巨木も一撃です
セリカが「廃木」を悟ったと同時に、怠惰の悪魔は攻撃してくる。
彼は手足である枝でフィルを叩き潰そうとするが、フィルはそれを颯爽と避けると、木の幹に駆け上がる。
駆け上がるだけでなく、絶え間なく火球を作り出しながら相手に浴びせている。
その都度、巨大植物は身体を震わせる。
その間、叡智の騎士ローエンも黙っているわけでなく、攻撃の手を緩めない。
己の剣を浴びせ続ける。
太い木の幹を切り裂き、相手に隙ができたら幹に斬り掛かっている。
騎士と賢者のコンビネーションは最高で、このまま敵を殺すのも時間の問題、と思われたが、敵もさるもの、なかなかにしたたかであった。
フィルとローエンが手強いと思ったのだろう、すぐに標的をセリカに切り替える。
弱者から各個撃破。
兵法の常道であるが、その程度の策略、セリカもわきまえていた。
「危ない! セリカ!」
と叫ぶフィルを安心させるため、先ほどから小声でつぶやいていた呪文を完成させる。
「地に閉ざされし、煮えたぎる炎よ。
防壁となり我を守れ、
悪魔の罪を問え!」
そう叫ぶとセリカの回りに炎が巻き上がる。
その炎は地獄の炎よりも熱く、周囲のものを焼く。
セリカの身体を包み込んだ炎は容赦なく、植物の幹を焼き、そこから伸び出るツタも焼却した。
「セリカすごいの! まるで魔法使いみたい」
「こう見えても魔法学科の生徒ですからね。主席です。まあ、それもあと数週間でしょうが」
「どうして? 遊びすぎて成績が落ちたの?」
「違います。フィルさんと同じ礼節科に転科願いを出しているからです。そろそろ受理されてもおかしくありません」
「それはすごいの! セリカと同じクラスで勉強できるの!」
「ええ、一緒に机を並べましょう」
「授業中、ノートの切れ端に書いた伝言を見せ合うの」
「いいですね」
「お昼ご飯を一緒に食べるの」
「それは今もしているのでは」
「じゃあ、一緒に宿題を忘れて、廊下に立たされるの」
「フィルさんは宿題をよく忘れるのですか?」
そうたしなめようとしたとき、ローエンが口を挟む。
「お嬢様方、ガールズトークは結構ですが、それはこいつを倒してからにしましょう」
それを聞いたセリカはうなずく、たしかに緊張感を欠いた会話だったかもしれない。
この巨大植物を追い詰めてはいるが、まだ勝ったわけではない。
ここから逆転を許す可能性は大いにあった。
注意一秒、怪我一生。
自分はともかく、フィルにもしもがあれば悔やんでも悔やみきれない。
そう口にすると、フィルは「大丈夫だよ」と口を開いた。
「証拠を見せるよ」
と続ける。
「証拠?」
「うん、証拠。要はあの大きな木を倒せばいいんでしょ」
「それはそうですが、今のところ有利ですが、大きすぎて困っています。ダメージがなかなか通らない」
「大丈夫だよ。あの木も所詮は木だよ。木は炎に弱いの。爺ちゃんが言っていた」
「それはたしかにそうですが」
実際、セリカが身体にまとわせた炎は効果てきめん、大ダメージを与えたが、枝や触手を焼くだけで精一杯だった。
よほど巨大な炎を用意しないと……、と思ったが、思わず苦笑してしまう。
巨大な炎など、簡単に用意できると思ったからだ。
セリカとフィルの魔力差は100倍はあろうか。
フィルならばこの山を焼き尽くす炎を用意できるに違いない。
心配しなければいけないのは、その炎が山を燃やし尽くさないか、それだけであった。
そう思ったセリカは、《雨乞い》の呪文をあらかじめ詠唱しておく。
そしてフィルに言う。
「フィル様、フルパワーであの植物を燃やしてください」
それを聞いたフィルは、満面の笑みで、「あいさー」と言うと、両手に炎を溜めた。
呪文の詠唱すらない。
「大木さん、ボクの炎魔法は熱いよー! 爺ちゃんが太陽の表面は1500万度、ボクの炎は一瞬だけでもそれに匹敵する! と言ってた」
実際はよく分からない。温度計で計ったわけではないからだ。
ただ、フィルの本気の炎魔法は岩さえも溶解する。植物が食らえばひとたまりもない。
事実、フィルの両手から放たれた獄温の炎は、瞬く間に意思を持った大木を焼き尽くす。
あっという間にその身体を燃え上がらせる。
すぐに灰にならなかったのは、太古の悪魔の化身の意地であろうか。
彼は魔法抵抗力を全開にさせると、数十秒、耐え抜いたが、それも儚い抵抗であった。
一分後に全身に炎が回った巨木は、ドシンと倒れ込む。
幸いなことに工房とは反対側に倒れたので、工房は無事であったが、その代わり山の木々に延焼した。
それはセリカの《雨乞い》の魔法で鎮火される――、
はずであったが、フィルの残した炎は強力すぎた。
あっという間に炎は広がる。
セリカは悲痛な声を上げる。
「わたくしの力では間に合いません。ああ、山が燃えてしまう」
フィルは即座に呼応する。
「大丈夫! ボクに任せて」
と魔法を使う。
フィルが無詠唱で放ったのは、
《津波》
と呼ばれる魔法。
なにもない空間に大量に水を発生させ、津波を発生させる禁呪魔法である。
フィルはそれをなんなく唱えた。
いや、使った。
すごい賢者だとは知っていたが、禁呪魔法をこうもあっさり使われると《雨乞い》の魔法をしっかり詠唱した自分が無能に見える。
雨乞いとて下位魔法ではなく、上位魔法なのだが。
少し嫉妬。
しかし、フィルはそんなセリカの心を知ってか知らずか、そのまま津波を操ると、
「ざっぷーん!」
という掛け声とともに、山に広がりかけた炎を一瞬で消してしまう。
そのお手並みは見事であった。
「さすがはフィル様です」
先ほどの邪念を捨て、彼女を褒める。
フィルの銀髪を撫でると、彼女はとろんとした目で、
「ありがとう、セリカ」
と微笑んだ。
こうして怠惰の悪魔の化身、巨大植物を倒したわけであるが、巨大植物は灰になると、一瞬で消えてしまった。
この植物は地獄の植物で、負ければこの世界に実体を残せないようだ。
まったく、とんでもない生き物だったが、取りあえず、身の安全は確保できた。
そう考えると急に力が抜ける。
それはフィルも同様のようで、
「喉がカラカラ」
と訴える。
極度の緊張で口の中は乾ききっている。
それにフィルは八面六臂の活躍をした。その体内からも水分は失われているだろう。
幸いと工房には美味しいお茶を入れてくれるメイドさんがいる。
彼女も心配していることだろうし、報告がてら、工房に戻り、お茶を所望しよう。
そう思ったセリカは、きびすを返し、工房に戻るのだが、彼女たちはそこでとんでもないものを見る。




