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獣人の少女

 敬愛するセリカに手招きをされたビアンカ。彼女は、かあっと顔を真っ赤にさせる。


 まさかこんな場所でセリカに呼ばれるとは思っていなかったようだ。

 ビアンカは逃げ出したい気持ちに駆られたが、勇気を振り絞る。

 今、ここで逃げ出せば、一生後悔すると思ったのだ。


 ビアンカは深呼吸し、呼吸を落ち着けると、店員に席を移る旨を伝える。店員はこころよく了承する。


 ビアンカは重い足取りを叱咤しながらセリカたちが座る席におもむいたが、そこでフィルが自分の隣の席をパンパンしていることに気がつく。


 ここに座れ、と言うことだろうか。


 その笑顔は純粋で思わず指示に従ってしまいそうになったが、ここで彼女を受け入れてしまったら負けになる。そう思ったビアンカはシエラの横に座った。


 セリカの横にしなかったのは恐れ多いと思ったのだ。


 変なところで遠慮のある少女だ、ビアンカを観察していたシエラはそう漏らすが、その慎みは嫌いではなかった。


 ビアンカが席に着くと、不思議な沈黙が流れる。


 当然か。ビアンカはフィルたちをストーキングしていたのだ。普通、ストーカーとは会話が弾まないものである。


「…………」


 重い沈黙が続く中、それを打ち破ったのはセリカだった。

 彼女はコホンと咳払いした上でこう言った。


「……ビアンカさん、ビアンカさんがフィル様に思うところがある、というのはシエラさんからうかがっています。しかし、この狭い学院内で人を恨んでもなにも始まりません。良ければですが、お友達になってくれませんか? わたくしとフィルさんと」


 あたしも入れて、とシエラは茶化すが、ビアンカはつられて笑うことはなかった。


「……セリカお姉様の頼みでもそれはできかねます。わたしはわたしからセリカお姉様を奪ったこの娘が憎い」


「奪ったなんてとんでもない。フィル様はわたくしの心のよすがです」


「…………」


 それが許せないのです、と心の中で反論する。ビアンカは自分の考えを言葉にするのが苦手だった。


 再び沈黙が続いたのでセリカは話題を変える。


「それにしてもビアンカ、なぜ、わたくしのような至らない人間を好きになったの?」


「至らない人間だなんてとんでもない」


 今度は大きな声で言えた。本心だったからだ。


「……お姉様はわたしみたいな人間にも優しくしてくれました。獣人のハーフのわたしも人間扱いしてくれた」


 獣人? とシエラが首をひねるとビアンカの髪が揺れる。彼女の髪がぴくりと持ち上がり、獣の耳が立ち上がる。


 ビアンカは申し訳なさそうに言う。


「普段はこうやって隠してる。ばれたら虐められるから」


「どうして虐められるの?」


 フィルが不思議そうに尋ねる。

 シエラが解説する。


「この国では獣人たちはあまりよく思われていない。粗野で品がないと思われてる。もちろん、事実ではないんだけど」


「わたしは獣人なのに魔法の才能があった。だから村の人たちがお金を出し合って学院に通わせてくれた。森に長い間住んでいたのであまり街の常識がなかった。そういう子は虐められやすい……」


 シエラは苦味に満ちた言葉を漏らす。


「獣人なのに学院に通っている、獣人なのに魔法使いを目指している。生意気だ、ってわけね」


 こくりとうなずくビアンカ。悲壮感に満ちていたが「でも」と続けると彼女の顔は少し明るくなる。


「そんな中、わたしに声をかけてくれる人がいた。孤立するわたしに積極的に声をかけ、ふたり組でしなければいけない魔術の特訓でペアを組んでくれた」


「それがセリカなのか」


 フィルが結ぶ。

 こくん、とうなずくビアンカ。


 セリカは少し居たたまれない顔をしている。そんなだいそれたことではないと思っているからだ。それに彼女の顔は覚えていても名前を覚えていなかったことが申し訳なかった。


 それを察したビアンカは両手を振りながら言った。


「わたしごときの顔を覚えてもらっただけで僥倖です。お姉様にそれ以上のことなど望みません」


 ビアンカは恐縮しながら言うが、そんな彼女に直球で訪ねたのはシエラだった。


「ビアンカ、あなたのセリカさんを思う気持ちは分かった。でも正直に言うとセリカさんはそれを迷惑に思っている。正確にいうと妹分のフィルさんを憎まれるのは困る」


「……」


 沈黙で答えるビアンカ。自分がいけないことをしているのは分かっているのだろう。


 彼女は蚊の泣くような声で言った。


「……もうお姉様に迷惑はかけません」


 断言すると、彼女は目の前に置かれたナイフを取り、それを自分の喉元に当てぷるぷると身体を震わせながら死んでお詫びします、と言った。


 死なれては叶わないと周囲のものは止めようとするが、近寄ったら本当に首を切りそうだったので安易に近づけない。


 事態は膠着し、長期戦になりそうだった。


 セリカとシエラとしてはいつまでも説得する気持ちがあるのだが、店はそうではない。


 トラブルを嫌がった店が学院の衛兵に連絡を取るということは十分あり得た。

 そうなったらビアンカは退学になってしまうかもしれない。

 そう思ったセリカはフィルに耳打ちする。


 セリカの秘策を聞いたフィルは「うん」と、うなずくと己の身体に魔力を循環させる。


 セリカの秘策とはフィルの超絶身体能力でビアンカに手刀を加えるという単純なものだった。単純ではあるがその分効果てきめんのはず。フィルのスピードは音を置き去りにするほどだった。


 フィルは超スピードでビアンカのもとまで行くと素早く手刀を加える。手首にであるが、最小限の力で。


 それでビアンカから短剣を落とすことに成功するが、事件は終わらない。ナイフで自殺が無理と悟ると、今度はフォークを掴もうとする。


 このままではらちが明かない。そう思ったセリカはフィルに小声でささやく。


「フィル様、ビアンカには少し眠ってもらいましょう」


「了解」


 と口にしたフィルは素早くビアンカの後ろに回り込むと、首に手刀を入れた。

 最低限の力であるが、手刀を入れられたビアンカはすぐに気を失った。


 フィルはビアンカを抱きしめるが、さて、このあとどうするべきか、セリカと目配せするが、賢いセリカも容易に答えは持っていないようだ。


 しかし、シエラは違った。彼女はセリカとフィルに秘策を授ける。

 その策はとても大胆にして奇抜であったが、セリカは悪くないと思った。

 盲目的になっている少女の目を覚ますには丁度いいと思った。

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