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ランスロートの危機

 ランスロートはすでに馬車に乗って旅立ったらしい。


 セレスティア侯爵家の使用人は、

「馬車を使いますか?」

 と尋ねてきたが、フィルは丁重に断る。


「しかし、ボールドウィン伯の馬車は駿馬を揃えていました。走っても追いつくものでは……」


 と言いかけた使用人だが、言い終えるよりも前にフィルは走り出していた。

 あっという間に前までたどり着いていた。


「まるで鷹のような素早さだ」


 使用人は目を丸くした。

 風と一体の速度で走るフィル。


 このままならばあっという間に追いつけるだろうが、問題はどうやって伯爵を探すか。


 フィルはあのおじいさんの家を知らない。王都の道にも詳しくない。

 ただフィルには他人にない武器があった。

 それは嗅覚である。

 山育ちであるフィルは、動物のように嗅覚が鋭かった。


 この王都にやってきてから、様々な匂いに触れ、山で暮らしていたときよりも鈍っているが、それでもまだ役に立つ。


 ボールドウィン伯爵ランスロートが放っていた酒の匂いは、鮮烈にフィルの脳裏に刻まれていた。


「……くんくん……、近い」


 セレスティア侯爵家から常人の足で10分ほど歩いたところ。

 そこでフィルはランスロートを補捉した。

 馬車はかなりの速度で走っていた。

 ただフィルのほうが早いから、このまま併走してドアを叩くことも可能だ。


「それはあのおじいさんが驚くかな? それにおしとやかではないかも……」


 悩んでいると、馬車は急に止まった。

 なにごとだろう? フィルの足も急に止まる。

 目をこらして確認すると、ランスロートの馬車の前に馬車が飛び出したようだ。

 急ブレーキをかけた跡が見える。

衝突はしなかったようだ。


 と胸をなで下ろしていると、飛び出してきた馬車の中から黒ずくめの男たちがわらわらと出てきた。


 彼らは皆、小剣や長剣などで武装していた。


 それを見たランスロートの馬車の馭者、それに護衛のものたちも飛び出し、剣を構える。


 静かな王都の街角が、剣呑な雰囲気になる。


 夜も更け、大通りから外れているため、他に人はいないが、辺りは騒然となっていた。


 その光景を見てのんきにしていられるほどフィルは馬鹿ではない。

 フィルはすぐにとある考えが浮かぶ。



「これは大貴族のおじいさんを亡き者にしようとしているのではないか」



 爺ちゃんに習ったことがある。貴族たちは互いに気に入らないものを「暗殺」することがあるのだ。


 これが暗殺というやつで、その現場に居合わせてしまったのではないか。

 そんな考えに至ったが、その考えは間違っていなかった。

 ランスロートが大声を張り上げたからである。



「貴様ら! ワシをこの国の貴族、ボールドウィン伯爵家の当主と知っての狼藉か?」



 その激烈な問いに黒づくめの男たちは無言で答える。


「…………」



「……古来より沈黙はイエスと相場が決まっていてな。まあ、なによりもその殺気が証拠」


 ランスロートは自嘲気味に漏らすと、自身の腰から剣を抜く。


「いいだろう。掛かってこい。この老いぼれの首が欲しければ実力で奪って見せよ!」


 ランスロートがそう宣言すると、即座に戦闘が始まった。

 闇夜に鳴り響く剣の音――。

 金属と金属がぶつかり合う音。

 それらは数合に渡ったが、時折、ザシュッ、と肉を切り裂くような音が聞こえた。

 そのたびに黒づくめの男か、ランスロートの護衛が倒れる。

 戦況は五分五分に見えた。


 ただ、五分五分ではまずい。このまま同じ数が倒れていけば、数の少ないランスロートの側が先に全滅する。


 ランスロートは思わず舌打ちした。


「酔いが回りすぎたか。歳は取りたくないものだな」


 酔えば酔うほど強くなる。


 酔剣という技がこの世界にはある。ランスロートはそれを極めたとはいわないが、この程度の酔いで剣が鈍るほどやわではなかった。


 ――昔ならば、であるが。


 現役から退き、歳を取った今、酒は剣技と動きを鈍くする効果しかないようだ。


 護衛たちも優秀ではあるが、暗殺者たちも訓練を受けた手練れ、このままではこちらが先に殺されるだろう。


 まったく、戦場を闊歩し、幾度も死線をさまよった自分が、今宵、こんなところで死ぬなどとは夢にも思っていなかった。


 人生とは分からぬものであるが、まあ、それも仕方ない。

 連れてきた護衛の質と数、それに自身の老いを計算に入れてなかった自分が悪い。


 それに『王弟派』たちが昨日の今日でこのような真似をしてくるとは想像しなかったのも悪い。


 ランスロートは、一週間前、今宵の宴のような真似をし、ロッテンマイヤー家を散々にからかってきた。


 ロッテンマイヤー家は味方するに値せず、と居並ぶ貴族の前で公言してきた。


 それで矜持を傷つけられたのだろうか。あるいは味方にならぬならいっそ、と思ったかは定かではないが、暗殺者を呼ばれる事態になったわけだ。


 まったく、ロッテンマイヤーの小せがれは老人に対する思いやりがなさ過ぎる。やはり味方しなくて正解だったか。


 と、思いながら剣を振るい、三人目の暗殺者を葬った。

 ランスロートはそこで一息つくと、護衛と馭者に命令する。


「数が多すぎる。引くぞ」


 そんなことを言われても暗殺者たちにそのような隙はない。

 それは分かっていたので、ランスロートが血路を開くことにした。

 やつらの狙いは自分。自分が逃げ出せば自分を追ってくるはず。

 そう思ったのだ。

 ランスロートは護衛たちに言葉を残す。


「お前たちは南に逃げろ、女房と息子には、ワシは最後まで勇敢に戦ったと報告しろ。いいか、ワシに付いてきたものは縛り首だぞ」


 そう言い残すと、ランスロートは走り出した。


 護衛たちはランスロートを追いたかったができなかった。なぜならば暗殺者たちが彼らを足止めしたからである。


 半分ほどがその場に残り、護衛を釘付けにする。

 残りの暗殺者たちはランスロートを追った。


 しかし、それで護衛たちの戦況は一変する。元々、歴戦の戦士たち、一対一ならば暗殺者たちなど相手にならなかった。


 十数分後、彼らは暗殺者たちを倒すが、その後、ランスロートを追った先で見たのは信じられない光景だった。

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