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ぐっどあいであ

 フィルが世話になっている白百合寮の歓談室へ行く。

 途中、メイド服姿の少女シャロンと出くわす。


「ぼんそわーる♪」


 とセレスティア王国の隣にある国の公用語で話しかけてくる。


「シャロンさんは隣国の出身なのですか?」


 と問うと、まさか、と首を横に振る。


「ですがいつか行ってみたいとは思っています。隣国、エルティアは花の都と呼ばれていますからね。フレンチ・メイド服発祥の地でもあります」


「相変わらずメイド服が好きだね」


 くすくすと笑う。


「はいな。メイドさんはメイド服を着てナンボですからね。さて、お二人方、今日はなにやら相談のようですが、お茶をお持ちしましょうか?」


「お願いします。……できれば精神が落ち着くものを」


「ならばカモミール・ティーを」


「ありがとうございます」


「ところでなにかあったのですか?」


「……ええ、まあ」


 言い淀んだのは、彼女に伝えていいか迷ったからだ。


 隠し立てするようなことではないが、彼女は口にメイド服が付いているような少女。つまり、おしゃべりだ。


 以前、「わたしに話すということは、みんなに伝えていいことと同義である」えっへんと胸を張っていたのを思い出す。


 しかし、こうも言っていた。


「あらかじめ絶対に他者に漏らしては駄目と伝えて貰えれば、拷問されても話さない自信がある」と。


 まあ、拷問されるくらいならば素直に口を割って欲しいのだが……。

 そう思ったセリカは彼女に話すことにした。

 もちろん、「内密に」と釘を刺す。 

 彼女は自分の口にチャックするジェスチャーをする。

 フィルはそれを可笑しそうに見つめていた。

 そんなフィルをセリカは見つめる。


「これはフィル様にも同じことが言えます。今からフィル様の気持ちをわたくしが言語化しますが、フィル様、あまり他人に吹聴しないように」


「どして? ボクの気持ちなんだよね?」


「まあ、そこまで深刻になるものではないのですが、一応」


 フィルの天真爛漫さはクラスメイトを魅了している。クラスに彼女に敵対するものはいないだろうが、礼節科の上級クラス。中等部や高等部には彼女を嫌うものもいるらしい。


 フィルのような田舎者が人気を得ているのが気にくわない、そんな連中もいるのだ。


 そんな連中にフィルの弱みを公言するのはよくないことだろう。


 そう思ったが、そのような人間関係を彼女に説明する必要はないので、駄目なものは駄目、で通す。


 素直な彼女は大抵のことはそれで受け入れてくれる。

 今回も「分かった!」

 と、シャロンの真似をして口にチャックをした。


「それでは説明しましょうか。我々が思い悩んでいることを」


 セリカはそう前置きすると、フィルが今朝から胸に抱いているわだかまりの感情を一言で説明した。



「ホームシック」



 あるいは、



「里心が付いた」



 それはクラスメイトのシエラが言った言葉であるが、フィルはまだ理解していないようだ。


 フィルはこの十数年間山で暮らしており、祖父のもとを片時も離れたなかった。


 そんな少女がホームシックなどという言葉を理解できるわけもなく、説明するのに難儀するかと思われたが、シャロンが簡潔に説明してくれた。


「ああ、フィルさんはホームシックになったのですね。ホームシックとは、自分の家に帰りたいという気持ちのことです。自分の大好きな人に会いたいという気持ちです。このわたしも掛かったことがあります。田舎から出てきた当初、毎日、母親が夢に出てきて、朝、起きたら枕が濡れていたものです」



 その言葉を聞いたフィルは、

「それな!」

 と指を指した。


「ボクもそうなの。今朝、山の仲間の夢を見たの。そしたら悲しかったの。変なの。仲間が夢に出てきたのに泣くなんて」


「きっと、寂しいのですよ。それが夢となって形になったのです」


「そういうものなのかー」


「シャロンさん、説明ありがとうございます。実はそれでフィル様の食欲が激減、勉強も身に入らないようでして」


「それは大変。でも、食欲がないのは、寮の経費的には助かるかも」


 シャロンは冗談めかして言うが、セリカが真剣だったので、表情を改める。


「たしかに学生が勉学に身が入らないのはいけませんね。ならば早急に解決せねば」


「学院にある森に連れて行き、そこでピクニックでもしようと思ったのですが、どうでしょうか?」


「自然に触れ合えますが、フィルさんが会いたいのは知らない動物ではなく、知己の動物たちなのでは?」


 フィルはぶんぶんと縦に首を振る。


「ならばフィルさんを故郷の山に連れて行く、ということですか?」


「それが一番なのではないでしょうか?」


「しかし、遠すぎます。馬車で数日は掛かる。学院を長期に休むわけにはいきません」


 フィルの成績はただでさえ赤点。そこに長期休暇の申請を出すなど自殺行為。

 カミラ夫人から三行半を突きつけられ、そのまま放校される恐れもある。


「なにを言っているんですか。フィルさんの故郷がどこかは知りませんが、先日、我々がエルフの森に行ったときのことを思いだしてください」


「……ま、まさか」


 セリカの表情が青くなる。


「また、あのときの方法を使えばいいんですよ。そうすればばびゅーんって週末の休暇だけで帰ってこられます」


 あのときの方法とは、フィルが切り倒した大木にまたがり、それをフィルが投げる。


 それにフィルがジャンプして乗り込み、目的地まで到達するという荒技だった。

 あれに乗ったセリカだったが、あのときは生きた心地がしなかった。


「い、いやです。あれだけはもう勘弁してください!」


 セリカが珍しく取り乱したからだろうか、シャロンはくすくすと笑う。


「冗談ですよ。あれはわたしも嫌です。そこで一計を案じたのですが、学院にある転移装置を借りたらどうでしょうか? フィルさんの故郷の山は南の方ですよね? たしかその付近の街まで直通の転移装置があったはずです」


「なるほど、それは良いアイデアですね」


 セリカは胸をなで下ろしながら同意する。


「では、さっそく行ってみましょうか」


「え? シャロンさんも一緒にくるんですか?」


「一度、フィルさんの故郷を見ておきたいのです。それにわたしが残っていると口のチャックが緩んでしまうかもしれません」


「要は連れて行けば秘密が漏れる心配はない、と?」


「そうです」


 にこにこと笑うシャロン。口が堅いのではなかったか、と突っ込みたいところだが、たぶん、一緒に付いてきたいだけなのだろう。


 転移装置の存在を思い出させてくれた功績もある。

 そう思ったので随行を許可する。


「ただ、フィルさんの故郷の山脈は、ドラゴンの住処として有名です。荒事になっても責任は取れませんからね」


「大丈夫。フィルさんがいるから」


 と自信満々のシャロン。

 たしかにそれはそうだけど。


 こうしてフィルたちは、転移装置を使ってフィルの故郷に戻るのだが、それには学院長の許可がいる。


 果たして彼は使わせてくれるだろうか。

 それだけが少しだけ心配だった。

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