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ビアンカの病

 このようにフィルとビアンカによる無人島生活が始まった。


 昼はフィルが海に潜って、

「とったどー!!」

 と魚を捕ったり、山を駆け回って兎やイノシシを狩った。


 その間、ビアンカは木材や葉っぱを集め、家を建てる。雨露をしのげる簡素なものだが、ないよりはましだった。


 三日目にして家が完成すると、無人島生活は軌道に乗る。


 ビアンカとフィルはもともと野生属性の女の子。あるいは学院の小洒落た生活よりも性に合っているのかもしれない。


 ふたりとも根を上げるそぶりはない。


 もしもここにいるのが貴族の子弟ならば一日目にして根を上げ、一週間後には発狂していることだろう。


 同級生の顔を幾人か思い浮かべるが、この生活に耐えられそうな人物はいない。


 そう考えるとフィルとビアンカのペアは最高のタッグなのかもしれない。そう思ったがその考えはすぐに体外に排出する。


 ぶるんぶるん、と首を横に振る。


「いけないいけない、この子に懐柔されたくない。わたしの理想はあくまでセリカお嬢様」


 初志貫徹するためにセリカの顔を頭に思い描くが、彼女のことを考えるだけで顔がぽおっとしてしまう。


 その姿を見ていたフィルはビアンカを指さし、

「ビアンカ、顔が赤いよ」

 と言った。


 当然である。愛するお姉様のことを思えば、毛細血管も拡張する。そう彼女に伝えると、そうではない、と反論される。


「本当に顔が赤いの。具合も悪そう?」


 具合が悪い? たしかに頭はぼうっとするし、少し気分も悪いけど。

 そう思って自分の額に手を当てると、びっくりするくらい熱かった。


「……熱?」


 そう漏らすとくらりとしてしまう。

 フィルは慌ててビアンカを抱える。額に触るとやけどしそうなほど熱かった。

 ビアンカはそのまま意識を失う。


 どうやら無人島生活で病にかかってしまったようだ。栄養はたっぷり取っていたが、なれぬ気候で風土病にかかってしまったのかもしれない。


 一刻でも早く熱を冷ますため、フィルは魔法で氷を召喚し、氷嚢(ひようのう)を作る。


 葉っぱで氷を包んだ簡易の氷嚢はあっという間に溶けるが、それでもなにもやらないよりはましだった。


 フィルはビアンカの瞳孔を観察し、脈拍を調べる、これは爺ちゃんに習った方法だ。大賢者ザンドルフは名医でもあったのだ。


 その弟子であるフィルの見立てでは、三日以内に熱を冷まさないとやばそうであった。


「でも、どうしよう……。ここにはお医者もいなければ薬もないの……」


 教会に所属する神官もいない。つまりこのままだとビアンカは死んでしまうということだった。


 それだけは厭である、と首を振るフィル。なんとかしなければ、とキョロキョロ当たりを見回すが、自然と島の中央に目が行く。


 一際高い山、が視界に広がる。


「もしかしたらあそこに行けばなにか見つかるかも……」


 かなり標高の高そうな山である。フィルの住んでいた竜の山と同じくらい高い。

 同じくらいの高さならば分布する植物も同じかもしれない。

 同じ植物があるならば、解熱剤となる薬草もあるかも。

 そんな淡い期待を抱いたフィルは決意する。


「あの山に登る! そこで薬草を見つけてビアンカを助けるの!」


 フィルの瞳にはたしかな決意が宿るが、同時にセリカの言葉も思い出す。


「――フィル様。フィル様のおもむかれる無人島は魔物の類いはいません。ですが、それは海岸部だけ。島の中央にある山には決して登らないでくださいね」


 それはつまり山には凶悪な怪物がいるということだろうが、今のフィルには登らないという選択肢はない。


 『友達』になったビアンカを見捨てるなどという選択肢はなかった。


 フィルは魔法で使い魔を召喚すると簡単な命令を与える。魔法で作った大きな氷を定期的に削り、氷嚢を作れという命令だ。


 カラスの使い魔はうなずくとくちばしで器用に氷嚢を作る。それを確認したフィルは先日作った保存食をリュックサックに入れ、危険な山へと向かった。



 フィルは慣れた足取りで山を登る。


 フィルの故郷は竜の山と呼ばれる険路、この程度の山ならば裏庭と変わらなかった。


 しかし、それでも意外と疲れてしまうのは都会暮らしに慣れてしまったのと、この山が特殊だからだろう。この島は小さいのに高さは竜の山と大差ない。つまりそれだけ急勾配ということだ。頂上付近は垂直に近いのではなかろうか。


 そのような山道をひたすら歩く。

 フィルが目指すのは山の中腹、その辺に目指す薬草がありそうだった。

 フィルの探す薬草は竜髭草と呼ばれる植物で、強烈な解熱作用がある草だった。それを煎じて飲ませればビアンカも助かるはず、と山の中腹を目指す。

 フィルがいそいそと登ると、途中、出会いたくない連中に出くわす。


 灰色狼だ。


 灰色狼などフィルの山には掃いて捨てるほどいるが、この山の狼とは親交がない。


言葉を交わすことはできないだろう。仲良くなることも。つまり、戦闘になるということだ。


 一応、説得をこころみるが、お腹を空かせた狼に言葉など通じなかった。


「がるる」


 と牙をむく。

 人間の言葉に翻訳すれば、「オマエマルカジリ」だろうか。

 それは分かったので無駄なことはせず、戦闘モードに入る。

 フィルは荷物を置くと狼たちを睨み付ける。


 狼と戦うのは久しぶりであった。フィルは犬科目の動物が好きだったので彼らを傷つけるのは本意ではない。なるべく彼らを傷つけないように戦うつもりだった。

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