表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/172

怠惰の悪魔も一撃です

 悪魔がその本性を現すと、あたりに呪詛めいた言語が満ちあふれる。

 どうやら悪魔は禁呪魔法を多重詠唱できるようだ。

 ダンジョンに響き渡るそれは、まるで念仏のようで気持ち悪かった。

 ダンジョンの上空に巨大な太陽が出来上がる。

 それがフレアと呼ばれる魔法であると気が付く。

 大地がうねり、地割れがする。

 アースクエイクの魔法も唱えたようだ。


 同時にそのような強力な呪文を詠唱されるとは思っていなかったセリカは、とっさに防御に回る。


 それが功を奏したのだろうが、怠惰の悪魔の使い魔である毒蛇の攻撃を防ぐ。


「これがやつの眷属!?」


 禍々しい蛇が大量にうごめいていた。

 叡智の騎士はそのうち一匹を切り捨てると、セリカの護衛に回る。


「ここはフィル嬢の戦闘力に頼ろう。我らは足手まといにならないようにしなければ」


 その言葉を聞いたセリカは謝罪する。


「申し訳ありません。わたくしが足を引っ張ってしまって」


「そんなことはないよ。セリカがいてくれるからボクは頑張れる!」


 フィルはそう断言すると、ぐるぐると腕を回しながら怠惰の悪魔に近寄る。

 必殺フィルパンチを見舞うようだ。

 フィルの本気の一撃は岩さえ砕く。

 大地さえ割る。

 古竜さえ倒す。

 そのような一撃、悪魔とはいえ耐えられるわけがないが、怠惰の悪魔は耐えた。

 その厚い脂肪はフィルの一撃を容易に吸収した。

 悪魔は即座に反応し、フィルに反撃する。

 フィルはその一撃をまともに食らう。十メートルほど吹き飛ばされる。

 ただ、吹き飛ばされてもそのままくるりと回転し、即座に反撃する。

 パンチが効かないのであれば、蹴りを入れる。


「蹴りはパンチの三倍強い! って爺ちゃんが言ってた!」


 と格闘家のような蹴りを入れるが、怠惰の悪魔はニヤリと笑う。


「ば、化け物なの!?」


 セリカは足下の毒蛇を焼き払いながらそんな言葉を漏らす。


「たしかに化け物だが、やつとて不死身ではない。このまま攻撃を加えればなんとかなる」


 とローエンは解説する。

 実際、フィルの蹴りは効いていた。

 にやりと笑ってはいたが、蹴りは確実にダメージを与えていた。

 悪魔の骨を何本か折ったはずだ。

ただ、それが致命傷に至らなかっただけ。

 攻撃を加えたあとに反撃を食らっただけだった。

 悪魔はフィルの攻撃を食らうと、その後、必ず反撃する。

 倍返しだ、と言わんばかりの一撃をフィルにもたらす。

 その都度、フィルが傷つく。

 彼女の服は破け、肌が切り裂け、吐血する。

 内臓にも骨にも多大なダメージが蓄積する。

 セリカは思わず目を背けたくなる。

 大好きなフィルが傷つく様を見たくなかった。

 だが、目を背けるわけには行かない。

 セリカには彼女の戦いを見届ける義務があった。


 セリカは毒蛇の群れをローエンに一任すると、フィルの側に近寄り、彼女の肩に触れる。


「セリカ?」


 と、尋ねてくる彼女の手を握りしめ、そこにすべての魔力を注ぎ込む。


「――フィル様の魔力に比べればわずかですが、どうか足しにしてください。この魔力であの悪魔を打ち払ってください」


 セリカはそう言うと倒れ込む。

 フィルはセリカを優しく床に寝かせると、懐から短剣を取り出す。

 これは爺ちゃんがくれた短剣。

 フィルの絶対強度の魔力にも耐えうる逸品である。


 フィルはそれにセリカからもらった魔力、自身の魔力の残りをすべて注ぎ込むと、最後の一撃に懸ける。


 怠惰の悪魔はそれを見越していたのだろう、倒れ込んだセリカに攻撃を加えてくる。


 そうすればフィルが庇うという予測のもとの攻撃だが、それは正しかった。

 実際、フィルはセリカを守るために悪魔の攻撃をその身体に受ける。

 悪魔のかぎ爪は深々とフィルの腹に刺さる。

 それを見て悪魔はにやりとするが、フィルはそれ以上に微笑んだ。


