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嗜む程度ですわ! なの

 セレスティア侯爵家主催の舞踏会当日、この日は土曜日、学院は休みであるが、フィルは朝から学院のダンス室で踊りの練習をしていた。


 新聞部のシエラ、それに男爵令嬢のテレジアに練習を付き合って貰う。


 彼女たちは最初、足を踏み潰されるのでは、と気が気でなかったようだが、セリカと練習を重ねたフィルのダンスはなかなか様になっており、相手の足を踏むようなぶしつけはしなくなっていた。


 それでもフィルのダンスは華麗とはいえず、男爵令嬢のテレジアはもちろん、平民出身のシエラにすら劣る技量だった。


 それを見てシエラは漏らす。


「人間、得手不得手があるものだ」

 と。


 それにはテレジアも同意で。


「剣でも魔法でも勝てませんでしたが、まさかダンスが不得手とは。最初からダンスで勝負を挑めばよかったかも」


 くすくすと笑うテレジア。


 彼女とは決闘をした仲である。命のやりとりもしたが、今は和解し、クラスの誰よりも仲良しさんであった。


「うう、爺ちゃんが踊ってた踊りは得意なのだけど」


「ちなみにお爺さまはどんな踊りを?」


「頭に布を巻いて、笊を振り回すの。ドジョウすくいっていうらしい」


「聞いたことがない踊りですわね」


 テレジアは首をひねる。

 シエラが説明する。


「遙か東にある島国からきた人間たちが広めた踊りよ。ま、男爵令嬢様には縁がないかと」


 フィルがドジョウすくいは簡単なの! と軽く実演をするが、たしかに宮廷でも舞踏会でも踊る機会はなさそうである。


 というか、混乱が付与され、MPが減りそうだった。


「まあ、ドジョウすくいはともかく、社交ダンスはそんなに難しくないわ。そもそも、女性側は男性側に合わせればいいだけだから」


「でも、ちょっと気を抜くと相手をジャイアントスイングしてしまうのがフィルさんだから」


 とシエラはフィルを見る。

 フィルは抗弁する。


「緊張してるだけなの。シエラとテレジアにはそんなことしないの」


「でも、パーティーで出会う男性は初めての方のみ。フィルさんは天真爛漫ですが、さすがに初めての殿方には緊張されるでしょう」


「するかも……」


 誰かれ構わず話しかけられるのがフィルの長所であるが、だからといって緊張しないわけではない。


 ましてや不慣れな社交ダンス中に、異性に身を任せて、平常心を保てるか、未知数である。


「まあ、でもやるしかないの。今日が舞踏会当日。今さら慌てても仕方ないの」

「開き直るのね」


 とはテレジアの言葉であるが、実際、開き直るしかない。

 ここまでの練習の成果を出せば、少なくとも恥は書かないだろう、そう思った。


「ところで、テレジア、舞踏会にはこないの?」


「一応参加しますわ」


「わーい、知り合いがいると気が楽なの」


「でも、舞踏会は男女で参加するもの。ずっと一緒にはいられませんわ」


「どゆこと?」


「殿方が話しかけてきたり、貴婦人たちのグループの談笑に参加しなければいけませんの」


「なるほど、談笑なら得意なの」


 とフィルは山の仲間たちの話をしたが、テレジアは眉をひそめる。


「……フィルは友達だからはっきり言いますが、たぶん、山の仲間の会話は受けが悪いですわ」


「どして?」


「貴族は鹿のお母さんが子供を何匹産んだとか、興味はありませんの」


「ならどんな話をするの?」


「鹿をどうやって射殺するとか」


 フィルはまじか! という顔をする。


「鹿は友達なの!」


「でも、食べ物でもありますわ」


「……そうだけど」


「まあ、貴族は狩猟が大好きですからね。特に殿方は」


「男の人は野蛮なの」


「それには同意しますが、まあ、さしあたってその殿方をどうにかするのが、舞踏会というもの。ここはこのわたしが策を授けましょう」


 おお、ありがたい! 

 フィルは前のめりになる。

 目を輝かせるフィルにテレジアは言う。


「どのパーティーでも使える魔法の言葉を享受して差し上げますわ」


「魔法の言葉ねえ」


 シエラは胡散臭そうな目で見つめてくるが、テレジアは気にした様子もなく、断言する。


「それは、『たしなむ程度ですわ』ですわ!」


「おお、たしなむ程度ですわ! か」


「その通り。これは万能の言葉、魔法の言葉。どんなときにも使えるますわ」


「ほんとー?」


 とジト目のシエラ。

 テレジアは得意げに言う。


「お嬢さん、お酒は飲まれますか?」


「たしなむ程度ですわ」


 と返したのはフィル。


「おお、たしかに万能の返しかも」


 とはシエラ。


「もしもお酒を飲まされそうになったとき、こう言えばいいのです。好きです、というと大量に飲まされて前後不覚にされる恐れがありますが、これなら適量飲めばいいですし」


「たしかに。嫌いです、というのも角が立つしね」


「そうですわ。例えば趣味はなんですか? 乗馬です。得意なのですか? たしなむ程度ですわ。という返しにも使えます」


「おお、いいかも。それなら下手でもなんとかなる」


「ええ、だからどんなときにも使える魔法の言葉と言ったでしょう」


「たしかにそうだ。学内新聞に載せてもいい?」


 シエラは尋ねるが、テレジアは快く了解する。

 ただし、自分の名を大きく書くように、と付け加える。


「分かってるよん」


 とシエラは同意する。


 ちなみにこの言葉はテレジアのものではなく、その姉のものである。この国は飲酒は15歳から、テレジアはまだお酒が飲める歳ではなかった……。


 このようにしてフィルは魔法の言葉を手に入れる。ダンスの最終調整もできたし、あとは迎えの馬車がやってくるのを待つだけだった。

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