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カミラの部屋

 セレスティア侯爵家の舞踏会はこのようにして終った。


 その結果はフィルのダンススキルの向上。社交スキルの向上、など、セリカとしては満足いくものだった。


 さらに視点を家レベルに上げると、ボールドウィン家とよしみを結べたのが大きいだろうか。


 ボールドウィン伯ランスロートは、翌日、「しらふ」でセレスティア侯爵家に訪れると、昨日の非礼を詫び、王弟派に対抗する旨を伝えてきた。


 詳しい話は家長代理である兄が聞いたそうだが、以後、全面的にセレスティア侯爵家に協力し、侯爵家が保護している「天使」に忠誠を誓うと誓約書を提出してきた。


 ランスロートはたったの一夜でフィルが王の落胤であることを見抜いたようだ。


 いや、フィルがたったの一夜であの老人を魅了したと言い換えることもできるかもしれない。


 ともかく、セリカとしては最良の結果を生んだのでよしとすべきであった。


 兄や姉も手放しでセリカの功績を称揚し、父親にその旨を伝える手紙を書いてくれた。


 鼻高々であるが、いつまでも浮かれてはいられなかった。

 ダンスのスキルが向上したのはいいが、ダンスの試験に合格したわけではない。


 せっかく、ボールドウィン家が味方してくれたのに、未来の女王が留年しましたでは話にならない。


 というわけでセリカは心を鬼にし、ダンスルームでフィルを鍛えたが、その効果があったのか、フィルはダンスのテストで高得点をたたき出した。


 なんとクラスで一番になったのだ。



「さすがはフィル様ですわ!」

 


 と張り出された得点表を見て、セリカは小躍りする。

 フィルもまんざらそうではなく、頭をかきながら、「えへへ」と喜んでいた。

 こうしてペーパーテストの赤点を実技で補ったフィル。


 しかし、赤点を取った事実は変わるわけではなく、カミラ夫人に呼び出されてしまう。


 カミラ夫人とは礼節科の学科長。

 この学院のお偉いさん。フィルがもっとも苦手とする女性だった。

 彼女は怒りん坊で、フィルを叱ってばっかりいる。

 いわく、廊下で走るのは駄目。バック転禁止。パンツをはけ。

 小言がうるさい。

 なので近づかないようにしていたが、呼び出されてしまってはしかたない。

 渋々と学科長の部屋に向かう。

 学科長の部屋は教員棟の上階にある。

 フィルは呼び出しの常習犯なので慣れた足取りでそこに向かう。


 道中、担任のミス・オクモニックと会ったが、彼女は呆れ顔でまた呼び出されたのですか、と嘆いた。


「またなの。カミラ夫人は暇だよね」


 と言うと、フラウ・フォン・オクモニックはなんともいえない顔で見送ってくれた。


「がんばってくださいね」


 と小さな声援もくれる。


「がんばる!」


 と、学科長室へ行くと、カミラ夫人が机で仕事をしていた。

 この人はいつも書類に目を通している。そしてその最中は絶対、顔を上げない。


 それを知っていたので、入り口付近に置かれている椅子にちょこんと座ると仕事に区切りが付くのを待つ。


 5分後、カミラ夫人は話しかけてくれた。


「フィル。やっと静かに待つことを覚えたようね」


「えへへ、いっぱいここに呼び出されたからなの」


「あまり褒められたことではありませんが、ひとつ、マナーを覚えたみたいで私としては嬉しいです」


「ボクも嬉しい」


「それはなにより。さて、今日はどのような要件で呼び出されたか分かりますか?」


「分からない」


「即答ですね」


「うん、だってボク、最近、叱られるようなことはしてないの。ずっといい子にしていた」


 たまにしか廊下で走らないし、バック転もセリカの前でしかしない。パンツも毎日はいてる。たぶん。


 怒られるような理由は思い浮かばない。


 ――成績以外は。


 そう思っているとカミラ夫人はその成績を指摘してきた。


「先日のダンスの実技、見事だったようですね。それは褒めましょう。しかし、その前の座学の試験はなんですか」


「ま、まるがいっぱいだったの」


「それを零点と言います。あなたの担任のミス・オクモニックは、実技と平均して評価してくださいと申し出てきましたが、仮に平均したとしてもあなたの得点は完全無欠の赤点です」


「ちゅ、中央値では?」


「さらに悪くなります」


「最頻値は?」


「最悪になります」


「ならボクにどうしろっていうの!」


 と叫びたくなったが、さすがに黙って耐える。そんなことを口にすればさらにお叱りを受けるからだ。


「――ここで黙るのは賢明ですね。先ほども言いましたが、私は最近のあなたのがんばりを評価しているのですよ。ですからあなたにチャンスを与えましょう」


「チャンス?」


「そうです。紙のテストが駄目ならば実技。その発想は悪くありません。ですが、ダンスだけでは進級させるわけにもいかない。そこでもうひとつ身体を動かして点を稼いできてください」


「身体を動かすのは得意なの」


「ならば簡単ですね。フィル、あなたには奉仕活動をしてもらいましょう」


「ほーしかつどん?」


「食べ物ではありませんよ」


 どうやらカミラ夫人にも食いしん坊キャラと認知されているようだ。


「奉仕活動とは学内、もしくは学外で困っている人を助ける行為のことです。この学院の神学科や聖女科などではよく行われていることです」


「ふむふむ」


「困っている人を助け、徳を積み、神の恩寵に報いるのですが、なにも奉仕は彼らの専売特許ではありません。礼節科の人間も行っていいでしょう」


「わかった! やる!」


「その意気です。それでは紹介状を書いておきますので、この修道院に行ってください」


「修道院ってなに?」


「修道女がいる神に祈りを捧げる施設です」


「へえ、分かった」


「――分かりました」


 と睨み付けてくる。

 最後くらいしゃんとしなさいということだろう。


 フィルは、

「分かりました」

 と丁寧に手紙を受け取ると、カミラ夫人の部屋をあとにした。

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