「な、なんだ、小娘、その気持ち悪い顔は」


 思わず悪魔がそう漏らすほどの笑みであった。

 フィルはその笑みの意味を説明する。


「ここまで近づけば絶対外さないの。今からする攻撃はとんでもない一撃だけど、どこに飛ぶか分からないの。でも、ここまで近ければ絶対当たるでしょ」


 フィルはそう説明すると、祖父から習った一撃を放つ。

 圧倒的破壊力を秘めた一撃。


「ザンドルフ・スラッシュ!!」


 フィルがそう叫ぶと、短剣の刀身からまばゆい光が放たれる。

 圧倒的魔力が放出される。


「そ、そんな馬鹿な。なんという魔力なんだ」


 その攻撃を食らった悪魔が現世で叫んだ最後の言葉がそれだった。


 圧倒的な魔力に包まれた悪魔は、あっという間に質量を保てなくなると、塵芥(ちりあくた)となった。


 フィルとセリカの共演が悪魔を打ち払ったわけであるが、代償は小さなものではなかった。


 フィルのお腹からは絶え間なく血が流れ続け、彼女の衣服を濡らす。

 このままでは出血多量で死んでしまう。

 そう思ったセリカは回復魔法で傷を塞ぐが、フィルはとんでもない行動に出る。

 まだダメージが蓄積しているのに。


 痛くて堪らないだろうに、両足で大地を踏みしめると、先ほど押し開けようとした大扉の前に立つ。


「なにをされるのですか? フィル様」


 とセリカは尋ねるが、フィルはさも当然のように答えるだけだった。


「この扉を開けてシャロンを救うの。僕の友達を助けるの」


「ですが、その傷で力を使えば死んでしまうかもしれません。傷口が――」


 と言っている間に腹の傷口が開き、鮮血が流れ出る。


「そんなのどうでもいいの。今、ここで力を使わないなら、力なんていらないの。友達ひとり助けられない賢者にはなんの価値もないの」


 真剣なまなざし、確固とした哲学。

 それらを感じ取ったセリカはうなずくと、自分も扉を押す。

 微力であり、なんの役にも立たないだろうが、無為無策ではいられなかったのだ。


 ふたりの少女は全身の力を推進力とし、扉を開けるが、フィルから止めどなく流れる血は、フィルの衣服を真っ赤にし、垂れ流れた血はセリカのスカートの裾も染め上げていた。


 それを見ていたローエンは、彼女たちを止めようとしたが、そのとき、奇跡が起こる。


 動くはずのない大扉。

 ぴくりともしなかった扉がわずかだが動いたのだ。

 ズズ、ズズ、とわずかに音を上げると、扉はフィルたちの力を受け入れる。


「……し、信じられない」


 あの大扉が動くこともだが、傷だらけの少女にこのような力が残っていることも。

 ローエンは扉に書かれた文字を思い出す。



「紅に染まる聖者、 

 彼はその身命を賭して扉を開ける。

 その命と引き換えに友を救う」



 まさしく、伝承は真実だったのだ。


 この扉は聖なるものの血を吸うことによって開く仕掛けになっているのかもしれない。


 ただ、このままでは伝承通り、フィルは死んでしまうかもしれない。

 そう思った叡智の騎士は、己の掌を短剣で切りつけると、自分も扉に向かった。


「ふたりの血を使えば、命まで失われないかもしれない」


 と漏らす。

 それを見たセリカも真似をする。

 彼女の掌からも止めどなく血が流れる。

 その姿を見てフィルは、「みんな……」と表情を緩める。


「これで紅に染まるものは三人となりました。この扉からは悪意を感じない。三人でやれば取られる寿命も三分の一で済むかも」


 セリカがそう漏らすと、ローエンは笑う。


「俺はもうジジイだから、三分の一でも辛いな。200歳で死んでしまうことになる」


「ローエンはあと150年生きるつもりですか」


 セリカが冗談を返した瞬間、扉はまばゆい光を放ち、開け放たれた。

 その奥には第十階層に続く階段が見える。

 こうしてフィルたち一行は、高難度のダンジョンを最速でクリアした。

 第十階層にあるという解毒薬を手に入れると、そのまま学院に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