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酔いどれ老人と山だし少女

 遅れてやってきたボールドウィン伯ランスロート。


 彼はやってきた時点で酔っ払っており、とんでもない発言で会場を沸かしたが、古参の貴族に言わせれば平常運転であった。


 昨今、パーティー自体に顔を出さなくなって久しいが、昔はこのような座興をすることで有名だったらしい。


 それがあまりにも度が過ぎると、一時期、社交界からつまはじきにされていたこともあったそうだ。


 しかし、彼は国家の元勲にして重鎮、誰もその存在は無視できなかった。

 特に今日、この会場に訪れたセレスティア侯爵家の親派の貴族や商人にとっては。


 彼らは次期国王に現国王の弟たちがふさわしくないと思っていることで共通している。


 彼らが次期国王になるのであれば、遠縁とはいえ、セレスティア侯爵家のものが王位を継いだほうがいいとさえ思っている。


 ならばここはセリカに協力し、ランスロートをこちらの派閥に組み込むべきだ、と多くのものが思った。


 ゆえにこの会場に娘を連れてきた貴族は、こぞってセリカに協力をした。

 セリカは彼女たちを控え室に呼び出すと、説明する。


「みなさん、このたびはわたくしごとに協力してくださり、感謝の念が絶えません」


 深々と頭を下げるセリカ。恐縮する令嬢たち。

 彼女たちを代表してとある子爵令嬢は言う。


「父上にこの身を役立てよ、と言われております。この身、侯爵家のためにお使いください」


「そのように堅くならなくても結構ですよ」


 セリカは場を和ませるために笑みを見せる。


「ボールドウィン伯は変わりものですが、紳士の中の紳士、みなさんに無茶はさせません。彼が望んでいるのは自分の前で芸をすることです」


「芸……ですか?」


「はい。楽器でも踊りでも、絵画でもなんでもいい。自分の得意なことでワシの心を震わせてみせよ、とのことです」


「そんなことでいいのですか?」


「そんなことでいいのです。皆さんは幼少期から習い事をされていますよね? 一番得意なものを披露してください」


 セリカが言うと、とある令嬢は挙手する。


「私はピアノが得意です」


「ならばグランド・ピアノを用意させましょう。名工アルセッツァーが造った一品が母屋にあります」


「まあ、素晴らしい」


 とある令嬢はヴァイオリンを所望した。


「ヴァイオリンも母屋に。ウェルストラート製のものがあります」


 これもひとつで庶民の家が建つくらいの値段がする楽器であった。

 令嬢たちは各自、自分の特技を口にするが、やはり音楽などが多かった。

 上流階級の令嬢は、幼き頃からなにかしらの音楽を習わせられるのだ。

 かくいうセリカもピアノにヴァイオリンを弾き、それにフルートも吹ける。

 家族兄弟もなにかしらの楽器が弾け、小さなコンサートを開けるほどであった。

 次々と役割を見つける令嬢たちだが、中には変わったものもいる。


 アードノス男爵家の令嬢、つまりテレジアなどは「剣舞」を披露したいと申し出る。


「皆が楽器ではつまりませんわ。わたしは剣舞をするので儀典用の剣を用意してください」


 もちろん、用意するが、テレジアがこの余興に参加してくれたのは意外だった。

 フィルとの出逢い、和解によってなにか変わりつつあるのだろうか。

 そう考察したが、それを言語化する必要はなさそうだ。

 彼女は剣を受け取ると張り切りながら練習を始めた。


 音楽以外の特技と言えばバレエが得意な令嬢は舞を。

 詩作が得意な令嬢は即興で詩を読む。

 絵が得意な令嬢は絵画を描く。

 などでまとまった。


 これだけ多種多様な芸を用意すれば、ボールドウィン伯もどれかひとつくらいは気に入るだろう。


 セリカは確信したが、それは伯を甘く見すぎていた。

 自分にさえ厳しいランスロートは、当然のようにそれを他者にも求める。

 婦女子とはいえ容赦がなかった。


