うさぎ狩り
ビアンカ・セイラムはセレスティア王国の東南にある獣人の森出身である。獣人族は狩猟民族で森に根ざした暮らしをしていた。
なのでサバイバルなどお茶の子さいさいである――、と高をくくっていたが、王立学院に入学して数年、すでにビアンカの野性は失われていた。
火を起こしたり、簡易の家を組むのはできたが、肝心の狩りを忘れてしまった。
目の前を通り抜けた野ウサギすら逃がす始末。一族のものに見せる顔がない。
自分に呆れていると、フィルが宣言する。
「ビアンカ、狩りは僕に任せて。この前まで山に住んでいたの」
フィルはそう言い放つと、逃がした兎に飛びかかる。まるで四本足の獣のようにしゅばっと兎に襲いかかると、三十秒後にはその口に兎をくわえてやってくる。
兎はジタバタとしている。
「……その兎を殺すの?」
「うん、食べるためだからね」
平然と言うフィル。無論、ビアンカとて殺すつもりで狙っていたが。しかし、フィルのような清らかな女の子が獣を殺す姿は似合わないような気がした。
ビアンカが兎を取り上げると、ビアンカがぽきりと首を折り、仕留める。
「……解体もわたしがやる。フィルは火を起こして、鍋に水を汲んで沸かして。あと、サラダとなるようなものを森から取ってきて」
「わかった!」
元気よく同意するとフィルは森に向かった。
このように素直で元気な娘は、王立学院に入ってから初めて出会った。セイラムの森に住んでいた頃を思い起こさせる。
フィルはどこか獣人の女の子のようであった。
ビアンカが腑分けを終えた頃、フィルは両手で抱えきれないキノコと野草を持ってきた。その手際の良さに驚く。
フィルはえへんと胸を張る。ささやかな胸を。
「ボク、竜の山というところで爺ちゃんと一緒に暮らしていたの。キノコや野草を取るのはボクの当番」
「へえ、意外、街暮らしの子だと思っていた」
「都会的なハイセンスは隠せない!?」
「違う。見た目が綺麗だったから。なんか王女様みたい」
「よく言われる」
「自分で言う?」
「でも、真実だから」
フィルはそう言ったあとにセリカの言葉を思い出す。フィルが王女であることは内密だった。
フィルは慌てて言葉を取り消そうとするが、ビアンカは信じた様子もなかった。
「あなたが王女様ならばわたしは獣人族の女王よ」
冗談を冗談で返すとそのままキノコや野草を受け取り、料理を始める。
キノコはバターでソテーし付け合わせに、野草は酢と絡めてサラダにする。
「おお、魔法みたい」
料理が得意ではないフィルにとって、料理が旨い人は尊敬の対象だった。
「森ではわたしがご飯を作っていた。学院にきてからめっきり作らなくなったけど」
「学院だと毎日ご飯が出るからね」
朝晩は基本的に寮でご飯が出る。昼は学院にある食堂で食べられる。学院にいればなにもせずに美味しいご飯がたらふく食べられる。
森や山で自給自足の生活をしていたフィルたちには驚きの世界だった。
「さて、この無人島ではわたしが調理、あなたが食材集め、と役割分担したほうがいいみたいだけど、ひとつだけ問題が」
「なに?」
「わたしは毒キノコの見分け方を知らない」
「おお、奇遇。ボクも爺ちゃんにやってもらってた」
「…………」
黙りこくるビアンカ。
「まあ、なるようにしかならないか。この毒々しいのは捨ててあとは実際に食べて確認するしかない」
「おお、男らしい」
フィルが賞賛するとビアンカはまずは自分からキノコをぱくりと食べる。
じいっと見るフィル。三十分は待てと制止するが、フィルが目の前に食べ物を置かれて黙って見ているわけがなかった。毒味が終わる前に食べてしまう。
これでは自分が先に食べた意味はないではないか、そう思ったが、フィルは気にした様子もなく、美味しそうにキノコを食べていた。
その姿を見て改めて思う。
(……こういう屈託のない純真なところをお姉様は気に入ったのだろう……。自分にはない長所だ)
彼女の天使のような容姿と性格の所有者は愛されてしかるべきだった。
ビアンカのようにひねくれた性格を持つ獣人の娘は遠ざけられて当然だと思った。
彼女といると自分の劣等感が刺激されて仕方なかったが、そこまで厭な気持ちはしなかった。劣等感以外の感情も抱くからだ。
その感情の名前は分からないが、それが彼女に対する好意に繋がっていることだけは自覚した。




