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お風呂場での休息

 途中、盗賊たちのもとにより、預けていた馬車を返してもらう。

 盗賊たちは馬車を大切に扱ってくれていた。

 その馬車に乗り込み、転移の間がある街まで旅をするが、その旅もあっさり終る。

 道中、なにごともなかったのだ。

 シャロンとフィルのトラブルメーカーのスキルはお休みしてくれたようである。

 その甲斐あってか、日曜の深夜ぎりぎりに間に合う。


 最悪、月曜日の授業直前の帰宅も予想されていたが、一晩、自分のベッドでゆっくり眠ることができそうだ。


 疲れを知らないフィルはいいが、セリカやシャロンは常人なので、休養が必要であった。


 白百合寮に到着すると、散開。

 これで明日、目の下に隈を作らないで済む。

 シャロンはそう言い残すと、さっさと自分の部屋に戻る。

フィルとセリカは、そのままフィルの部屋に行く。


 セリカの家は王都の住宅地にあり、ここから馬車で行くとそれなりの時間が掛かるのだ。


 ここは寮長の許可を取り、お泊まりしたほうがいいという判断になった。


 そのことを寮長に申し出ると、

「事前の許可が必要なのですが、セレスティアの家のものならば特別に」

 と許可してくれた。


「権力を用いたようで気が引けますが、疲れていますし、たまにはいいでしょう」


 セリカは軽く息を吐く。


 セリカの家はこの国の大貴族、それにこの寮はセリカの先祖が寄進したもの。

 そんな人間の頼みはなかなか断れないものだ。


 そのことを説明すると、フィルはよく分からなかったようだが、

「セリカと一緒にいられて嬉しい」

 と肩に寄り添ってくる。


 さて、シャロンはお疲れのようなので、そのまま眠ってしまったようだが、セリカには若干、フィルには無尽蔵の体力が残されている。


 そうなれば眠る前に風呂でも、というのが人情であろう。

 フィルがお風呂に入ろう、と誘ってくる。


「そうですね、シャワーを浴びてから寝たいかも知れません」


「シャワーじゃないよ、お風呂だよ」


「ですが、この部屋にはシャワールームしかないようですが?」


 白百合寮の個室にはシャワーが備え付けられているが、バスタブはない。

 お風呂などどこにもない。


「お風呂なんてすぐ作れる。寮の庭の大木で檜風呂を作るの」


「駄目ですよ。寮の木を勝手に抜いたら」


「冗談だよ」


 冗談なのか……。フィルの冗談は微妙に実現性が高く、冗談に聞こえない。

 礼節科でもっと学べば、社交界で通用する冗談が言えるようになるだろうか。


 そう思ったセリカだが、それを口にしようとした瞬間、フィルに手を引っ張られる。


「どこに連れて行くのですか」


「お風呂場だよ」


「浴場がこの寮にあるのですか」


「うん、そだよ」


 と元気にうなずくフィル。


「この寮の一階には、みんなが入っていいお風呂場があるの。初等部、中等部、高等部、って順番に入っていいのだけど、この時間ならば誰もいないし、勝手に入っていいの」


「それはいけないことではないのですか? 学年によって順番が決まっているのでしょう」


「大丈夫、セリカはこの建物の『おーなー』だから」


「それはそうですが……」


 と言葉を濁したのは、これ以上、権道を用いたくない、という気持ちがあったのだ。


 そのことをフィルに説明しようと思ったが、フィルは強引に「いいから、いいから」とセリカの手を引っ張る。


 とりつく島がない。

 手慣れているところを見ると、時間外入浴の常習犯のようにも見えた。

 またひとつ、注意点が増えたが、小言は喉の奥で止まる。

 フィルに連れてこられた浴場が素晴らしかったからだ。

 脱衣所から気品が漂っている。

 軽く浴場を覗くと、なんともまあ立派な湯船が見える。


 基本滑り止め処理をほどこした大理石で作られているのだが、湯船の中央には天然の岩がある。その岩には白磁のように綺麗な獅子の彫刻があり、その口から絶え間なく湯が循環していた。


