悪いおじさんを懲らしめます!
暗がりに連れ込まれたフィル。
男たちは懐から短剣を出した。
「さて、お嬢ちゃん、見られたからには生かしておけねえな、といいたいところだが、お嬢ちゃんは可愛いから捕まえて奴隷商人に売る」
「それは困る。セリカが奴隷商人は悪いやつらっていってた」
「そのセリカってのも捕まえてもいいんだぜ」
悪漢のひとりが品のない笑いを漏らす。
「それも駄目。セリカは友達だから」
「じゃあ、お嬢ちゃんだけでも大人しく捕まってくれ」
「駄目って言ったでしょ」
フィルはそう言うと、懐から短剣を取り出す。爺ちゃんの形見の短剣だ。
「ほお、立派なものだ。高く売れそうだ」
「あげないよ」
「貰うつもりはない。奪う」
「しかしこうなってくると、戦闘は避けられなそうだな」
男のひとりは言うが、もうひとりは否定する。
「いや、このお嬢ちゃんは正義感にあふれている。こうすれば戦闘は起きない」
悪漢は簀巻きにした少年を連れてくると、彼の喉元に短剣を当てた。
「お嬢ちゃんが抵抗するならば、こいつの首をかききる。これは脅しじゃねえぞ。逃げられたり、露見すればこっちがやばくなるんだ。いざとなればガキの一匹くらい殺す」
そんなことを真顔で言われてしまえば、動けなくなる。
フィルはその場に固まる。
「いい子だ。おい、アモンド、縄でふん縛れ」
「あいよ」
と荒縄でフィルを拘束する悪漢。
強烈に締められると、最後は足を突きつけられ、ぎゅっとされる。
「ふへへ、これでもはやなにもできまい」
とフィルから奪った短剣を眺める。
「こりゃあ、いい短剣だ。古代魔法文明のものだな」
「売れるか?」
「おそらく、このガキの内臓をさばくよりは高く売れる。嬢ちゃんほどの値は付かないだろうが」
「それだが、いくら女に飢えてるからって手を出すなよ」
「分かってるよ。俺はロリコンじゃねえ」
悪漢たちのやりとりに口を出すフィル。
「ロリコンってなに?」
「お嬢ちゃんのような未発達児に欲情する変態のことだ」
「欲情ってなに?」
「それはこれから変態奴隷商人のとこで調教され、畜生貴族に売られたときに分かる」
「おじさんたちもセリカと一緒。肝心のことはなにも教えてくれない」
「そんなことはないさ。お嬢ちゃんの人生はジ・エンド。もうどうにもならないってことだけは教えられる」
「そうかな?」
フィルは冷静に問い返すと、「ふんっ!」と両肩に力を込めた。
ぶちん!
と勢いよく引きちぎれる縄。
それを見ていた悪漢たちは、アモンドに罵声を浴びせる。
「馬鹿野郎! なんでちゃんと結ばなかったんだ!」
「俺のせいにするな。二重三重に結んだはずだぞ」
ならば荒縄自体が劣化していたのだろうか、悪漢たちは考察したが、それがまとまるよりも先にフィルは次の行動にでる。
路地裏にある一本の街灯、それも故障して手入れもされていないようなものに目を付けると、それを右手一本で引き抜く。
それをくるくる頭上で回しながら悪漢のもとに近寄ると、言った。
「この街灯だと手加減できないから、おじさんたちを殺しちゃうかもしれない。ごめんね、死んだらゾンビにして蘇らせてあげるから許して」
悪漢たちは、皆、きょとんとしていた。
このように小柄な少女が街灯を引き抜き、それを回転させるなど、まるで夢を見ているようであった。
その膂力はトロールを凌駕し、その身のこなしは伝説の戦士のようでもある。
もはやかなわない。
そう思った悪漢たちは、思い切った手に出た。
まずはフィルから奪った短剣を床に置く、その後、拘束していた少年を丁重に解放する。
その場で土下座をし、許しを請う。
「ごめんなさい、二度と悪さはしませんから、見逃してください」
それを聞いたフィルは、にこりと笑う。
「よかった。この制服は特注品らしいの。血と臓物で汚したらセリカに怒られるとこだったの」
その言葉で悪漢たちはさらに顔を青くさせたが、そのままそそくさと逃げ去っていった。
