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ロック鳥も一撃です

 無事、山を降りる。

 ゴブリンやオークの襲撃は一切なかった。


 なんでもフィルの恐ろしさは山に響き渡っており、ゴブリンなどは出会せば、土下座をして道を譲ってくれるらしい。


 一度、見てみたい光景であるが、それは叶わない。

 なぜならばすでに下山してしまったからだ。

 フィルたち一行は厄介な魔物に襲われることなく、下山に成功した。

 これもフィルの武威のおかげであるが、その威光もここまで。

 山を降りてしまえば、彼女は大賢者の孫娘ではなく、ただの少女である。

 それもスカートに不慣れな野生児だった。

 魔物はもちろん、人間たちも気を遣う必要はない。いつでも襲撃できた。

 もっとも、このセレスティア王国の治安は悪くない。


 盗賊のたぐいはそんなにいないし、街道沿いを歩けば魔物に出会すことなどなかった。


 街道の宿場町には護民官が駐在しているし、そうそう荒事には巻き込まれない。


 よほど運が悪くなければなにごともなく、はじめの宿場町まで到着し、そこで馬車を手配し、王都へ帰れるはずだった。


 そう、運が悪くなければ、の話であるが。


 トラブルというやつは、起こるまい、起こるまいと思っていれば思っているほど起こるもので、セリカたちは見事にその法則に巻き込まれた。


 見れば目の前にはイノシシの死体があった。

 なにか巨大なかぎ爪に腹を切り裂かれたような死体だ。


 それは先ほど、空から落ちてきた。たぶんであるが、上空からなにものかが落としたのだろう。そしてそのなにものかはその死体を回収するため、地上に降り立った。


 最初は小さな影だったが、やがてその影は大きくなり、地上をおおう。

 平原に生える草がざわめく。

 そしてセリカとフィルのスカートが舞うと、そのものは姿を表した。

 そのものとは巨大な鳥だった。


 叡智の騎士ローエンは、腰から剣を抜き、背中から盾を取ると、

「ロック鳥!」

 と叫んだ。


 ロック鳥とはこの辺りに住む巨大な鳥の名だ。その大きさはドラゴンと見間違えんばかりである。怪鳥の異名に相応しい大きさだった。


 ローエンとセリカは慌てて戦闘態勢に入るが、フィルは落ち着いたものであった。


「ふぁーあ」


 と。あくびをしている。

 さすがに注意する。


「フィル様、あなたはドラゴンさえ倒す賢者。しかし、ロック鳥を侮ってはいけません。この鳥は捕食者、油断できない」


「え? この鳥って敵なの?」


「あの死体を見たでしょう。こいつは肉食です」


「ああ、ほんとだ。イノシシの肉だ」


 うまそう、と、じゅるりとよだれをたらす。

 いや、そういうことではないでしょう、と、たしなめる。


「でも、この子、鳥だよ? 鳥は草食が多いけど」


「山にも猛禽類はいますでしょう。こいつは猛禽です。退治しなければ」


「なるほど、ボクがやろうか?」


「いえ、ここはわたくしたちが。未来のお姫様になにかあれば悔いても悔いきれません」


「よくわからないけど、分かった」


 と、うなずくとフィルはその場に座り込む。あぐらをかくのは感心しないが、まあ、大人しくしてくれるだけありがたい。


 そう思いながらセリカは呪文を詠唱した。


「わ、呪文だ」


 フィルは他人が呪文を詠唱するのを初めて見たかもしれない。


 爺ちゃんは無詠唱で禁呪魔法をぶっ放すし、フィル自身もここ最近、呪文を詠唱した記憶がない。そういえば魔法というのは詠唱するものだと改めて思い出した。



「風の精霊よ、幾重にも重なり、敵を傷つけよ!」



 セリカが古代魔法言語でそう詠唱すると、なにもない空間がざわめき、一迅の風が発生する。それは風の刃となって巨大な鳥に襲いかかる。


 風の刃はたしかにロック鳥をとらえ、その身体を傷つけたが、セリカが放った風はあまりにも小さすぎた。いや、ロック鳥の身体は大きすぎた。


