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わるいおじさんたち

 こうしてドレスを選び終え、買い食いもしたフィル一行。

 用件を片付けたのであとは帰るだけ。   


 フィルのお腹がぽこりと膨らみ、妊婦のようになっているが、「妊婦のようですね」と口を滑らせれば、

「妊婦ってなあに?」

 となるので口にはしない。


 妊婦を説明するのは、赤ん坊のことを話、それの製造方法まで説明しなければならない。


 いつか知らなければいけないことだが、まだまだ彼女には早いだろう。

 そんなことを考えながら、徒歩で学院に戻る。

 馬車は先に帰してしまったからだ。


 セリカとしては徒歩でこのまま自宅に戻ったほうが早いのだが、フィルをひとりで返すわけにはいかない。


 もちろん、フィルの個人的武勇は学院最強。


 彼女に襲いかかることは、イコール返り討ちを意味しているが、それでも安心はできない。


 いや、彼女だからこそ余計に心配だった。

 フィルは穢れを知らない純情な乙女。

 その力は最強でも、頭の中は生まれたての赤子にも等しい。


 賢しい人攫いなどが、「綺麗なべべを着せて、白いまんまをたらふく食べさせてあげる」と手招きすれば、そのまま付いて行きそうな娘であった。


 だからこれを機会に彼女に注意をうながす。


「フィル様、良い機会なので説明しますが、世間には危険がいっぱいです」


「というと?」


 きょとん、と、こちらを見つめる。


「この世界には、盗賊と呼ばれる人々がいます。犯罪者と呼ばれる人々も。彼らは言葉巧みに人を騙し、さらっていきます」


「さらわれるとどうなるの?」


「地下迷宮で強制労働をさせられたり、ガレー船のこぎ手にさせられたり。女の子はもっと酷い目に遭わされます」


「まじか! どんな?」


「奴隷商人に売られて……、まあ、ここではいえないような目に遭わされます」

「なるほど、生き馬の目を抜くような世界なの」


「その通りです。だからフィル様、容易に人を信用しないように。知らない人に付いて行かないように。知らない人にものをもらわないように。これだけは忘れないでください」


「はあい!」


 と元気よく挙手をするフィルだが、さてはて彼女はどれくらい理解してくれているのだろうか、セリカは軽く吐息をする。


(フィル様は最高に可愛らしい賢者であり、最高に可憐な王女様ですが、それゆえにひとときも目を離すことができない……)


