一進一退が続く。
このまま拮抗が続けば、不利になるのはフィルだった。なぜならばフィルは人間の女だから。
なにが言いたいのかと言えば、トロールには無限とも思える体力があった。このままでは先にフィルがへばってしまうだろう。それは自明の理であった。
トロールもそれを察して涼しい顔をしているのだろう。余裕を噛ましているのだろう。
フィルはなるべく早く事態を打開せねばならない。
そう思ったフィルは、残りの体力をすべて使い、一気呵成に攻めることにした。
フルパワーを解放する。
それに呼応するトロール。トロールの両腕はぼこりと筋肉が隆起する。
一方、フィルの両腕は哀れなくらい細かった。トロールのそれが大根だとすれば、フィルのそれはゴボウである。
本来、拮抗すらするはずのない筋力差であるが、フィルがトロールと戦えるのは、生まれついての魔法身体のお陰であった。フィルはその筋繊維の隅々までに魔力を送ることができるのだ。
フィルとトロールは互いに最強の力で巨木を引っ張り合う。トロールはフィルのフルパワーにさえ対応したが、対応できないものもある。
それは巨木自身だった。フィルふたり分のパワーで引っ張られた巨木に限界が訪れる。
めきめきときしみ声を上げる巨木。亀裂が入り、真っ二つに割れそうになる。いや、『割れる』どこではなく、『破壊』される、か。
限界に達した巨木は、炸裂音を上げ、木っ端微塵に吹き飛ぶ。フィルとトロールの力が交わった結果である。
しかし、ここまでふたりの力は拮抗していたが、ここからはそうはいかない。すでにフィルは全身を肺にし、呼吸していた。パワーを使いすぎたのだ。体力差が如実に表れていた。
このままでは確実にフィルはトロールに敗れ去るだろうが、そうはならなかった。
なぜならば、フィルとトロールには決定的な違いがあったからである。
たしかにトロールの体力は人間であるフィルを凌駕していた。その差は倍では済まない。だが、その代わりフィルにはトロールにはないものがあった。
それは「圧倒的な魔力」である。
フィルの魔力は大賢者ザンドルフすら超えるものがあった。たかが『二つ名付き』トロールなど相手にならない。
それを証明するかのようにフィルの身体は輝き始める。
黄金色に輝くフィル、魔力が最高潮に達している証拠だ。フィルは普段、無詠唱で魔法を放つ怪物だが、あれでも全力を出し切れていない。フィルがもっとも強くなるのは『強敵』と巡り会ったときだった。
フィルは強敵と戦えば戦うほど、自分を高める。相手に合わせ、魔力を解放していく。最後には相手を数段上回る存在となるのだ。
フィルは高まった魔力を一点に集中させる。両腕に集める。
集まった魔力はフィルも驚くほどで、大地がうなりを上げるくらいだった。これならばかつてない力を発揮できる。そう思った。
フィルは叫ぶ。
「流派ザンドルフは最強の風! 全新系列! 天破狂乱! 見よ、西方は光り輝いている!!」
フィルの言葉通り、西方は光り輝く、トロールが居る側、山は鳴動していた。
黄金色に染まったフィルの両腕は交互に動く。高速に。
無数の腕が残像を放つ。まるで百の拳が存在しているようである。
しゅばばば! フィルの百烈拳がトロールを包む。
顔、胸、腹、足、腕、文字通り全身に同時に、フィルの攻撃が向かう。
トロールはフィルの攻撃になすがままであった。反撃する余地すらない。いや、攻撃を食らっているという感覚すらないだろう。
フィルの攻撃をすべて受けたトロールは、顔面を変形させながら倒れた。
「――あべし」
と最後に言い残すとずどんと倒れる。
フィルは二つ名付きトロールに勝ったのである。いや、圧勝であった。
それを後方から観戦していた狼のキバガミ。彼は息を飲みながらフィルの活躍をこう評した。
「……すさまじい。天地が鳴動するとはこのことだ。この娘はまさしく神の子。我々、牙狼族を導く選ばれしものなのかもしれない」
その言葉は予言めいていたが、その予言は後年、成就することになる。
そしてキバガミはフィルの家来となり、彼女に導かれるのだが、今はまだその事実を知らない。
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