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視線を感じる

 こうしてフィルとセリカは同じ教室で学ぶことになったが、それ以外は特に変化はない。


 セリカは王都に自宅があるのでそこから通うので寮には入らない。


 フィルもセリカも部活動はやらないので、授業のあとはお茶をしたり、本を読んだりして過ごした。


 それらはセリカが魔法科に通っていた頃からしていたことなので、本当にクラスメイトになった以外の変化はなかった。


 しかし、ひとつだけ変わったことがあるとすれば、それは最近、よく視線を感じることになったことだろうか。


 入学した当時から変わり者で通っていたフィル。自然と注目されることが多かったが、今、フィルに向けられている視線は注目とは違った視線だった。


 明らかに敵意があるというか、悪意を感じさせる視線だった。

 そのことをセリカに相談すると、彼女は表情を青くする。


「まさか、ロッテンマイヤー家の刺客? フィル様の正体に感づいた?」


 と慌てるが、それは勘違いだと伝える。


「どのような勘違いなのですか」


「うんとね――」


 と説明する。

 フィルが最近感じる視線はたしかに悪意が籠もっていたが、殺意までは感じない。

 ただフィルのことが憎い視線だった。


「刺客ではないということですね。この学院の生徒ですか?」


 こくりとうなずく。


「ならば余計におかしい。フィル様は愛されるようなことはあっても憎まれるようなことはないはず……」


 セリカが首をひねっていると、ふたりの会話を立ち聞きしたクラスメイトのシエラが割り込んでくる。


「甘い。ショートケーキに練乳を塗りたくるくらい甘い」


 シエラの眼鏡が怪しく光る。


「シエラだ」


 フィルが彼女の名を呼ぶと「どうも」と会釈する。

 彼女の名はシエラ、礼節科初等部の生徒にして、王立学院新聞の記者。


 彼女は学院中のゴシップを知悉しており、主要生徒の人間関係すべてを把握しているとも言われていた。


 そんな歩くデータベースのシエラが解説してくれる。


「最近、物陰からフィルさんを睨み付ける存在にはあたしも気が付いていた。なぜならばあたしも隠れてフィルさんを観察していたから」


 とんでもないことを言うが、悪びれる様子がないので逆に清々しい。


「フィルさんの記事を書くと学内新聞が売り切れるからね。だから張っているんだけど、あたしと同じようにフィルさんを観察する生徒がいる」


「その方の名はなんというのです?」


 セリカが尋ねる。


「名前はビアンカ・セイラム」


「女の子ですよね」


「うん、ショートヘアーだけど男の娘ではない」


「礼節科の生徒ですか」


「うんにゃ、魔法科だよ、それも中等部」


「まあ、わたくしは知りませんが」


 転校生でしょうか、さらりと言うセリカにシエラは苦笑する。


「その他者は眼中にないというか、興味のない様が恨みを買う一因だよね。まあ、今回はその恨みがフィルさんに向かったわけだけど」


「どういう意味でしょうか?」


 困惑するセリカ。


「フィルさんを物陰から見つめる女生徒、ビアンカはセリカさんにぞっこんなの。セリカLOVE、セリカさんのためならば死ねるくらい愛しているみたい。だから、そのセリカさんが転科までして可愛がっているフィルさんに恨みを抱いているのでしょう」


「なんとそのようないきさつが」


 セリカは心を痛めたようだ。フィルに対してだけではなく、そこまで追い込んでしまったビアンカに対しても。その優しさが皆から好かれる理由なのだろうが、今回ばかりはそれを封印するように諭される。


「今回はセリカさんが優しすぎるからこんな事態になったのだから、これ以上優しい言葉は掛けないほうがいいでしょう」


「……そうでしょうか」


「そうだよ。たぶんだけど、ビアンカって子もセリカさんがなにげなく優しくしたことを切っ掛けに好きになったんでしょう」


「まったく覚えていませんが」


「まあ、セリカさんにとっては普通でも人にとっては大事な思い出ってこともあるから。例えばハンカチを拾って渡しただけで恋に落ちることもあるさね」


 夕暮れに染まる校舎、水飲み場で手を洗っていると口に挟んでいたハンカチを思わず落としてしまう。それを拾ってくれたのは学院一の美少女。あなた、ハンカチを落としましてよ、とささやかれるだけで恋に落ちることもある。多感な十代の少女ならばあり得る、とシエラは説明する。


 恋に落ちたことがないセリカとフィルには分からない論法だが、シエラは「恋愛小説でも読みなさい」と諭してくる。


 こと恋に関しては彼女は先達のようなので、彼女の見解に同意するが、さて、問題なのはどう対処するか、である。


 できれば傷つけずにセリカに対する思いを断ち切り、フィルに対する敵意を収めてほしいが。 そのように持って行くにはどうすればいいか、セリカは悩むが、相談相手としてフィルは相応しくないような気がした。なにせフィルは常識知らずなのだ。こと恋愛に関しては「いろは」の「い」の字も知らないこと必定であった。


 このままセリカが困っていれば、直接、ビアンカと談判して、

「ストーカーはやめて!」

 と言い出しかねない。そんなことを言えば彼女は酷く傷付くだろう。


 そう思ったセリカはシエラに力を借りることにしたが、彼女はにやりと笑う。


「もちろん、セリカさんに力を貸すのはやぶさかではないけど――」


 シエラはただではできない、と続ける。


 お金が欲しいと勘違いしたフィルは、がま口を出すがシエラはそれを止める。


「あたしは新聞部のエース。お金では動かない」


 ならばなんで動くのだろう、と思っていると彼女は言った。


「来週の学院新聞でセリカさんとフィルさんのグラビアを載せたい。スクール水着でいいから、うんや、スクール水着がいいから、撮影させて」


「……グラビア」


 困惑するセリカだが、フィルはふたつ返事でいいよ、と言う。

 どうやらグラビアの意味が分かっていないようだ。


 セリカは吐息を漏らすが、写真を一枚撮らせるだけで面倒ごとが解決するのならば安いものである。そう思うようにしてシエラと取引を成立させた。


 彼女は「やりぃ♪」と軽くガッツポーズをした。そんな少女から秘策を聞き出すため、セリカは彼女を学院内にある喫茶店に誘った。

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