はじめてのスカート
フィルに案内され、フィルの部屋に向かうセリカ。
一階は本と実験器具で埋まっていたが、二階も似たようなものだった。
今にも床が抜け落ちそうなほど、本が重ねられていた。
さすがは大賢者の家であるが、その大賢者の孫娘の部屋はどうなっているのだろうか、少し楽しみだ。
セリカは侯爵令嬢。幼き頃から英才教育を受け、同じ年頃の少女の部屋に行くなどというイベントはこなさなかった。
なのでフィルの部屋がどうなっているか、興味津々なのだが、フィルの部屋はそんな令嬢の想像の上を行った。
フィルに招かれ、入った部屋。そこは8畳くらいの部屋だろうか。侯爵家の屋敷の基準からすれば狭かったが、驚いたのはそこではない。それくらい間取りから判別できる。
セリカが驚いたのは、部屋になにもないことだった。
部屋の中央にぽつんとベッドが置かれている。粗末な木のベッドだ。
部屋の端には宝箱タイプの物入れと、棚が置かれていた。衣服などはすべてそこに入れられているようだ。
普通、女の子の部屋といえば小物やぬいぐるみなどがあり、カーテンもレースなどがされているものだが、フィルの部屋の飾り気のなさは異常だった。
(……いや、これが正常かもしれない)
そもそもこの部屋の持ち主は先ほどまで自分の性別が分からなかった少女だ。育て親である大賢者も女として育ててこなかったようだし、そのような少女の部屋がこうなるのはある意味、必然であった。
せめて女の子らしい服がないか確認することにした。
フィルの今の格好はぼざぼさの髪に粗末な布の服。下はスカートでなく、ズボンだ。質も良くなければ女の子らしさの片鱗もない。
一言でいえば浮浪児そのもので、王都の宮殿付近を歩けば、護民官に逮捕されてしまうほどの格好であった。
これからは女の子として生きていくのだから、せめて格好だけでもまともになってほしい、とフィルの衣装入れを漁るが、そこにあったのは、今着ている服のほうがましというレベルのものだった。
吐息を漏らしながらフィルに「服はここにあるだけですか?」と尋ねるが、彼女は「うん!」とうなずくだけだった。
ちなみに今着ている服は三日も着ているらしい。
種類が少ないだけでなく、着た切り娘のようだ。
これではいけない、と思ったセリカは大改革を始める。
まずはこの館の風呂場を探すと、フィルを真っ裸にして洗浄する。石けんを泡立て、身体をごしごし。
頭はセリカの荷物入れにあるシャンプーを使う。髪がさらさらになり、とてもいい香りがする香料入りのだ。
石けんは使っていたようだが、シャンプーは初めてみるフィル。泡泡だと喜んでいるが、それも最初だけ。香料が気に入らなかったようで、顔をしかめる。
それでも黙って洗い続けると、洗浄完了。
髪を魔法で乾かすと、持ってきたブラシですいてあげる。
ブラシは持っていたようだが、ところどころ歯が折れたブラシを使っている。このような質の良いものは使っていなかったようだ。
あっという間に髪をとかし終えると、ぼさぼさ頭が見事なストレートヘアーになる。
どうやらこの子はもともとストレートヘアーだったようだ。
あまりに手入れをしないから、実験室が爆発したかのような髪型になっていたようである。これからは洗髪と髪の手入れを欠かさないように注意する。
彼女は「はーい」と生返事をした。
髪をとかし、身だしなみを整えると、最後に服を着させる。
幸いとフィルとセリカに体型の差はほとんどない。若干、セリカのほうが大きいが、これくらいならば服の共有も可能だろう。
なので荷物入れから下着を取り出すと、それをはかせる。
絹のドロワーズをはかせると彼女は、「すごい、すべすべだ」と喜んだ。
「街へ行けば毎日はけますよ」
と言ったら、「街ってすごい」と目を丸くしていた。
さすがにドロワーズは買ってもらっていたようで、ドロワーズ自体にはおどろかなかったが、絹には興味津々のようだ。これを切っ掛けにお姫様っぽさを開眼してくれればいいが。
そんなことを思いながら下着の装着を終える。
胸当ては付けない。これはサイズが合わなかったので無理に付ける必要を感じなかったのだ。彼女の乳房はまだ膨らみかけだった。これは街におもむき、栄養状態が改善すれば自然と大きくなるだろう。
ただ、セリカの胸当てには興味津々のようで、頭に装着しては笑い転げている。はしたないのでやめさせると、服を着せる。
この館への旅は険路だったので、動きやすい服を中心に選んできたが、ドレスを持ってこなかったわけではない。パーティーには出れないが、屋敷を歩き回るにはちょうどいいドレスがあったのでそれを彼女に着せる。
白と黒を基調としたドレスで、銀色の髪を持つ少女にはぴったりだった。
(……というか)
似合いすぎである。
お風呂に入れ、洗浄し、髪をとかした辺りから薄々感づいていたが、もしかしてこの娘、とんでもない美少女なのではないか、改めてそう思い始めていた。
出会ったときは中性的な少年だと思ったが、こうして髪をとかし、ドレスを着せてみると、まるでドワーフの作った人形のような繊細さを持っていた。
銀色の月を溶かして紡ぎ上げたかのような銀髪。
均整の取れた肢体。
顔だちには気品があり、ほのかに染まった朱色の頬と、桜色の唇は、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
貴族の娘のようであるが、彼女は貴族ではない。王の落胤である。
まさしく、王家の威風を感じさせる容姿をしていた。
思わず見とれていると、フィルは飽きてしまったのだろう。初めてはくスカートを持て余していた。
「なにこれ、股が裂けてる。破れてるの?」
「それはスカートという着物です」
「ふーん、そうなんだ。きっと、びんぼーだからズボンを買えないんだね」
哀れみの目を向けてくる少女。
これは女の子が着けるものなのよ、と説明するが、ぴんとこないようだ。
「なんか全体的にひらひらだね。女はこんなの着てるんだね」
まいっか、とスカートを弄ぶのをやめると、走り出した。
どこにいくのだろう、と尋ねると、フィルは闊達に答える。
「爺ちゃんに見せてくる!!」
「ザンドルフ様に?」
「そう、爺ちゃんは珍しいものが好き。股の裂けたズボンは珍しがるはず」
と駆け出すが、案の定、盛大に転ぶ。
スカートになれておらず、足を取られたようだ。
おもいっきり顔から地面に突っ込んだが、彼女は立ち上がり、にこりと微笑む。
「……えへへ、どじった」
と漏らすとそのまま一階に向かった。
今度はスカートを手で持ち上げていたが、持ち上げすぎて足が丸見えだ。まったく、淑女のたしなみが一切ない。
セリカは呆れながら、フィルの後ろに付いていった。