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テストなんてどうでもいいの!

 二時限目の授業に間に合ったフィル。

 間に合ったが、当然、担任教師は怒る。


 フラウ・フォン・オクモニックは、眉をつり上げると、

「フィルさん、悪い子です!」

 めっ! と叱った。


 フラウは貴族の出、お嬢様育ち、ぽわんとした女性で、最大限に怒ってもこれであった。


 ただし、フィルも素直な子なので、申し訳ない気持ちになる。


「先生、ごめんなさい。明日からは気をつけます」


 と謝った。

 ぺこりと頭を下げる。


 その姿を見てフラウはにこりと微笑むと、フィルに席に座るよう勧め、二時限目を始める。


 二時限目は家庭科の時間。

 針仕事をする。

 花嫁科と揶揄される礼節科であるが、このような所帯じみた授業もある。

 なんでも騎士の妻となれば、夫の外套を縫う機会もあるだろう。


 貴族の妻となっても、衣装の仮縫いなどで、その知識を使うこともあるだろう、と裁縫の授業をしているらしい。


 フィルとしては山に帰ったとき、破れた服を縫えるようになるので、裁縫の授業は嫌いではなかった。


 それなりに手先も器用なほうなので、教えられたことは即座に吸収する。

 むしろ、他の生徒よりも上手いくらいだった。

 常識は知らないが、飲み込みが早いのはフィルのいいところかもしれない。

 周囲のものは褒めてくれる。



「フィルさん、すごい! これならば王都でファッションデザイナーになれるかもしれません」


「まるでミシンのような速度で縫われますのね。見習いたいです」


「これならば、午後に行われる裁縫の試験も余裕ですね」



 最後の言葉にぴくりとなる。

 なんですと、午後に裁縫の試験があるのか、初耳である。


「一時限目で説明があったんですよ。抜き打ちだそうです」


「そうかあ。いい点取らないと」


「そうですね。フィルさんは落第寸前なので、取れるところで取っておかないと」


 と忠告を受ける。

 ごもっともである。


 フィルとしては期待し、学費を払ってもらっているセリカに報いるため、修行してこいと送り出した爺ちゃんの期待に応えるため、落第だけはしたくなかった。


 なのでこういった細かいところで得点を積み上げ、他の赤字科目の穴埋めをしたいところである。


 そのためにフィルは、二時限目、三時限目の間の休み時間、それに昼食後の空き時間もしこしこと内職を重ねる。


 こう言った実技はやればやるほど結果に繋がるものである、と珍しく勉強を重ねると、審判の時間がやってきた。


 五時限目である。

 この時間は予告通り、裁縫の試験が行われることになった。


 テスト用の布地と糸が配られ、それを縫い合わせスカートを作るように命じられる。


 ズボンを指定されなくて良かった。スカートは単純だ、と安心していると、トラブルが起こる。


 フィルの教室にセリカがやってきたのだ。


 全校生徒の憧れであるセリカの訪問はフィルのクラスを騒然とさせたが、フィルはすぐに真剣な表情になる。


 セリカの顔が真剣だったからである。


 フィルは挙手をし、担任のフラウに少しだけ時間をもらうと廊下に出てセリカに話しかける。


「セリカ、なにかあったの?」


 セリカはこくり、と、うなずく。


「本当ならば夕刻まで黙っていようかと思いました。ですが、ここで黙っていれば一生、フィル様に恨まれる。――いえ、軽蔑されると思い、伝えにきました」


 セリカはそう前置きすると、包み隠さず真実を話した。


「我らが友人、シャロンさんが倒れました。今朝方から具合がよろしくなかったようですが、あれは体調不良ではなく、先日、赤いカーバンクルに噛まれた後遺症のようです」


「後遺症!?」


 驚くフィル。


「どうやら赤いカーバンクルは、遅効性の毒を持った生き物だったようです。今、シャロンは学院長に治療を受けていますが、傷口から徐々に赤い線が広がり、心臓近くまで浸食しているようです」


「それが心臓に行くとどうなっちゃうの?」


「……おそらくは死にます」


「いや! それだけはいやなの!」


「それには同意見です。ですのでわたくしはこれから叡智の騎士ローエンと一緒に治療薬を探しに行きます」


「治療薬があるの!?」


「あります。深き迷宮に。ですのでフィルさんも一緒にきていただけませんか」


「もちろん、いくの!」


 とフィルは二つ返事をするが、セリカは肩を掴む。


「……フィルさんは落第寸前の劣等生。このテストをサボれば学院を放校されるかもしれませんよ」


「……そんなのはどうでもいいの。学院よりもシャロンのほうが大事」


 その言葉を聞いたセリカは、真剣な表情を崩し、にこり、とする。


「さすがはフィル様ですわ。その言葉を聞けると信じていました」


 セリカは、もしもテストを優先する、と言ったら説教をする気だったらしいが、杞憂に終った、と微笑む。


「そのような心配をするわたくしのほうが不徳だったのかも知れません。さて、これから深き迷宮に向かいますが、フィルさん、走りますよ」


 とセリカは言う。

 フィルがうなずくと、セリカは廊下の窓を開け放ち、そこから飛び降りる。

 下着が見える、はしたない、などという言葉は発せず、セリカは全速力で走った。


 フィルはそれになんなく付いて行くが、途中、叡智の騎士ローエンが馬を二頭、引き連れてやってくる。


 セリカはその一頭にまたがると、「はいよー!」と鞭を入れた。

 フィルはセリカの後ろに乗ると腰をぎゅっと抱きしめる。


 フィルの脚力ならば馬に付いてこれるかもしれないが、迷宮にたどり着く前に魔力が尽きる可能性も高い。


 迷宮には強力な守護モンスターがいる、というのが相場だ、力は温存しておきたかった。


 セリカはフィルに、「しゃべると舌を噛みますよ」と言うと、風と一体になるかのような速度で馬を走らせた。


 フィルは真一文字に唇を噛みしめると、振り落とされないように注意しながら、シャロンの無事を祈った。


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