 ピアノを弾いた娘には技術が先行し過ぎて心がこもっていない。

 ヴァイオリンを弾いた娘には名器が泣いている。

 バレエを披露した娘には猿の踊りのほうがまし。

 詩を紡いだ娘には独り善がり。

 絵を描いた娘には抽象画か、と鼻で笑った。


 テレジアに至っては剣舞というよりも棒踊りだな、と三秒ほどで見るのをやめてしまったほどだ。


 気位が高い令嬢、困難になれていない令嬢たちは、次々に控え室に戻り、泣き始めた。


 テレジアだけは肩を振るわせ悔しがっていたが。

 その様子を見てセリカは心を痛める。


 このままでは伯を味方に付けないどころか、彼女たちの心を傷つけるだけではないか。


 そう思いこの余興をやめさせようと思ったが、ぽんとセリカの肩を叩くものがいた。


 フィルである。

 一部始終を見ていたフィルは、セリカに言う。


「あのおじいさん、酷いの。だからボクがみんなの敵を取る」


「フィル様……」


「ぎゃふんと言わせるけど、いいよね?」

 セリカは迷ったが、結局、首を縦に振る。


 伯爵を味方に付けられないのは残念であるが、ここまでされてまで味方に付けるべきではないと思った。


 セリカにも、侯爵家に味方してくれる人々にも自尊心や矜持がある。

 それらを捨て去ってまで得る味方に価値などないと思われた。


「……分かりました。ぎゃふんと言わせてきてください。……ただし、やり過ぎない程度に」


「分かってるよ。ボクは暴力は嫌いなの」


 フィルはそう宣言すると、ランスロートのもとまで向かう。

 老伯爵の前までおもむくと、にこりと微笑む。


 ランスロートは一瞬だけ目を見開いてフィルを観察したが、次の瞬間には毒舌を吐いていた。


「セレスティア侯爵家もついに人材が尽きたか。このような山だしを出してくるとは」


「ボクが山に住んでいたのよく分かったね」


「匂いで分かる。猿と猪の匂いがするわ」


「ボクは好きな匂い。少なくともお酒の匂いよりは」


「小娘に酒の良さが分かって堪るか」


「ちなみにボクが最後の選手。今日の余興はこれでお終いだって」


「ほう、セレスティアの末娘はもう諦めたのか」


「逆におじいさんが見放されたのかもよ」


「いいよるわ。さて、最後にお嬢ちゃんはなにをしてくれるのかね?」


「腕相撲、かな」


「腕相撲だと?」


「うん、さっき、テレジアの舞をすぐ見るの辞めたでしょう。こんなの剣舞じゃないって」


「剣舞ではなかったからな」


「おじいさんは昔、戦場で戦ってた武人さんなんだよね? 偉い騎士なんだよね?」


「そうだ」


「なら、小娘であるボクに腕相撲で負けたら爽快だと思わない?」


「聴衆は喜ぶし、社交界で永遠に笑いものになるだろうな」


 ランスロートは自嘲気味に言うと、近くにいたものにテーブルを持ってこさせる。


「いいだろう。その勝負受けて立つ。ただし、手加減は一切しないぞ。腕が折れても泣き言をいうなよ」


 と、古風な貴族特有の衣服を脱ぎ捨てる。上半身をさらけ出す。

 そこには無数の古傷があったが、それよりも驚くべきはその筋肉だろうか。

 とても老人のものとは思えない。

 筋骨隆々、まるでトロールのようであった。

 しなやかにして一片の無駄もない理想的な身体がそこにあった。

 周囲の人間は息を飲むが、フィルは気にした様子もなくこう言い放った。


「おじいさん強そうだね。でも、ボクに勝てるかな?」


 フィルの身体はどこからどうみても華奢であったが、テーブルに肘を付ける姿は様になっていた。


 強者の貫禄を感じさせた。


 無論、会場の人間たちはフィルの怪力を知らないが、セリカやテレジアなどはフィルがいい勝負をするのでは、あるいは勝つのではないかと思っていた。


 舞踏会の参加者たちは老人と少女の奇妙な対決を固唾を飲んで見守っていた。

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