表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/172

アーリマンにデメキンをもらう

 フィルが学院に行くと、学院は静かだった。

 当然である。

 すでに一時限目の授業が始まっており、皆、勉強に勤しんでいる。

 フィルは実は今まで遅刻をしたことがない。


 遅刻間際までご飯を食べていたことはあるが、その場合は《跳躍》の魔法を使って、校舎の窓に直接ジャンプしていた。


 初めてそれをやったときは、窓を破壊し、怒られたので、二回目以降は学友が窓を開けてくれるようになった。


「あら、今日もフィルさんが遅刻ギリギリですね」


「ならば窓を開けておきましょう」


 そんな具合である。


 今日も窓から飛び込んでも良かったのだが、どうせすでに遅刻だし、さすがに授業中に飛び込めば担任のミス・オクモニックも怒るだろう。


 なので二時限目が始まるまで、ゆっくりと学院を散策する。

 セリカはすでに自分の教室に向かってしまったので、ひとりで散策だ。

 


 フィルの通っている王立学院の敷地は広い。

 貴族の屋敷が10個は建つであろうか。

 馬場もあるし、闘技場もあるし、その規模はちょっとした街ほどある。

 山育ちのフィルとしてはなにからなにまで珍しかった。


「山には馬場も闘技場もないしなあ」


 そもそも建物は爺ちゃんの工房しかなかった。

 この学院はなにもかも珍しく、いつまで見ていても飽きない。

 ただ、今日、フィルが見たかったのは、学院の敷地にある池だった。

 前々から目を付けていたのだ。


 その池は蓮などが浮かんでいる小粋な池で、ここには金魚や鯉がいると学友から聞いていた。


 金魚と言えば最近、フィルが飼いだしたペットが金魚である。


 真っ赤なリュウキンで、なかなかに可愛らしいが、金魚鉢に一匹だとさすがに可哀想だな、と最近、思うようになっていた。


 なのでできれば彼、あるいは彼女に友達を見繕ってあげよう、というのがフィルの趣旨であった。


 二時限目までの短い時間にその友達候補を見繕ってあげよう、というのがフィルの意図するところである。


「本当に金魚さん、いるかなあ~」


 と池にやってきたフィルは覗き込む。

 池の水の透明度はそれなりにあり、中の生物が見える。


「おお、いるいる。白いのに赤いの、黒いのもいる」


 目が飛び出たやつもいる。いわゆるデメキンというやつである。

 本来、この国には金魚なる生き物はいない。

 金魚は東方の生き物で、外来種なのだ。

 その外来種がなぜ、この池にいるかというと、それは学院長の趣味であった。

 彼は東方から輸入した金魚をこの池で繁殖させているのだ。


「……ということは勝手に取ったらアリマーンに怒られるのかな?」


 と首をひねるフィル。

 アリマーンとは、この学院の長で、爺ちゃんの友達。

 大賢者の称号を持つ老人である。

 フィルが頭を悩ませていると、そのアリマーンが話しかけてきた。


 彼の第一声は、

「アリマーンではない。アーリマンじゃ」

 だった。


「お、アーリマンだ。いいところにきた。ねえねえ、ここの金魚を一匹もらってもいい?」


「いいぞい。ただし、いい子にしていればな」


「おお、アーリマンは話が分かる」


 と、さっそく池に飛び込もうとするが、それはとめられる。


「……だからいい子にしていれば、といったじゃろ。淑女は池に飛び込まないし、授業をサボったりしないぞ」


「そうだった。んとね、ちゃんと二時限目からは出るよ。今日はたまたま遅刻したから、二時限目まで暇を潰しているの」


「なるほどの。ま、お前さんは毎日、ちゃんと授業に出ているという報告がある。たまには遅刻も善かろう」


 とアーリマンは、善きかな、善きかな、と白髭を撫でる。


「うん、ボクは淑女になるの。だから授業はサボらないの」


「それも良い心がけだ。じゃあ、あとで金魚を届けさせよう。何色がいい?」


「黒くて目がでかいのがいい!」


「デメキンじゃな、分かった」


 とアーリマンはまとめたが、彼は唐突に話を変える。


「ところでフィルよ、お前さん、最近、悪魔に付きまとわれているようじゃが、大丈夫かの?」


「おお、なんでアリマーンはそのことを知っているの?」


「アーリマンじゃ。まあ、お前さんのことは目に掛けている。親友の孫娘じゃからな。要は心配なのじゃ」


「大丈夫、テレジアに取り憑いたのは倒したし、大きな木みたいなのも倒した」


「大きな木? それは初耳じゃ」


「爺ちゃんの工房に行ったら、襲いかかってきたの。すぐ倒したけど」


「大きな植物というと『怠惰の悪魔』の化身かの」


「そんなこと言ってた」


「当たりか。しかし、怠惰の悪魔とは厄介なのに目を付けられたの。やる気はないやつだが、その分、しぶとい悪魔じゃ」


「でも、もう倒したよ」


「それは化身だけじゃろ。やつの本体はまだ生きている。また、襲いかかってくるぞ」


「むう、それは困るの。面倒なの」


「まあ、そうじゃろうて。だが、安心するがよい。悪魔は国の大事、この国の悪魔討伐専門騎士団に相談しよう。護衛を呼んでもらう」


「それは助かるの」


「まあ、親友の孫娘だからな。最大限の便宜は図る」


 とアーリマンは断言すると、続ける。


「――それで、戦った巨大植物を倒したそうだが、そのとき、誰か傷を――」


 と言いかけた言葉が止まる。

 なぜならば一時限目の授業が終る鐘が鳴り響いたからだ。

 ここでフィルを呼びとめれば二時限目も遅刻するだろう。

 それは教育者として、学院長としてはできない行為であった。 

 なのでアーリマンはそのままフィルを解放すると、手を振った。


「約束のデメキンは、放課後、秘書に届けさせる」


 と結んだ。


 フィルは満面の笑みで、

「アーリマンありがとー!」

 と手を振って校舎に向かった。


 すると木陰に隠れていたアーリマンの秘書がやってくる。

 魔女のようなとんがり帽子をかぶった秘書は、アーリマンに尋ねる。


「アーリマン様、なにか大事なことを言いかけたようですが」


「いや、たいしたことではない。怠惰の悪魔は『猛毒』を使う悪魔だ、と言いたかっただけだ。幸いなことにあの子には手傷はない。侯爵家のお嬢ちゃんにもな。どちらも元気そうだ」


 アーリマンはすでにセリカの身体にも傷がないことを確認済みだった。

 しかし、アーリマンは忘れていた。

 先日の冒険にメイド服姿の少女が参加していたことを。

 アーリマンは知らない。

 彼女が『赤いカーバンクル』の牙に傷つけられてしまったことを。


 そのことがもうじき、大問題となるのだが、このときはまだ、嵐の前の静けさを保っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