 セリカの魔法は強力であったが、相手が悪すぎたのである。

 中途半端に傷つけられたロック鳥は怒り狂いながら反撃にでた。

 そのくちばしでセリカを攻撃してきたのだ。


 その一撃は叡智の騎士ローエンの盾によって防がれるが、ローエンの足は土にめり込むほどであった。それほどの質量を秘めているのだろう。


 このままではこのふたりは負けるかも。

 そう思ったフィルは、自分も戦うことにした。


 セリカは戦うなというが、このふたりになにかあったら大変なのはフィル。

 まだ山を降りてからなにも進展していない。


 もしもこのままふたりが敗れれば、田舎者の自分が平原に放り出されるだけだった。


 それにこのふたりはいい人。見殺しにはできない。爺ちゃんの次に好きな人たちだった。


 そう思ったフィルは魔法を唱える。

 戦うな、とは言われたが、精霊に助けを借りるな、とは言われていない。

 フィルは呪文を詠唱すると、精霊の王様に力を借りることにした。

 魔法ならば詠唱はいらないが、さすがに精霊王を呼び出すのには詠唱がいるのだ。



「風舞う、砂塵の王よガルーダよ。今こそ我に力を貸せ! 風の刃で相手を切り裂け!」



 フィルが詠唱を終えると、風はどこからともなく吹き、どこからか、

「承知……」

 という声が聞こえた。


 その声の主は時空を切り裂くように現れる。


 鳥の頭を持った人型の獣人。全身を羽に包まれた鳥の王は、口から風を吐き出すと、それが砂の嵐となり、ロック鳥を切り裂く。


 風の支配者と大空の支配者の戦いが始まったが、戦いは一方的となった。



「……ききぃ!」



 ロック鳥はうめき声をあげるとあっという間に劣勢となる。

 それを見て騎士ローエンは言う。


「……これは精霊王。まさかこのようなところで見かけるとは」


 セリカは驚愕している。


「この精霊王はフィル様が召喚したというの? 魔法と精霊はまったく違う体系だというのに、この若さでどちらも使いこなすというの!?」


 さすがは大賢者の孫娘。

 驚くというよりもはや呆れていた。

 そんなふうに思われているとはつゆ知らず、精霊王に命令を下すフィル。


 一応、ロック鳥に恨みはないので、命までは奪わないように指示するが、ロック鳥はなかなか引いてくれない。


 これは面倒だな、と思ったのでロック鳥をびびらせることにする。

 フィルは近くにあった岩を持ち上げると、それをロック鳥の前に投げ落とす。

 その大きさは5メートルほどはあろうか。巨石と言ってもいい。


 そのあまりの怪力に恐れをなしたのだろうか、ロック鳥はようやく引いてくれた。

 翼をはためかせ、上空に消える。


 びびっているのだろう、落としたイノシシは回収されなかった。


 それを見たフィルは、ラッキー、と、ばかりに荷物から短剣を取り出し、内臓をかき分ける。イノシシは旨いのだ。少なくともロック鳥よりは。


 フィルはドレスが血で汚れることもいとわず解体を始めるが、セリカは黙って見ているしかなかった。


 命を救われたのはたしかであるし、イノシシを解体するのは悪いことではない。

 ただ、お嬢様っぽくないし、お姫様からはほど遠いのもたしかだ。

 いつか説得してやめさせることにするが、それは今日ではない。


 セリカは騎士ローエンに解体の手伝いを命じると、せめてドレスが汚れないように外套をはおるようにフィルに勧めた。


 フィルは黙って従うと、笑みを浮かべる。

 その笑みは美しかったが、鼻筋に血がついているのはマイナスだろうか。

 もっとも、特上の美少女だったので、そんな欠点は些細なことでしかなかったが。

 こうしてセリカたちは無事(?)山を下りることに成功した。

 得た物はイノシシの肉と、フィルという少女の圧倒的強さの再確認だった。

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