さて、彼らが言葉通り悪事から足を洗ったかは定かではないが、ひとつだけいえることがある。
彼らは以後、子供を誘拐するような卑劣なことはしなくなったようだ。
特に女の子、銀髪の可愛らしい少女を見ると、全身の毛を逆立てる体質になってしまったようだ。
万事めでたしとは言えないが、少なくとも誘拐されそうだった少年は救出できた。
それはこの世界の住人すべての幸せを望むフィルにとって最高の結果となった。
そのまま男の子を母親のもとまで連れて行く。
帰り際に他の悪漢に捕まったら堪ったものではなかったし、それにフィルには聞きたいことがあった。
フィルは彼を家に送り届けると、その母親に泣きついた。
「セレスティア王立学院はどこにあるの?」
半分涙目であった。
男の子を颯爽と救ったのはいいが、結局、セリカとははぐれたまま。
しかもはぐれてしまった原因は、フィルにある。
チンドン屋に気を取られ、横道にそれてしまったのだ。
温厚で優しいセリカも呆れているはずである。
フィルは男の子の母親から、お礼のお菓子と言葉を貰うと、学院の場所を懇切丁寧に教えてもらった。
「要は北の方にあるんだね」
フィルは納得すると、そのまま《飛翔》の魔法を使って学院に向かった。
ばびゅーん、と勢いよく。
もしも明後日の方向に飛んでいれば、フィルとセリカは永遠に別れていたかもしれない。
フィルはどこまでも学院を探し、この世界を放浪していたかも。
しかし、そのような事態にはならなかった。
教えてもらった学院の方向、距離がどんぴしゃりだったからである。
フィルは学院の中心、広場に不時着する。
広場の噴水の中に落ちると、「えへへ」と頭をかく。
「なんとか到着できた」
髪には水藻、服の中には金魚が入り込んでいたが、フィルは気にせずセリカを待った。
もしも学院に戻っているのならばこの騒ぎを聞きつけて向こうからやってきてくれるはずだからだ。
フィルの計算はぴたりと当たる。
「フィル様!!」
と駆け寄ってくる金髪の美少女。セリカだ。
フィルは迷子になったことを怒られないようにするため、一芝居打つ。
「金魚すくいをしていたら、いつの間にかセリカがいなくなったの!」
それを聞いたセリカは、最初呆れたが、フィルの頭に付いている水藻を取ると、笑みを漏らした。
「ともかく、フィル様が無事でよかったです」
「き、危険なことはなにもしていないよ。悪漢のおじさんとかを懲らしめたりはしてないよ」
「あらあら、まあまあ、そんなことがあったのですか。でも、きっと、フィル様は誰かを助けるために頑張ったのでしょう」
「……う、うん、でも、危険なことはしてないの」
「今後は気をつけてくださればいいですよ」
セリカはにこりと微笑むが、最後に真顔になり、こう付け加えた。
「ですが、金魚の言い訳は二度と通用しませんからね」
その言葉は優しかったが、目は笑っていない。
フィルがこの世で一番怖いのは、爺ちゃんのお仕置きと、セリカのこの目だった。
ぶるぶる、二度とチンドン屋に惑わされないようにしないと。
そう決意を固めるフィルであったが、その後、三度ほどチンドン屋に惑わされることになる。
それはまた別の物語なのでここでは触れない。
物語と言えばフィルの言い訳にされた噴水の金魚。
彼はその後、フィルのペットとなる。
当日はコップの中を仮の住まいとし、翌日からはセリカに貰った金魚鉢に住居を移すと、そのままフィルの家の子になった。
野生児のフィルにとって魚とは食べ物以外のなにものでもなかったが、食べる用途意外の魚がいることを知り、はしゃぐフィル。
毎日、お麩をあげたり、水が汚れれば入れ替えるなど、甲斐甲斐しく世話をする。
動物との生活に慣れているフィルだが、世話をしなければいけない動物は家畜以外知らない。
フィルと金魚の小さな出逢いが、フィルに変化をもたらせばいいが、セリカはそんなことを思いながら、彼女の部屋に行くと元気に泳ぎ回る金魚を見つめるのが日課になった。