「すごいでしょ。なんかゲロみたい」


 とはフィルの言葉だが、たしかにすごい。いや、嘔吐物ではないが。

 フィルは得意げに言う。


「この浴場は、ドワーフの有名な建築家が建てたの」


「なるほど、道理で豪壮なわけです」


 と感想を述べると、フィルはあっという間にすっぽんぽんになる。

 脱ぐのが早いのは結構だが、脱いだ衣服はちゃんと畳むように指示する。

 フィルは「はーい」と従う。

 まだ不器用ではあるが、綺麗に折りたたむ。


 こういう小さい詰み重ねが淑女という人格を作り上げるのであるが、衣服をたたみ終えるとフィルがガン見してくる。


 気恥ずかしくて衣服を脱げない。


「あちらを向いてもらえませんか?」


「どうして恥ずかしがるの?」


「なんとなく……」


「僕はセリカのお嬢様っぽい脱ぎ方を参考にしたいの。見せて」


 そんなふうに言われてしまえば、断る理由はなくなる。フィルもなかなか策士になった。


 そう思いながら衣服を脱いでいくが、フィルのように素早くではなく、服を脱ぐたびに綺麗に折りたたみ、籠にしまい込む。


「おお、お嬢様っぽい」


 と、つぶやくフィル。


「あ、下着になった。ボク、前から気になっていたけど、セリカがその胸に着けているのはなに?」


「これは胸当てですね。ハイカラな言い方をするとブラジャーです」


「おお、なんか格好いい。ボクも着けたい」


 セリカはフィルの平坦な胸を見ると、

「……もう少し先ですね」

 と事実を述べた。


「なるほど、将来の楽しみにする」


 とフィルは言うと、全裸になったセリカの手を引き、浴場に向かう。

 浴場では走らないように、と注意すると、彼女は走ることなく、跳躍した。

 そのまま湯船に、どっばーん! 斜め上の入り方だが、フィルらしかった。

 もちろん、怒るが、彼女は笑顔で「えへへ」と謝る。


「こんな入り方するの、セリカの前だけだよ」


 なんでも寮生の前ですれば寮長に告げ口されるらしい。

 セリカは目の前では怒るけど、告げ口しないから好きなのだそうだ。

 好きだと言われたらなにも言えなくなるが、ともかく、今後は控えさせる。


「はーい」


 セリカはフィルとは違い、湯殿に入る前に獅子の蛇口からお湯をくみ上げ、身体を清めてから湯船に入る。


 湯船に入るとフィルにお風呂のマナーを教える。


 ひとつ、浴場で走るべからず。

 ふたつ、浴場でジャンプ禁止。

 みっつ、浴槽に入るときは身体を清めてから。


 大まかに言うとこのくらいだが、女性の身体をじろじろ見ないことも推奨する。


 フィルは、

「うい」

 と生返事する。


「あとは……そうですね。浴槽に入ったら、肩まで入って100数えましょう」


「おお、それは爺ちゃんにも言われてた」


「フィル様は烏の行水だったのでしょう」


「かもしれない。いつも一分も入ってなかった」


「だからゆっくり湯船に浸かる習慣を身につけさせたかったのでしょうね。なので、今回も数えましょうか」


 フィルは厭がると思ったが、そのようなことはなく、「がんばる!」と肩まで浸かる。なんでもセリカと一緒に一秒でも長く、お風呂に入っていたいらしい。


 嬉しい言葉であるが、セリカは長風呂派、ときには一時間くらいお風呂に入っていることもあるが、フィルは付き合ってくれるだろうか。


 そんなことを思いながら、彼女と一緒に数を数える。


「イーチ、ニーイ、サーン……」


 まるで幼児のようであるが気にしない。

 浴場にはセリカとフィルしかいない。ふたりが幼児化しても誰がとがめよう。

 それに楽しく数字を数えると幼児に戻った気分になる。

 セリカは幼きころから英才教育を施され、『子供』だった時期が短かった。

 フィルのようにあるがままに楽しむことを忘れて久しい。

 そういった意味ではフィルはセリカの心の清涼剤であり、活力剤でもあった。

 今後も一緒にお風呂に入り、一緒に数字を数えたいものである。

 そんなことを思いながら入浴を続けた。

 フィルは珍しく30分近くお風呂に入り、茹でダコとなった。

 その姿もとても可愛らしかった。

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