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赤いカーバンクル

 フィルたち一行が化け物を倒し、戻ってくると、そこにいたのは赤い獣に襲われているメイドさんだった。


 赤い獣はカーバンクルを赤く塗りたくったような生物だった。


 カーバンクルとは、イタチやリスに似た生き物で、額に宝石が埋め込まれているのが特徴である。


 赤い獣は真っ赤な身体、額に青い宝石がはめ込まれている。


「カーバンクルの亜種のようですね? フィルさんのお友達ですか?」


「どうして?」


「カーバンクルのお友達がいると聞いていたので」


「森のカーバンクルとは皆、仲が良いけど、この子は知らない。それに……」


「それに?」


「この子からはなんか邪悪な匂いがする」


「……邪悪」


 見た目こそカーバンクル。ゆえにその姿はファンシーで可愛らしいが、フィルがそういうのならば悪い獣なのかも知れない。


 そう思った。

 実際、赤いカーバンクルは、牙を剥き出しにし、シャロンと戦っていた。

 シャロンは箒で応戦している。


「えい! えい! やー! たー!」


 という掛け声を振りまいている。


 腰が入っていないのでダメージは皆無であるが、赤いカーバンクルはその勢いに押されていた。


 シャロンに襲いかかれないでいる。

 セリカとフィルは冷静に観察したが、すぐに苦情がやってくる。


「フィルさんにセリカさん、ぼうっとしていないで助けてください。私は純粋なメイド、戦いは下手なのです」


「そうでした。まあ、カーバンクルくらいわたくしが」


 セリカは一歩前に出るが、制止させられる。


「なんか厭な予感がするからボクが」


 フィルがそう言い、赤いカーバンクルと対峙すると、赤いカーバンクルは、にやり、という擬音が似合う表情をし、その場を去った。


 通常のカーバンクルよりも三倍、俊敏な動きであった。

 

カーバンクルは脱兎のような勢いで二階に上がると、そのまま廊下の小部屋から逃げ出した。


 あまりのすばしこさにフィルでさえ捕捉できなかった。


「すごいカーバンクルですね。亜種でしょうか」


「そうだと思うけど、厭なカーバンクルだった」


「ですよねー、この私を襲うなんて」


 とはメイドのシャロンの言葉だったが、彼女の二の腕からは血が滴り落ちていた。


「ああ、シャロンさん、大変、傷が」


「あ? これですか? さっきのカーバンクルの牙にやられたみたいですけど、かすり傷ですよ。へっちゃらです」


 と力こぶをつくってアピールするが、力を入れるから血がごぴゃーと出る。

 セリカは慌てて止血をする。

 フィルのほうを見る。

 その視線でフィルの神聖魔法の出番だと分かる。


「回復魔法はわたくしも得意ですが、フィルさんはその上をいきます。傷が残ったら大事ですし、フィルさんに直していただきましょう」


「わたしも嫁入り前だしね。配慮、感謝します」


 と頭を下げると、フィルは一瞬で傷を塞ぐ。

 魔力を神聖力に変換すると、回復魔法を短縮詠唱する。

 フィルは賢者であるが、回復系は苦手であった。

 それでも膨大な魔力があるので、セリカよりも強力な回復魔法が使える。

 事実、それなりの深手であったシャロンの傷を見事に回復させる。


「す、すごいですね。フィルさんは本当に礼節科の生徒なのですか?」


「そだよ」


 とあっさり返すが、セリカが説明をする。


「フィルさんの魔力は魔法科の中でも最強です。魔法知識も大賢者仕込みですし、教えることはもうないでしょう。だから学ばなくてもいいのです」


「なるほど。逆の発想ですか。得意すぎるからもう学ばなくていい、と」


「はい」


「じゃあ、礼節科はまだまだ学び甲斐がありますね。礼節は100分の1も習得していない」


「それ、カミラ夫人にもよくいわれる」


 悪びれずに笑うフィル。


「実際、セリカさんとフィルを混ぜ合わせて半分こにすればちょうどいいのに。完璧な人間が出来上がります」


 その評を聞いた叡智の騎士ローエンは異論を挟む。


「混ぜ合わせた上に、水も加えないと駄目だな」


「どうしてですか?」


 と、その心を問う。


「セリカお嬢様とフィルのお嬢ちゃんは濃厚過ぎる。酒と一緒だな。濃厚な蒸留酒は、水で割らないととても飲めないよ」


 なるほど、フィルがウォッカなら、セリカはブランデーといったところか。

 どちらもアルコール度数が高すぎる。

 その評を聞いたセリカは苦笑いをしている。

 セリカにも自覚はあるのだ。

 しかし、怒ることはない。

 嬉しいからだ。

 セリカはフィルのことが大好きなので、似ていると言われると嬉しくなるのだ。

 酒に例えられるとは思っていなかったが、フィルと並び称されるのは嬉しい。

 それはフィルも同じらしく、ほがらかな笑みで喜んでいた。

 さて、このようにフィルの里帰りは終幕に近づく。


 無事ことが運ぶとは夢にも思っていなかったが、盗賊に襲われたり、川に橋を架けたり、巨大な植物に襲われたり、多事多難とはこのことであった。


 そのどれらもフィルの力によって解決したが、この未来の女王様候補は、トラブルという名の星の下に生まれたのかも知れない。


 それもその星の下に引きずり出してしまったのは確実にセリカであった。


 フィルもこの山奥で静かに暮らしていれば、なにごともなく人生を送れただろうに。


 そう思ったセリカは思わず尋ねてしまう。


「フィル様、もしもこの山に残りたいのならば、残りますか?」


 おそるおそる顔色をうかがう。


 もしも彼女がイエスと答えたら、セリカはその意思を尊重するつもりであったが、フィルは意外なことに首を横に振った。


「山に帰ってきて分かったの。ここは幸せな場所だけど、退屈な場所。王都は楽しくて幸せな場所。セリカたちがこの山で暮らしてくれるならともかく、みんなが王都にいるなら、ボクも王都で暮らしてもいいかな」


 その答えを聞いたセリカはほっと胸を撫で下ろすと、フィルを抱きしめる。


「わ、わ、わ、どうしたの? セリカ?」


 戸惑うフィルにセリカは言う。


「抱きしめてフィル分を吸収したくなっただけです」


「フィル分?」


 とシャロンは尋ねてくる。


「フィル分とはフィル様からのみ摂取することができる六番目の栄養素。これをとると元気になれます」


 なるほど、とメイドのシャロンはうなずくと彼女もフィルを抱きしめてきた。

 ふたりは目一杯フィル分を吸収すると、そのまま山を下りた。

 ローエンがこのままだと王都への帰還が遅れる、と申し出てきたからだ。


 また大木を投げられて移動するのはこりごりなので黙って従うと、三人は仲良く下山した。


 幸いなことに帰り道もドラゴンに襲われることはなかった。

 もっとも、襲ってきたとしてもフィルにワンパンで倒されてしまうだろうが。

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