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熊のハチ。がおー

 山でのティータイムを終えたフィルたち、そのまま山を登る。

 セリカは登山にはなれていないが、普段、身体を鍛えていた。


 毎朝、庭をランニング、週に何度かは叡智の騎士ローエンに剣の稽古も付けてもらう。


 そんじょそこらの令嬢とは違う武闘派なのだ。


 叡智の騎士ローエンも若いころから研鑽を欠かさなかった強靱な肉体を維持しており、この程度の山ならばハイキングと変わらないらしい。


 シャロンは田舎育ちの都会暮らし、田舎にいたころならともかく、メイドという家仕事に染まりきった現在は、そこまで体力はない。しかし、いつまでもフィルにおぶさってもらうのは悪いので、ここからは歩くようだ。


 そしてフィルであるが、彼女は数ヶ月の及ぶ王都での暮らしも感じさせないくらいの足取りで山を登っていた。


 道中、知り合いのリスを見つけたら、木に登り、リスに話しかける。

 知り合いの熊を見かけたら相撲を挑む。

 知り合いのカーバンクルを見かけたら頭に乗せ、くるりと回り、紹介してくる。

 全身で楽しさと嬉しさを表現していた。


「山の友達はみんな元気みたいなの。嬉しい」


「良かったですね。お友達が元気そうで」


 セリカはにこりと微笑むが、間近に巨大な熊がきたシャロンは凍り付いていた。


「大丈夫、熊のハチは優しい子。メイドは食べない」


「く、熊の優しいは、し、信用なりません。ちょっと撫でたつもりが首が吹き飛ぶ勢いになります」


「そんなことないけどなあ」


 とフィルは大人しくしてるハチを撫でるように勧めてくる。


 シャロンは「ひ、ひぃ~」と腰を抜かしているので、代わりにセリカが一歩前に出る。


 保護者であるローエンは一瞬、視線を送ってくるが、それもすぐに制す。


 フィル様が目の前にいるのに間違いが起こりましょうか、そうささやくと止めなかった。


 セリカは恐る恐る巨大な熊の頭に手を添える。

 熊は大人しくなにも抵抗しない。

 されるがままに頭を差し出す。


「毛はごわごわしていますね」


「うん、セリカとは正反対」


「でも、気持ちいいです」


「それは熊も一緒だって。セリカは撫でるのが上手いって言ってるよ。ボクみたいに痛くないらしい」


「力が弱いからでしょう」


「かもしれないね」


 にこりと笑うフィル。

 その光景を見てシャロンも撫でたい、と申し出てくる。


 無論、断る理由はなかったが、あまりにもびびりながら手を差し出すシャロンは熊も怖かったのだろう。手が触れる直前で、「がお!」となる。


 その咆哮に驚いたシャロンは、腰を抜かした。


 フィルが熊のハチをげんこつでこつんとやると、ハチは反省したが、それでもシャロンは二度と熊に近寄らなかったという。


 叡智の騎士ローエンの後ろに隠れ、ぶつぶつつぶやいている。


「……このジビエの中でも格下の熊公が。いつか駆逐してやる。全部、シチューにしてやる……」


 そのような邪悪な心を読まれたから、吠えられたのかもしれない。

 セリカはそう思ったが、口には出さず、山登りを続けた。

 フィルは熊のハチにまたがると、その背中に乗る。

 のっしのっしと歩く熊。


「セリカも乗る?」


 とフィルは尋ねてくるが、断る。


 熊の背中は広く、大股開きになる。淑女らしくないと思ったからだ。


「ああ、そうか。ならボクも降りたほうがいい?」


「いえ、今日だけは特別です。なにせ、今日はフィル様の休暇ですから」


「良かった」


 と、にこにこのフィル。

 今日はフィルの心の病、ホームシックを治す旅。

 旧友である動物たちと目一杯触れさせ、遊ばせ、楽しませる。

 さすれば今後の心の栄養源となり、王都でも頑張れるはず。

 というのがセリカの計算なのだ。


 はしたないとか、おしとやかでない、という言葉は極力、封印するつもりであった。


 もっとも熊に乗るときにめくれてパンツ丸出しになったスカートは、さっと元に戻してあげるが。


 フィルはセリカの配慮を知ってか知らずか、その後もスカートなどないようにアクロバティックに動く。


 シャロンが呆れるほどであった。


「セリカさん。あれでいいんですか?」


 と指さす。

 いいのです、と、うなずくセリカ。


「フィルさんはこの山を出るまでスカートなどはいたことがない。今は昔に戻っているのでしょう」


「もしも王都でもやったら?」


「そのときはお仕置きです」


 にこりと微笑むセリカ。

 シャロンは思う。

 セリカの慈悲に溢れる心は特級品であるが、その笑顔はたまにすごく怖い。


なるべく怒らせないようにしなければ、シャロンはそんなことを思いながら、フィルのあとに付いて行った。



 その後、十数分で見慣れぬ館が見えてくる。

 山の中にあるにしては立派だが、間近で見ると少し朽ちている。


 まるで魔女の隠れ家のようなその館がフィルの実家らしい、と知ったのは、セリカの説明を受けてからだった。


「へえ、ここがフィルさんの実家なんですね。大きい」


 シャロンのいつわざる感想であった。


「大賢者ザンドルフの工房です。元々、朽ちていましたが、住む人がいなくなってさらに荒れていますね。うーん、これは対処をしたほうがいいかもしれません」


 セリカはうなる。

 叡智の騎士ローエンは同意する。


「フィル嬢に同意を取り付け、大工を呼んだほうがいいかもしれませんな。家というのは人が住まなくなるとすぐに痛む」


「そうしましょう」


 という結論になると、フィルの家に入ることになるが、すでにフィルは家の中に入っていた。


 セリカたちを待ちきれないようだった。

 無理もない。

 数ヶ月ぶりの我が家である。

 それにそこの主であった大賢者ザンドルフに会いたくて仕方ないのだろう。


 今回、ザンドルフはまだ帰ってきていない、と伝えてあるが、それでも祖父の残り香を感じたくて仕方ないようだった。


 フィルはこの数ヶ月で大分成長したが、根っこの部分はまだまだ子供。

 親代わり。いや、親そのものの大賢者ザンドルフに会いたくて仕方ないようだ。

 ただ、その大賢者はもうこの世界の人間でない。

 他界しているのだ。


 霊体になり、フィルを見守っているそうだが、まだ一度もフィルの前に現れていない。


 今後も出てきてくれるか、未知数である。

 あるいはそろそろ、フィルに祖父が死んだことを伝えるべきかもしれない。


 いつまでも隠し通せないし、フィルに死という概念を教えなければいけないからだ。


 だが、それは今日ではない。

 今日は心の疲れを癒やすバカンス。

 目一杯、実家を楽しんでもらうつもりであった。

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