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執事と羊ってなにが違うの?

 馬車が敷地内に入る。


 母屋にたどり着くまで馬車でもそれなりに時間が掛かるのがセレスティア家の豪壮さの一端を表していた。


 さすがは王家に連なる名門貴族、その屋敷も格式にふさわしいものなのだろう。

 メイドのルイズは誇らしげに説明をするが、フィルの耳には届かない。


 もしもここで山のみんなと隠れんぼをするなら、どんな戦略をとるか。そのことで頭がいっぱいだった。



(リスやカーバンクルは庭の木に隠れるの。熊は穴を掘って身を隠すかな。お屋敷に入れば見つかりにくそうだけど)

 


 山のみんなは臆病でシャイだから、見慣れぬ建物には近寄らないかもしれない。

 そんなことを考えていると、馬車は母屋に到着する。

 そこにはいくつもの馬車が列をなしていた。

 この馬車と同じくらい豪華である。

 セリカの家はお金持ちだなあ、と思ったが、少しだけ違った。


 ルイズの説明によるとあれらは来賓客の馬車、セレスティア侯爵家の所有物ではないらしい。


「へー、そうなんだ」


 生返事をすると、ルイズは対抗心のようなものを燃やす。


「ですが、セレスティア侯爵家は、この王国でも有数の素封家。買おうと思えばあれら馬車をすべて購入することも可能かと」


 そんなことをしてどうするのだろうか。


 体育の授業の徒競走のように競争させれば面白いかな、そんな感想が湧いたが、伝えることなく馬車から降りる。


 セリカが迎えに来てくれるかと思ったからだ。

 しかし、セリカの姿は見えない。


「おおい、セリカー!」


 呼ぶがこない。


 隠れているのかな? 馬車の下、ルイズのスカートの中を探るが、どこにもセリカはいなかった。


 ルイズは頬を染めながら説明する。


「セリカお嬢様は執務室でお仕事をしています。フィル様をお迎えしたかったのですが、これだけ多くの客人がこられる中、フィル様だけを特別扱いできない、と嘆いておられました」


「嘆いていたのか」


 そんなことで悲しまないでいいのに。

 そう伝えたかったが、彼女はいない。

 フィルは仕方なく、ルイズに案内されながらパーティー会場に向かった。

 パーティー会場は母屋から少し離れたところにある。

 国中の貴族を集めてもいいように作った特別製だ。名を白百合館という。


 なんでもかんでも白百合だなあ、と思わなくもないが、セレスティア侯爵家の家紋は白百合。


 それにちなむのは普通のことなのかもしれない。

 それにですが、とルイズは補足する。


 セレスティア侯爵家は、建国王であるアルフォンス様の五男が分家してできた家系。


 そのとき分家した五男アレスは病気になった父王アルフォンスを救うために地下迷宮に潜り、白百合の精霊から秘薬を手に入れたという伝承がある。


 アレスは迷宮から帰還すると、この世の人間とは思えない美女を連れ立ち、その娘を妻にしたという。


 アレスは口を黙して語らなかったが、その美女は白百合の精霊そのものではなかったのか、というのが後世の歴史家の見解なのだそうだ。


 それならば白百合にこだわるのもわかる、とフィルは納得するが、ルイズはこれはあくまで伝承ですけどね、と微笑む。


 しかし、白百合館の廊下には至るところに花瓶があり、真っ白な白百合が飾られているのは事実だった。


 館中からセリカの匂いがした。


 むせかえりそうな白百合の匂い。なんでもこの屋敷の敷地には温室があり、一年中、白百合を提供できるようになっているらしい。


 すごいこだわりであるが、よいこだわりでもある。

 フィルはセリカから発せられる白百合の香りが好きだった。





 パーティ会場に直接おもむく前に控え室に行く。


 お色直し、着付け直し、女性にはいろいろ必要であると、それ専用の小部屋があるのだ。


 そこに入るとまた髪の毛を弄られるのかな?

 コルセットをぎゅうっとやられるのかな?

 そんな不安に駆られたが、そんなことはなかった。

 小部屋に入り、椅子に座っているとセリカがやってくる。


「おお、セリカだ」


 声を掛けると、彼女は微笑む。


「フィル様、よくぞおいでくださいました」


「うん、遊びにきたよ」


「…………」


「どうしたの? 《沈黙》の魔法を受けたみたい」


 沈黙するセリカにフィルは尋ねる。

 彼女は軽く弁明する。


「……いえ、あまりにもフィル様が愛らしいもので。まるで白百合の精霊のようです」


「それはさっきルイズから聞いた。でも、ボクは精霊じゃなくボクだよ」


「ですね。フィル様の美しさはなにものにも例えがたい」


「ありがとう!」


 元気よく答えると、セリカはいつもの表情を取り戻した。


「さて、このままいつまでもフィル様の艶姿を独り占めしておきたいところですが、そういうわけにも行きません」


 それはなぜか、セリカは続ける。


「今宵はフィル様の社交界デビュー。その美しさと可憐さを披露するのが今夜の舞踏会の趣旨だからです」


「おお、なんかすごい」


 他人事のフィル。


「まあ、フィル様に社交界とはなにか知ってもらう、それにダンスを踊る訓練も兼ねています」


「ボクは会場にいる男の人と踊ればいいの?」


「そうです」


「むう、どうやって男の人と確認すればいい?」


「パンパンはやめてくださいね。舞踏会での見分け方は簡単です。綺麗なドレスを着ているのが女性。タキシードなどの正装をしているのが男性となります」


「それは分かりやすいの」


 でも、とフィルは続ける。


「タキシードは羊さんも着てるの」


「執事ですね。たしかに彼らも着ていますが、まあ、会場に立っていて、飲み物を持ってきたら使用人、踊りや会話を誘ってきたら貴族か商人、つまり参加者だと思ってください」


「ふむふむ」


「というわけでパーティー会場に向かいますが、なにか最後に聞きたいことは?」


 フィルは真剣な面持ちで尋ねてくる。

 というか、珍しくもじもじしている。


 セリカはそれが生理現象であると察したので、ルイズに指示ををすると、コルセットを緩める許可を出し、トイレに付き添わせた。


 フィルはすっきりした表情でパーティー会場へ向かった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 恐らく言語はこの世界の物でしょうけれど、日本語で表す「カタカナ文字(外国語)」を聞き間違える勘違いは白人種の設定であるからわかりますし以前にもトパーズを聞き間違えたりしていたので納得…
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