びっくりするほどポタホンタス
王立学院には千人近い学生と職員がいる。その規模はちょっとした街ほどであるゆえ、施設も充実していた。
ビュッフェ式の食堂、レストラン形式の食堂、喫茶店も数店ある。
学生は自由に通うことが許されたが、セリカとフィルはその中でも『黄金の夜明け』という喫茶店がお気に入りだった。
紅茶やハーブティを各種取りそろえ、ケーキや軽食も美味しいからだ。
特別な日や打ち合わせなどに利用していたが、今日はシエラと三人で入店。店員にいつもの窓際の席に案内される。
フィルはメニューを見ることなく、
「いつもの!」
と元気よく注文した。
いつものとは通称フィルスペシャルと呼ばれるもので、パンを一斤使ったハニートーストとミルクティーのセットである。
軽食どころか重食であるが、この店の店主はフィルの底なしの食欲を知っていたので、特別メニューとして用意してくれた。
フィルはシエラも食べる? と尋ねるが、シエラはもちろん、断る。彼女はその見た目通り、小食なのだ。
小食といえばセリカも同じで、あまり間食することはない。今日もいつものようにコーヒーを一杯注文する。今日は気分を変えてウィンナー・コーヒーにする。
「ウィンナー!!」
と聞いたフィルは興味を抱くが、ウィンナー・コーヒーのウィンナーとは豚の腸詰めではないことを告げるとがっかりする。
「ならなんの腸詰めなの?」
と返してくるが、はて、そう問われると困る。
代わりに説明してくれたのはシエラだった。
彼女は眼鏡をくいっとさせると教えてくれる。
「ウィンナーとはソーセージの小さいのではなく、ウィーンという都市が語源の言葉。ウィーン風という意味」
「なるほど、でも聞いたことないの」
「でしょうね。その都市はこの世界にはないらしいから」
なんでも異世界からやってきた調理人が広めたらしいが、詳しいことは分からないとのこと。
この世界には希に異世界からの旅人がきて、色々な技術や文化を伝授してくれるのだ。
そんな話をしていると三人の注文した飲み物がやってくる。
シエラはオレンジジュースを頼んだようだ。彼女はそれに口を付けると話を切り出した。
「このまま異世界トークやガールズトークに花を咲かせても良いけど、セリカさんたちは早く解決策を知りたいよね?」
「はい、できれば……」
セリカは店の入り口を見る。先ほどからフィルを見張っている少女、ビアンカが変装をし、お茶を飲んでいた。
「あれでばれないと思っているところが怖いです」
セリカは率直な感想を述べるが、シエラもそれには同意だったようでうなずきながら言う。
「このままだとフィルさんが後ろから刺される可能性もあるからね。早く目覚めてもらって、ストーカーをやめさせないと」
「しかし、そんなことが可能でしょうか?」
「難しいけど不可能ではない。さて、セリカさん、ここでいきなり立ち上がって、『びっくりするほどポタホンタス!!』って叫べる?」
その意味不明な台詞にセリカは困惑する。頭にクエスチョンマークを3個ほど立てる。
「いや、敬愛するお姉様であるセリカさんが急に奇行を働けば百年の恋も冷めるというものでしょう。セリカさんを嫌いになれば自然とフィルさんへの憎悪も消えるはず」
「おお、シエラは頭がいいの!」
フィルは同意するが、セリカはかぶりを振る。
「いやです。わたくしは道化師ではありません。侯爵家の娘。できることとできないことがあります」
「そりゃ、そうか、ま、半分冗談だから無理強いはしない」
とシエラは言うが、フィルはもったいない、と自分が代わりにやることを告げる。
フィルは周囲が止めるにもかかわらず勢いよく立ち上がると、
「びっくりするほどポタホンタス!!」
と叫んだ。
可憐な声が店内に響き渡る。ウェイトレスはなにごとか、と見ているが、フィルだと気がつくと「さもありなん」という顔をして仕事に戻った。どうやら変な子として認知されているようだ。
一方、肝心のビアンカはというと開いた口が開かない、といった表情でフィルを見つめていた。百年も恋も冷める奇行だが、残念ながら彼女が恋をしているのはフィルでなく、セリカだった。効果なしというか、逆効果だったかもしれない。
「こんな変な子にお姉様は渡せない……」
と決意を新たにしている。
フィルは「てへへ」と頭をかき、失敗した、と詫びを入れる。
シエラはフォローを入れる。
「……ま、色々な手は試してみるべきでしょう。しかし、セリカさんがビアンカに嫌われる、という方針は悪くないはず」
「びっくりするほどポタホンテス以外の策でお願いします」
「ポタホンタスだよ」
訂正するフィル。
「そうだね。さすがに白百合の君を道化にはできない。となるともっと情報が欲しいな」
うーん、と唸るシエラ。それを見ていたフィルは「はい!」と宣言する。
「要はビアンカがセリカのどこを好きになったか分かればいんだよね?」
「そうだね。そうすれば嫌われる方策も分かるかも」
「なら簡単。ボクが今から聞いてくる」
その言葉にふたりは「え?」という顔をする。
「聞いてくるって、まさかビアンカ本人に――」
シエラがすべてを発する前にフィルは立ち上がり、入り口付近の席に向かう。
フィルはそこでメニュー越しにこちらを見ていたビアンカに尋ねた。
「ねえねえ、ビアンカ。ビアンカはセリカのどこが好きなの?」
その言葉を聞いたビアンカは目を丸くしながらフィルを見上げる。
あまりのことに言葉を失っているようだが、意外にも彼女はそれに応えてくれた。
「……すべて」
か細い声だったのは怯えているということもあるが、元々、彼女は気が弱かった。あまり大きな言葉を出せないのだ。
フィルはビアンカから情報を引き出すと、すたすたと戻ってくる。
セリカたちに報告する。
「全部だって! ボクと一緒だね」
にひひ、と笑うフィル。その笑顔は屈託がなく、見るものすべてを虜にする。
敵対していたビアンカもその笑顔に見とれるくらいだった。
しかしフィルの行動は天衣無縫すぎる、シエラはため息を漏らすが、セリカはまんざらでもなかった。
「フィル様らしいです」
と微笑む。フィルの天真爛漫さを改めて確認したセリカはこう漏らす。
「――小賢しい真似はやめましょう。ビアンカさんと直接話し合って、友達になりましょう。それが一番です」
そう結論を結んだセリカはビアンカを手招きすると、自分たちのテーブルに呼んだ。




