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聖なる少女フィル

 ホーリーの直撃を受けたと思ったフィル。

 セリカは同士討ち、フレンドリーファイアをしてしまったのだ。

 そう嘆いたが、すぐにとあることを思い出す。


 神聖魔法。特に《聖なる一撃》の魔法は、善き心を持つものには害が少ないことを。


 昔、とある高位の司祭がホーリーの一撃を食らったとき、かすり傷だけで済んだという逸話を思い出す。


 フィルの良い子具合は、セリカが一番よく知っていた。


 この一撃も大事にはならないはず、そう確信したというか、そうであって欲しいと願った。


 もしもフィルがこの一撃で傷ついてしまったら、セリカはその場で髪を切り、誰も知らないような山奥の修道院に入るつもりだった。


 未来の女王を、いや、大切な友人を傷つけてしまうというのはそれくらい重い罪であった。


 フィルならば笑って許してくれるだろうが、セリカの矜持がそれを許さないだろう。


 ――ただ、その仮定もフィルがセリカのホーリーにより傷つけば、の話であった。


 セリカのホーリーをまともに受けたフィルであるが、彼女は衝撃どころか、傷ひとつ負っていなかった。


 それどころか、神聖な光はフィルを優しく包むと、彼女の身体を回復させていた。

 皮の破れた手の甲はみるみるうちに回復。流血も収まっていた。

 お肌の色艶もいつもより良くなっている気がする。


 彼女は、

「ほえ?」

 という表情で自身に起きた奇跡に困惑していた。


 それはセリカも。


「……高位の司祭でもダメージはゼロではなかったはずなのに」


 思わず漏れ出る言葉。

 たぶんであるが、フィルの心は高位の司祭よりも清らかなのだ。


 まるで生まれたての赤子のようにその心は清らかで、その身体は天使のように無垢なのだ。


 だからホーリーでダメージを受けるどころか、そのエネルギーを吸収してしまい自分の糧にできる。


 つまり、炎系の魔物が炎系の魔法を受けると回復してしまう現象と同じだ。

 フィルはその存在そのものが神聖なのだ。

 セリカはある意味呆れたが、すぐにとあることを思いつく。


「フィル様、今です。今、その身に纏っているオーラを一点に集中し、ガーゴイルをぶん殴ってください」


 その言葉を聞いたフィルは我を取り戻す。


 セリカの言葉に常に従順で信頼を置いてくれているフィル。迷うことなく実行してくれた。


 その場で跳躍すると、空中で腕をぐるぐる回す。

 ガーゴイルが飛んでいる高さまで達するとこう言った。


「ガーゴイルさん、今からぶん殴るけど、なにか言い残すことはある?」


 フィルは長年の経験で、ガーゴイルがその一撃で沈むことを知っていたのだ。


「…………」


 ガーゴイルには言語能力はない。

 表情筋もない。


 死という概念もないのかもしれないが、セリカには不思議とガーゴイルが観念しているようにも見えた。


 そう感じた瞬間、フィルの拳が振り下ろされる。

 聖なる輝きを持った一撃。

 セリカの聖なる魔力とフィルの豪腕のコラボレーション。

 それはあれほど苦戦したガーゴイルをたったの一撃で粉砕した。


 フィルの拳を受けたガーゴイルの胸部には大きな穴が空き、そこから聖なる魔力が流れ込む。


 穴が空かなかった部分にもひびが入り、それが広がるとガーゴイル像は砕け散った。




 こうしてフィルとセリカは修道院に生まれた悪しき邪像を破壊したのである。

 フィルたち一行は、見事、修道院の事件を解決した。


翌朝、バラバラに砕けたガーゴイル像を見て、修道院長は立ちくらみを覚え、そのまま倒れてしまったが。



午後、やっと事態を飲み込み、精神的にも回復した修道院長。


 修道院の守護像が破壊された事実もだが、守り神であるはずの像が悪さをしていたのがかなりショックなようだ。


 まだ顔色が悪い。

 ただ、フィルたちの勇気、それに尽力には感謝してくれているようだ。

 温かい言葉をくれた。


「まさかそんなにも強い魔物が潜んでいるとは思いませんでした。危うく、親友の生徒を傷つけてしまうところだったかもしれません」


 フィルは彼女を気遣うためにまだ傷が残る右手は隠しながら言う。


「あんなの、余裕なの。あと100体でも倒せるの」


 セリカもそれにならう。


「フィル様の力は天下無双です。気にしないでください」

 と。


 修道院長はそれで心穏やかになったようだが、フィルはとあることを思い出し、懐からカードを取り出す。


 それはカミラ夫人の紹介状だった。


「あのね、おばさん、ここに花丸を書いて欲しいの。ごほーしをすると単位として認めてくれるんだって」


「もちろん、構いません」


 と修道院長はそれを受け取ると、花丸を書く。

 それを見たフィルはにまにまと笑顔を浮かべる。


 他人に認められるのが嬉しいのか、それともカミラ夫人に小言を言われなくなると思っているのだろうか。


 判断は難しいが、その後、文字でもフィルたちを賛辞する文章が書き添えられると、フィルはそれを大事そうにバッグに閉まった。


 セリカに買ってもらったばっかりのバッグ。ひまわり色の可愛らしい小物入れの中に入れる。


 その仕草はちょっとだけ女の子ぽかった。

 修道院長は「可愛らしいバッグですね」と褒める。

 フィルはいつものように反論する。


「これは格好いいバッグなの!」


 修道院長とセリカは視線を交差させると微笑む。

 やはりこの娘の感性は普通とは違う、と。

 しかし、それでもこの娘の笑顔のなんと魅力的なことか。

 それは言葉に出さなくても誰しもが感じることだった。

 フィルは出会う人物、すべてを感化し、魅了してしまう。

 フィルのような娘を嫌うことはどのようなへそ曲がりにも不可能ではないのか。

 最近、セリカはそう思う。


 ましてや修道院の長を務め、人格的にも陶冶された修道院長がフィルを愛さない理由などない。


 こうしてフィルは、またひとり、重要な人物をたらし込む。

 王都にある古き修道院の長。

 彼女もまた、フィルの後見人として、終生、フィルを助けてくれることになる。

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