 まるでこの歳で一児の親になったような気分であるが、悪い気分ではなかった。

 この純粋な娘をどうやって教育していくか、それはこの国の未来を憂うセリカとしては、国を守ることと発展させることと同義であった。


 ふたつの大事に関われることを名誉なことだと思っていた。


 さて、そんなふうに考えている公爵令嬢だが、大賢者の孫はそんなこととは露知らず、持ち前の好奇心を発揮させていた。


 トパーズ通りからひとつ外れた道に面白いものを見いだすと、それに誘われるかのようにふらふらと歩き出す。


 それはとある商店の宣伝芸人たち。いわゆるチンドン屋なのだが、山にないものすべてに目が引かれる少女には誘惑が強すぎた。


 知らない人について行ってはいけない、という戒めを30秒ほどでやぶった。


 いや、抗弁させてもらえるのならば、『知らない人』ではなく、『知らない人たち』となる。


 それに楽しそうに笛を吹いたり、太鼓を叩く芸人たちはどうみても悪者には見えなかった。


 フィルは自分の中で理論武装すると、他の子供たちと同じようにチンドン屋の後ろに付いて行った。


 ちなみにその子供たちは幼児が多かった。というか、皆、未就学児ばかりである。

 フィルの精神年齢はそれくらいなのかもしれない……。





 こうしてセリカと離ればなれになったフィル。


 すぐにやばい! と思ったが、それでも笛と太鼓、それに芸人たちのおかしな格好、滑稽な踊りに抗することはできず、結局最後まで付いて行ってしまった。


 芸人たちはフィルに、

「このお店に行ってね。サービス券だよ」

 とチラシを渡すが、渡し終えるとそのまま解散してしまった。


 もう音楽も鳴らさないし、踊りもしない。

 途端、冷静になるフィル。

 やばい、セリカに怒られる。


 そう思ったフィルは慌てて引き返そうとするが、山育ちのフィル。王都の地理など頭の隅にもない。


 山ならば目をつむっていても爺ちゃんの工房に帰ることができたが、それをここでやれば、道で馬車に轢かれるか、どこかの家の壁を突き破るか、のどちらかだろう。


 帰巣本能を刺激しても、フィルの野生センサーは南に北に、どちらにも向いて役に立ちそうになかった。


「やばいな。迷子になったかも」


 かもではなく、なったのだが、いまだに認められないフィル。

 ここで迷子になったことを認めれば、負けたような気がする。

 しかし、このまま座していても仕方ない。

 周囲の人間に帰り道を尋ねようと思った。

 きょろきょろと辺りを見回すと、ちょうどいい人物がいた。

 暇そうな人たちだった。

 夕方で忙しい時刻だというのに働いているそぶりはない。

 子供と遊んでいる。

 ジタバタする子供を抱え、暗がりでかくれんぼをしようとしていた。

 彼らならば話しかけても問題ない、そう思ったフィルは話しかける。


「こんにちは、おじさんたち、暇ですか? 暇だよね?」


 満面の笑みで元気よく話したが、男たちはきょとんとしていた。


 先ほどまで周囲には、少なくとも半径30メートル以内には誰もいなかったはずなのに、彼らは口々に漏らす。


 それはそうだろう。フィルは30メートル以上離れた場所からダッシュしてきたのだから。


 しかも本気で。

 見る人によっては風とともに現れたように見えるはずである。

 しかし、それがなんの問題になるのだろうか。

 フィルはきょとんとした。

 男たちは焦りながら相談を始める。



「なんだ、この小娘は!?」

「どうだっていいじゃないか、さっさとこのガキを誘拐するぞ」

「しかし、見られているぞ」

「構うもんか。このアホ面だ、顔も覚えていまい」



 むむう、酷いおじさんたちだなあ。

 フィルの成績はたしかによくないが、記憶力は悪くないのに。

 それを証明するため、フィルは彼らの名前を口にする。



 アモンド、バレット、モルザック。



 その言葉を聞いた男たちは、顔面を蒼白にさせる。


「なぜその名前を!?」


「だって、おじさんたち、さっき、名前をしゃべってたじゃん」


「しゃべってないぞ。少なくともお前の前では」


「ボクは耳がいいの」


 30メートルくらいならば、聞き耳を立てればなんでも聞こえる。

 フィルの耳はフクロウ並みなのだ。

 名前を知られている事実を知り、男たちの驚愕は殺意へと変わる。

 腰にある短剣に手が添えられるが、男がひとり、制止する。


「待て、アモンド、ここではまずい、それにこの娘、よく見ると美人だ」


「……たしかに」


 その同意はどちらに掛けられているのか不明であったが、アモンドとバレットは納得すると、フィルを暗がりに誘い込む。


「お嬢ちゃん、帰り道が知りたければ、この子を助けたければ、こっちにくるんだな」


「この子を助ける?」


 その言葉でやっとフィルは、男たちが悪漢だと気が付いた。

 よく見れば男たちが抱えている少年は、猿ぐつわをされている。

 さらに殴られたようなあとがあった。


「おじさんたち、もしかしてセリカが言ってた誘拐犯?」


「かもな。セリカが誰かは知らないが」


 下卑た笑い声を漏らす男たち。

 なるほど、この人たちは悪者のようだ。

 ならば倒してしまっても問題はないだろう。

 フィルは彼らに誘われるまま、王都の裏路地に入った。

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