フィルのドレス選び
王都の中心街に到着したフィルたち一行。
馬車はふたりを下ろすとそのまま走り去った。
最近、王都の路上駐車の取り締まりが厳しいらしい、というのは冗談であるが、帰りは歩いて帰るつもりだった。
あまり馬車頼りの生活もよろしくない。
フィルはともかく、セリカは最近、おなか周りの肉が気になる年頃であった。
さて、そんなこととは露知らず、中心街で降りたフィルは感動している。
「おお、ここが噂に聞く王都の中心街。すげーー!!」
すげーー!とは淑女らしくないのでたしなめたいところであるが、素直に感動している少女に水を差すのも悪いと思ったセリカは指摘せず説明した。
「ここは王都の目抜き通り。中心街。トパーズ・ストリートと呼ばれています」
「トパンツ・ストリート?」
「トパーズですね。王都には12個、王宮に続く道があり、それぞれが宝石の名前を冠しています」
「なるほど、そのトパーズか」
フィルはそういうことね、と納得したが、たぶん、分かっていない。
すぐに覚える必要性はないことなのでセリカも無視をすると、フィルを仕立屋に案内する。
この仕立屋はフィルの制服を仕立てた仕立屋。
フィルの身体の寸法を熟知しているので、採寸の必要なくドレスを仕立ててくれる。
一応、セリカはフィルの身体を見るが、急激に成長しているところはない。胸は相変わらず慎ましかった。
安堵しながらフィルの手を引くと、一緒に仕立屋に入った。
仕立屋にいたのはこの店の店主。小太りの中年の男。
頭は禿げ上がっており、冴えないことこの上なかったが、服を仕立てることに関しては王都でも右に出るものはいない、と自負する男だった。
我がセレスティア侯爵家に出入りする仕立屋のひとりだ。
セリカは彼の人柄を買い、フィルの制服を仕立ててもらったりした。
彼ならば顧客の情報を第三者に売ることはないだろうし、フィルが将来、女王になっても胸が慎ましかった、と吹聴することもないだろう、そう思ったのだ。
実際、彼はフィルのことを誰にも話していない。
侯爵家の令嬢が自ら出向き、制服を仕立てる。口の軽い仕立屋ならばぺらぺらしゃべり、社交界で話題になってもおかしくない頃合いだったが、先日の夜会でもそのような話は聞かなかった。
まず信頼できる人物だといえる。
貴族はこのように信頼できる人物に服を仕立てさせるのだ。
なぜならば仕立屋は髪結い屋と並び、貴族がもっとも恐れる職業。
刃物を自由に持てる人物に命を預けるのだ。
調理人を吟味するのと同じくらい気をつけなければいけない職業であった。
そんなことを考えながら店内に入ると、店主は愛想よくこちらに近づいてきた。
「これはこれは。セレスティア家のご令嬢様。今日はなに用で?」
「使いのものを出しているはずですが、今日はこの子のドレスを仕立てに。納品は明後日になるけど、大丈夫かしら」
「もちろん、大丈夫ですとも。サイズは事前にうかがっています。既製品をアレンジしてお渡しすればいいのですよね?」
「そうしてください。今度の夜会は内々のもの。いつか、この子専用のものをゼロから仕立ててもらいますが、今はそのときでありません」
と言い切るセリカ。
セリカの視線がフィルに注がれたので、店主もフィルを見る。
(この子が侯爵家に縁のある少女か……)
数ヶ月前、女の子の制服を仕立ててくれと頼まれた仕立屋のテイラー。
懇意の貴族からの依頼であるから、二つ返事で引き受けたが、まさかこのような可愛らしいお嬢さんが着るものを作っていたとは。
セレスティア侯爵家からの依頼は、暴れ猿が着ても破けないほどの頑丈さ、ドラゴンの火で焼け落ちない丈夫さ、そんな素材を特注でとのことだったが、そのような制服を着る少女、どのような姿形をしているか、興味が尽きなかった。
テイラーは類人猿かトロールのような姿を想像していた。
だが、会ってみればその可愛さのなんたることや。
テイラーは王立学院の制服を何着も仕立ててきたが、あの学院の制服はまるでフィルのためにデザインされたかのようであった。
なんと制服の似合う少女だろう、そう思ったのだ。
ただ、ずっと見とれているわけにもいかない。
テイラーは彼女たちを二階に案内すると、最近流行のドレスを見せることにした。
二階に上がるとそこにはフィルが見たことがないものがたくさんあった。
婦人用のドレスがところ狭しと並べられているのだ。
こんなにたくさんの衣服が並べられているところをフィルは見たことがなかった。
「ほえー……すごい。売れるくらいたくさんあるね」
「ここにあるのはすべて売り物なんですよ。お金を払えば買うことができます」
「すごい。このおっちゃんはもしかして金持ち?」
小太りの店主を見るが、彼は笑いながら、
「まあ、王都で商いをさせていただき、それなりに稼がせていただいています」
裕福という意味だろう、なんとなく察した。
「セリカとどっちが金持ち?」
「それはセリカ様でしょう。セリカ様ならばこの店のものをすべて買い占めることができます」
「すごい!」
「そんなことはしませんけどね。今回、買うものは一着です。フィル様の初めての夜会用のドレスを買います」
どれかひとつだけ選んでください、セリカは続ける。
「じゃ、これ」
フィルは即断した。0.1秒も掛けずに。
「す、少しは悩んでください。なんのためにここまでやってきたのですか」
「ええー、でも、どれでもいいよー。ボクには全部同じに見える」
「どれも一個一個違いますよ」
「全部ひらひらの服にしか見えないよ」
そんなことはありません、とセリカは言う。
「いいですか、フィル様、スカートはどれも似ているように見えますが、種類があるのです」
ミニスカート、ロングスカート、フレアスカート、プリーツスカート……。
店の商品を指さし、スカートの種類を説明するセリカ。
しかし、その努力もフィルには届かない。
フィルはこの手の話が苦手。
先日の礼節科のテストでもゼロ点をたたき出した少女だ。
馬の耳に念仏、フィルの身体にお洒落。
スカートなどはければどれも同じだと思っていた。
それを伝えても説明は終わらないだろうから、フィルは最近、身につけた技を試す。
それは目を開けたまま寝る技だ。爺ちゃんが得意としていた技で、孫の自分にもできるのではと先日試したらできた。
この技は相手に延々と話をさせた上で、あたかもそれを最後まで聞いていたと思わせることができる究極の技であった。
たまに顎を上下させ、こくん、と頷くこともできる最強の技。
フィルはあと30分はスカートの説明が続くと概算し、体内時計をセットした。
フィルのもくろみは見事辺り、30分ほど眠ると、セリカは笑顔だった。
「今日は珍しく真剣に講義を聴いていましたね」
その笑みに罪悪感が芽生えたが、フィルは「うん、楽しかった」と言った。
こうして難儀なスカート談義は終わったが、まだフィルの窮地は続く。
この無尽蔵にあるドレスの中から、自分に合うドレスを選ばなければいけない。
それはさすがに秘技「目を開けたまま寝る」を使って回避することはできなかった。
フィルは借りてきた猫のように大人しくなるしかなかった。




