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同じクラスなの

 竜の山に住んでいた少女フィルが王都の王立学園にやってきて早数ヶ月。


 人並みの常識と礼節を教わるためにやってきた彼女であったが、その目論見は成功しただろうか?


 相も変わらず朝は授業開始間際まで寝ているし、髪はあまりとかさずに登校するし、三回に一回は下着をはかずに登校するが、街にやってきた当初を思えば大分進歩していた。


 ナイフとフォークを使えるようになったし、有り余った力でお皿を割ることも少なくなった。


 保護者のセリカがお風呂に入りなさいと言った日はちゃんと入るし、他の人間を見ても無闇にぱんぱんしなくなった。


 このまま行けば淑女は無理でも、普通の市民を名乗るくらいにはなれるだろう、と周囲のものは期待したが、さて、フィルはその期待に応えることはできるだろうか。


それは分からないが、銀髪の少女は日々、着実に成長していた。その身体も、精神も。


 具体的にいうと最近、胸の辺りがやや膨らみ、お尻も丸みを帯びるようになってきた。


 山にいた頃は少年の雰囲気も醸し出していたが、今はどこからどう見ても女の子にしか見えなかった。


 そんな成長を遂げた少女だから、最近、学院を歩いていると自然と異性の視線を集めるようになる。


 あそこにいる銀髪の少女は誰だ。可憐だ。是非、名前を聞きたい、と男の子に話しかけられる機会が増えた。王立学院は名家の子弟が通う。彼らは美女に見慣れていたが、そんな目が肥えた彼らから見てもフィルは魅力的な少女に見えるようだ。是非、将来の伴侶にしたいとモーションを掛けてくる。


 告白されるフィルとしてはいまだ男と女の違いもよく分かっておらず、迷惑なのだが、男子たちに「好きな人はいるのか?」と尋ねられれば、大きな声でこう返すだけだった。


「あのね、ボクはセリカが大好きなの」

 と。


 フィルは保護者にして後見人、姉のような存在にして親友であるセリカが大好きで仕方なかった。


 天真爛漫な表情でそう応えられたら、男子のほうも「この子はまだ恋愛適齢期ではない」と諦めるのが通例となっていた。


 というわけでフィルは着実に乙女になりつつあったが、まだ幼さを多分に残していた。不完全で未完成な果実として日々、成長を重ねていた。



 フィルの近況はそのようなところだが、その友人であるセリカはどうだろうか。


 彼女は相変わらず白百合の君として、学院のものすべてから好かれていた。同性、異性問わず。


 この一ヶ月でフィルが異性に声を掛けられた数を10とすれば、セリカは30であろうか。三倍である。しかもその三倍はセリカ親衛隊という彼女のファンクラブが事前に阻止した上での数であって、親衛隊が撃ち漏らした数に過ぎない。親衛隊に阻止された数、親衛隊の存在に臆して声を掛けてこなかった数を入れれば100は超えるだろう、というのが学院の定説となっていた。


 侯爵令嬢である彼女はモテてモテて仕方ない。学園の憧れの的なのだ。学院の噂の中心だった。


 前述した通り彼女は魔法科の中等部に通っている。15歳にして中等部に通うとはエリートの中のエリートなのだが、そのエリートが最近、道を踏み外したのでは、と学院の噂になっていた。


 その噂の根源は、セリカが魔法科の中等部を辞め、礼節科の初等部に転科したことなのだが、事情を知らない学院雀たちは面白おかしげに噂話を作り上げる。



「魔法科でホムンクルスを作ろうとして失敗し、学科長の逆鱗に触れた」

「婚約者に婚約破棄され、自暴自棄になった」

「魔法の才能に限界を感じたので、礼節科で無双チートを楽しむことにした」



 無責任な噂である。なにひとつ正しくなかったが、セリカは訂正するつもりはなかった。


 元々、噂を立てられることを慣れていたということもあるが、言い訳が嫌いという性分がある。公明正大に清く生きていけば必ず神は見ていると信じているのがセリカだった。


 なので学院生たちの噂には干渉せず、礼節科の転科手続きをする。


 職員室の一角で行われた書類手続きだが、教師であるフラウ・フォン・オクモニックが尋ねてきた。


「セリカさん、本当によろしいのですか? このまま魔法科にいればすぐにでも高等部に上がって、主席で卒業できたのに」


 どうやら教師たちの間でもセリカの転科は話題になっているらしい。


 セリカはにこりと微笑むと言った。


「良いのです。魔法は魔法科でなくても学べます。それこそトイレの中でだって」


「それはそうだけど」


「でも、フィルという少女と机を並べるのは今しかできません。わたくしは彼女と一緒に学び、成長したいのです」


「……なるほど、分かりました。しかしそれにしてもフィルという生徒は不思議な女の子ですね」


「不思議ですか?」


「ええ、まるで常識を知らない。礼節も知らない。なのにクラスの中心に座っても違和感を抱かれることがない。いえ、彼女を中心に輪になって笑いが漏れ出る。そんな人徳を持った少女」


 その人徳はやがてこの学院すべてに、いえ、この国にあまねく広がりましょう、とは言えないが、セリカはミス・オクモニックの言葉に納得する。


「フィルが礼節科にいる限り、笑いが絶えないクラスになりそうですね」


「ええ、虐めとは無縁の良いクラスです」


「その代わり、学級崩壊するときもありますが」


「そうね」


 と笑うミス・オクモニック。

 このように手続きが終ると、セリカは無事、礼節科に転科することになる。


 王立学院礼節科、その別名は花嫁科。良家の子女が将来の婚姻に備えて通う学科であるが、さて、将来、セリカは誰のお嫁さんになるのだろうか。


 セリカが嫁ぐとき、その側にフィルはいてくれるだろうか。結婚式にフィルは参列してくれるだろうか。


 それは分からなかったが、今日からフィルと一緒に勉強できると思うと嬉しくて仕方なかった。

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