表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/172

せきがえ!

 セリカが礼節科初等部の教室に入るとざわめきに包まれる。彼女が転科してくることは礼節科でも話題になっていたのだ。


 礼節科の生徒たちは口々に彼女の美点を褒め称える。


「綺麗な金髪。まるで黄金を溶かして紡いだよう」


「すでに淑女の風格がありますわ。見習いたい」


「セリカ様の髪留め素敵。どこで売っているのかしら」


 クラスメイトたちは口々に感想を述べるが、フィルには当たり前のことだったので感動はない。それよりもセリカがどの席に座るかのほうが興味があった。


 幸いなことにフィルの隣は空いているから、そこに座るのかな、と勝手に思っていたが、その淡い期待は打ち破られる。


 ミス・オクモニックは己のあごに人差し指を添えながらこんな提案をする。


「ふたりも仲間が増えたので、そろそろ席替えしますか」


 ふたりとは先日入学したフィルも含めてのことであるが、まったく、余計な配慮である。


「せっかく、セリカの隣になれると思ったのに」


 と不平を漏らす。


「これじゃあ、テストの時に答案を見せてもらえない」


 と嘆くと、席替えまでの仮の席としてフィルの隣に座っていたセリカに怒られる。


「フィル様、それはカンニングと言ってとても悪い行為なのですよ」


 めっ、なのです、とフィルを叱りつけるセリカ。


「おー、それが噂のカンニングなのか」


 と納得するが、それよりもフィルはセリカに聞きたいことがあった。


「ねーねー、セリカ。ボク、セリカの隣に座りたい」


「今、座っているではないですか」


「席替えのあとも一緒に座りたい」


「それは神が決めることですから」


 セリカは教壇を指さす。そこにはくじ引きの箱を用意するミス・オクモニックの姿があった。


「席はくじ引きによって決まります。もしも神がわたくしをフィル様を隣にしたいのならば、そうしてくださるでしょう」


 けせらせら、と修道女のように達観しているセリカ。彼女は礼節科に転科できただけで満足しているようだ。


 しかし、フィルはさにあらず。同じ教室だけでなく、隣の席で遊びたい……、いや、学びたいと思っていた。


 そこでフィルは考える。珍しく策謀を巡らす。

 教壇の上の箱を見ると考察する。


(うーん、要はあの箱の中に入っているくじの連番を引けばいいんだよね?)


 すでに前の席のクラスメイトたちはくじを引き一喜一憂していた。


(なら《念力》の魔法で連番を確保しておけばいいのか)

 

 悪知恵を思いついたフィルはそれを実行する。ちなみにくじ引きの箱にはミス・オクモニックの《対抗魔法》が掛けられていたが、そんなものフィルの前では無力だった。


 学院の教師すらもしのぐ最強魔力で念力を箱の中に偲ばせると、『は』『ひ』と書かれた紙を確保する。


 これで安心なの、とリラックスするフィル。あとは箱の中に手を入れたときにそれを引けばいいのである。


 我ながら天才というか、爺ちゃんありがとうである。念力の魔法を教えてくれた爺ちゃんに感謝していると、フィルの名前が呼ばれる。どうやら順番が回ってきたようだ。


 フィルは小説に出てくる悪者のような笑みを浮かべながら箱の中に手を伸ばす。


 当然、そこには先ほど念力で確保した『は』のくじがあるはずであった。フィルはそれを掴み、ミス・オクモニックに見せようとするがそれはできなかった。



 なぜならば箱の中にくじが一枚も入っていなかったからである。


「どして?」


 と首をひねるフィル。箱をぶんぶん振ったり、逆さにするが一枚も出てこない。

 しばらく悩んでいると、セリカがため息をつきながら教えてくれる。


「フィル様。魔法で悪戯しましたね……」


「ばれてる……」


 ばつが悪そうに言うが、セリカはそんなに怒っていなかった。


「フィル様の魔力があまりに強いから、紙が四散し、原子に還元してしまったのです」


 フィルは「まじで!」という顔をする。


「相変わらずとんでもない魔力です。さ、オクモニック先生に謝りましょう」


 そう言うとセリカはフィルと一緒に頭を下げてくれた。自分の差し金です、と罪までかぶってくれる。


 なんといい侯爵令嬢なのだろう。フィルは感動したが、そのままミス・オクモニックにバケツを持たされる。どうやらそれを持って廊下に立っていなさい、ということなのだろう。


 そんなのお茶の子さいさいであったが、セリカも同じ罰を受けると聞いて心が痛んだ。


 廊下に出ると「ごめんね……」と謝る。


 セリカはその謝意を聞くと、にこりと微笑む。


「隣同士にはなれませんが、初日に並んでバケツを持つのは良い思い出になりましょう。フィル様もこれに懲りて、不正は働かないようにお願いします」


 セリカの優しい台詞を聞いたフィルは、表情を崩し、満面の笑みで言った。


「うん! 分かった! だからセリカは大好き」


 その大声は学院中に響いたので、またミス・オクモニックに怒られてしまった。


 フィルとセリカは互いの顔を見ると、クスクスと笑った。セリカの言うとおり、今日のこの出来事はいい思い出になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