ドラゴン殺しのお姉ちゃん
先ほどフィルが食べ物を恵んだ少女は、盗賊団の頭目の養子らしい。
頭目の親友の娘で、彼に養われながら、街に潜伏し、スリをし、情報を集めているのだそうだ。
「情報とはなんですか?」
セリカが尋ねると、頭目は答える。
「いつ街から我らの討伐軍が出てくるか分からないからな。それに俺たちをはめた貴族に復讐する機会を狙っている」
復讐はなにも生み出しません。そう言いたかったが、セリカは飲み込むと、フィルと女の子の関係性を尋ねた。
フィルはニコニコと答える。
「この子とはケバブ屋さんの前で会ったの。一緒にケバブを食べたの」
ね? と、つぶやくと黒髪の女の子は「まあね」と言った。
「この銀髪のお姉ちゃんにはいろいろお世話になった。この人の連れならば信用できると思う」
女の子は擁護してくれる。
盗賊の頭目も、
「お前が人を信じるとは珍しい。ならばこの一行は信用できるだろう」
とセリカから手付金を受け取ると、川に橋を架ける準備をする。
材料を手配し、人足を集める。
それを見た叡智の騎士ローエンは彼らに取り上げられていた剣を取り戻しながら尋ねる。
「橋はどれくらいでかかる?」
「半日もあれば。まあ、仮のものだが」
「半日か……」
大分、時間的なロスを強いられるが、それでもここで往生しているよりも何倍もいい。
セリカもそう感じたようで、頭目に尋ねる。
「残りの金額は後日、必ず届けさせますから、橋の件、お願いします」
「あいよ」
と頭目は気軽に応じると、そのまま橋を架ける指示を始めた。
川上にある村から木を買い付け、そのまま川を使って運ぶようだ。
あらかじめ借り組みして運ぶから、建築が早いとのこと。
ただ、仮組みに時間が掛かるから半日と見積もったそうだ。
その間、フィルたちは盗賊の隠れ家で羽を休めることとなった。
そこでフィルたちの面倒を見てくれたのは黒髪の女の子だった。
そこで初めて彼女は自分の名を名乗った。
「あたしの名はリーシャ、頭目の養子だよ」
「ボクの名前はフィル!」
元気よく名乗るフィル。
「お姉ちゃんはいくつだい?」
「ボクは13歳くらい!」
「へー、あたしとそんなに変わらないね。あたしは11歳」
たしかにそんなに変わらないが、リーシャは小柄で幼く見えた。
「あれ? フィルさんは14歳って言ってませんでした?」
ようやく解放されたシャロンが尋ねてくる。
「あれ? そうだっけ? 山では歳とか関係ないからよく分からないの」
そう言うとリーシャが尋ねてくる。
「お姉ちゃん、山ってもしかして竜の山じゃないだろうね」
「もしかしなくても竜の山だよ、ボクが育ったのは」
「まじか! あそこにひとり、飛んでもない女の子が住んでいるって伝説があったけど、もしかしてお姉ちゃんのこと?」
「とんでもない伝説?」
と尋ねたのはセリカだった。
「なんでも最強の賢者に育てられたとんでもない女がいるらしいって噂を聞いた。ドラゴンでさえ素手で倒すんだって」
それを聞いたフィルは、急にしなを作ると。
「そんなことありませんわよ。おほほ、ボク、ドラゴンを見るとすくみ上がりますことよ」
「フィル様、言葉遣いが変です。それにドラゴンを素手で倒す件は秘密にしなくてもいいですよ」
セリカが冷静なツッコミを入れる。
「あ、そうなの? なら、ほんとだよ、リーシャ、ボクはドラゴンを素手で倒す女の子」
「へー、お姉ちゃんがねえ。なんかあんまり強そうに見えないけど」
「たしかに強くは見えませんが、フィル様の力は天下一品です。片手で巨木を引き抜きます」
「ははは、そんなことできるわけが――」
とリーシャが言った瞬間、フィルはとことこと大木の前まで歩くと、そのまま巨木を片手で抜いた。
リーシャは呆れるといううよりも、「マジで!?」という顔をしていた。
フィルは巨木をぐるぐる回すと、元に合った場所に埋め直す。
一応、根が腐らないように回復魔法を掛ける。
「こ、これがドラゴンを素手で殺す女の子。す、すごい……」
リーシャは口をぽっかり開けるが、フィルの力は建設にも役立つと、盗賊の頭目に報告し、橋造りに参加をうながす。
フィルとしても早く橋を架けてほしかったし、断る理由はない。
フィルは上流から流れてくる木組みをひょいひょい持ち上げると、盗賊たちと橋を架ける。
フィルの怪力により、半日の工程がその半分で済んだ。
工事を行った盗賊は思った。
……良かった、この娘に襲いかからなくて、と。
そういった意味では頭目の義理の娘の大手柄である。
彼らはリーシャに感謝しながら、いそいそと橋をくみ上げた。
こうして組み上がった仮の橋は、のちにフィル橋と呼ばれ、ここを往復すると怪力無双の戦士になるという伝承が生まれるのだが、それはまた別の話。
フィルたち一行はその橋を通る。
馬車は街側の岸におき、盗賊たちに預かってもらうことにした。
フィルたちは無事、川を渡ると、彼らに手を振り、再会を誓う。
「またねー! リーシャ!」
フィルはおなかの底から大声を絞り出す。
リーシャも元気よく手を振り、
「じゃあねー! ドラゴン殺しのお姉ちゃん!!」
と笑顔で見送ってくれた。
こうしてフィルは新しい友人を手に入れつつ、氾濫した川を渡った。
川の向こう岸に着くと、懐かしい匂いがした。
山の匂いだ。
フィルが爺ちゃんと駆け回った山の記憶がよみがえった。




