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はじめのステップ

 こうして始まったダンスの練習。

 まずは基本的なステップから練習となる。

 セリカは簡単なステップから教える。


 フィルはそれを真似るが、フィルのダンスはよく言って暴れ猿がのたうち回っている姿にしか見えなかった。


「もしくは王都の繁華街で酔っ払ってるおっさんね」


 とは新聞部のシエラの感想。言い得て妙であった。


「ま、まあ、初めてですから仕方ありません」


 とセリカはフィルを慰めるが、フィルは元々傷ついていない。

 ダンスができなくてもどうでもいいと思っているからだ。

 ただ、担当教師とセリカのために練習しているに過ぎない。

 セリカはこうなったら実践しかありません。

 と、フィルの元へ向かう。

 フィルの手を掴むと、セリカが男性役となり、基本を教えるようだ。


「だんせいやく……?」


 唇に指を添えるフィル。


「男性役というのは食べ物ではありませんよ」


 一応、注意するセリカ。


「ダンスというのは基本、男女が踊るのですが、男性と女性ではステップが違うのです」


「なるほど、パンパンと一緒だね」


(……男女で使い分けがあるのか。そもそも分からないから、パンパンするのでは……)


 セリカとシエラは同時に心の中で思ったが、言語化して突っ込みは入れない。


「わたくしが男役になるので、私に身を任せるように動いてください」


 とセリカは言うが、それをシエラが止める。


「セリカ様、セリカ様、男性役を務めるのはいいのですが、一度、あそこにある人形で実験してからでいいのでは?」


「実験ですか?」


「あたしとしては足を思いっきり踏まれて骨折する未来しかみえない」


「まさか、そんなことは……」


 と、思ったセリカだが、あり得る。緊張したフィルは力加減ができないのだ。

 セリカはフィルに人形相手に踊るよう指示をする。


 フィルは喜んで踊り始めるが、途中、ステップが分からなくなり、足下がおぼつかなくなる。


 次いでよろめいた彼女は、人形を放り投げ、床に転がっている人形の頭を踏んでしまう。


 人形には多くの綿毛が入っていたが、それが「ばしゅっ!」という音とともに散乱する。


 もしも、あの人形が人間の頭だったら、と思うと戦慄を禁じ得ない。

 セリカは吐息を漏らす。


「……せめて足をへし折られないように鉄の靴を履きますか」


 剣舞をする練習のため、この部屋には鉄の靴が用意されていた。


 鉄の靴の重さで足腰を鍛える器具であるが、これを作った職人はまさか防護アイテムにするとは夢にも思っていなかっただろう。


 このような形で使用されるとは思っていなかったはずだ。

 この鉄の靴は大いに役立つ。


 その後、ふたりでダンスの練習を始めたが、フィルは5回ほどセリカの足を踏んだ。


 もしもセリカがそのとき、鉄の靴を身につけていなければ、足は粉砕されていたことだろう。


 実は鉄の上からでもフィルの足は痛かった。


 これはダンスを習得するまで五体満足でいられるかな、セリカは冷や汗をかいたが、それでもフィルにダンスを教えることを諦めなかった。



 こうして血の滲むような訓練を続けるフィル、一部には滲んでいるのはセリカのほうではないか、という風説もあるが、当人は気にしていないようだった。


 連日、セリカとフィルのダンス訓練は学内新聞で発表され、人気記事となっていた。


 セリカの特訓方法も話題となった。


 鉄の靴は言うに及ばず、フィルの姿勢を矯正するため、鋼鉄で作られた支柱を背中にくくりつける。


 セリカの足を踏んだら、翌日の朝食は抜き、などのスパルタ教育が話題となった。


 しかし、その甲斐あってか、フィルは人並みに踊れるようになった、と新聞記事に書かれた。


 それは本当だろうか? セリカは学内新聞の読者にそう問われたことがあったが、自信満々な態度で、


「三日後に行われるセレスティア侯爵家のパーティーを楽しみにしていてください。そこですべてが分かります」


 と言い切った。

 言ったほうは自信満々であるが、言われたほうは困惑する。

 なぜならば侯爵家のパーティーなど、誰しもが入れるわけではないからだ。


 そのことに気が付いたシエラであるが、残念ながら彼女のもとにも招待状は届かなかった。



 今日もダンスの練習を終えると、セリカはフィルに言う。


「フィル様、見事に踊れるようになりましたね」


「えへへ、これもセリカのお陰」


「もうめったに足を踏むことがなくなりましたし、踏んでも普通の人よりちょっと痛いだけになりました」


「手加減を覚えた」


「最初、振り投げられて、壁にめり込みそうになった日々が懐かしいです」


 遠い目で過去を思い出すセリカ。

 壁も見るが、人型の染みがあるような気がする。


 もしも防御魔法が間に合わなければあの染みはもっと色濃く、赤くなっていたことだろう。


「さて、実はここまでくれば免許皆伝です。もはや社交界にデビューしても問題ないでしょう」


「しゃこうかい……?」


「ちなみに社交界は食べ物ではありません」


 先手を打つ。


「だと思った」


「でも、食べ物は出てくるので楽しいですよ」


「おお、それはいい」


「誤解を覚悟に言いますが、踊りの上手い人だけ食べられるパーティーの一種ですね」


「ボクも食べられる?」


「食べられます。もう、参加予定です」


「おお、さすがはセリカ」


「当日、好きなだけ食べてください。ただし、上品に、行儀良く、優雅に」


「分かった!」


「まあ、パーティーといっても我が侯爵家の定例会のようなもの。身内と知り合いしか参りませんので気楽に」


「うん」


 と素直にうなずくフィル。


 こうしてフィルは社交界にデビューすることになるが、果たしてどうなるのであろうか。


 社交界でダンスを披露しても問題ないのであれば、礼節科のダンス試験など余裕で高得点を取れるに違いない。


 セリカはフィルを実戦で鍛え、それに備えるが、彼女は応えてくれるだろうか。

 すべては未知数であるが、セリカには楽しみがある。


 楽しみとはフィルがダンスでまとうドレスを新調できるということであった。

 その常識知らずな行動には溜め息が漏れ出るが、フィルは容姿も常識知らず。

 その美しさは童話に出てくるお姫様のよう。

 衣装の選び甲斐がある。

 彼女にはどのような衣装が似合うのか、今から楽しみでしかなかった。

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