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焼き芋が好物です

 自分の担当教師であるフラウ・フォン・オクモニックと別れたフィル。

 彼女からダンスを習うように厳命された。


 ダンスとか言うものには興味があるし、セリカが教えてくれるのならば楽しそう、と乗り気になったので、教室を出るとまっすぐにセリカのもとに向かった。

 セリカは魔法科の中等部にいる。


 フィルのクラスとは違う階にあった。

 何度も行ったことがあるので、場所は憶えていた。

 迷わずに到着する。

 教室の扉を開け、セリカを呼び出そうとするが、開けるとあることを思い出す。


 淑女は大きな声は出さず、小さな声で取り次ぎを頼むものだ、とセリカは言ってたような気がする。


 なのでセリカは適当な生徒を捕まえると、その生徒に耳打ちする。


「あのね、ボク、セリカに会いにきたの」


 本当に本当に小さな声であったが、それを聞いた生徒は取り次いでくれた。

 フィルの人徳は初対面の人にも有用なようだ。

 取り次ぎを頼まれた生徒は教室の奥へ戻るが、十数秒で戻ってくる。

 彼女は残念そうな表情で言った。


「セリカさんは、どこかに出掛けたみたい。鞄も置いてあるし、戻ってくるとは思うけど」


「まじか! がーん!」


 とはフィルの言葉であるが、フィルは彼女に礼を言うと、その場を去った。

 そのとき、彼女は「もしかしたらあなたの教室にいるかも」と言った。


 彼女は「フィル様に用がある」とクラスメイトに言い残していたことを伝えてくれる。


「おお、これは行き違いというやつか」


 フィルは改めて取り次ぎを頼んだ彼女に「ありがとう!」と言うとそのまま自分の教室に戻った。


 自分の教室に戻ると、教室がざわついていることに気が付く。

 セリカがいるとすぐに分かった。

 セリカの別名は白百合の君、男女問わず、学院の生徒に人気があった。

 特に礼節科に通うような箱入り娘たちは、セリカの美貌の虜だ。


 その美しい容姿、品のある所作はある意味、お嬢様の最終進化形であり、花嫁を目指す彼女たちの憧れの的なのだ。


 なのでセリカがこの教室にやってくると、彼女のファンである生徒はそわそわし、落ち着かなくなる。


 それはつまりこの教室に残っている生徒のほとんどが、顔を紅潮させていると言うことだった。


 彼女たちはフィルの椅子に座っているセリカの周りを囲み、隠し持っていたクッキーや飴玉などを提供している。


 フィルのように食い意地の張っていないセリカは、丁重に断るが、謝意は忘れない。


「気持ちだけ受け取っておきます」


 と、微笑んだ。白百合の君が微笑むと、教室に黄色い声がこだました。


 セリカは人気者だなあ、とその光景を見つめるが、いつまでも見ているわけにはいかないので、


「セリカー!!」


 と声を掛ける。

 フィルの声を聞き、帰還を知ったセリカは、花を咲かせたかのように喜んだ。


「フィル様、戻って参られましたね」


「うん、戻って参られた」


「行き違いになってしまうとは私たちらしいですね」


「そうだね。なんか面白い」


 ふたりは笑うが、行き違いということは互いに用があるということであった。


 というか、セリカはフィルにダンスを教えることを承諾していると先生は言っていたし、これからレッスンが始まるのだろう。


 そうであるか尋ねると、セリカはその通りです、と言った。


「善は急げ。ダンスを習うのならば早いほうがいいと思いまして、参上した次第です」


「ボクも今すぐ習いたい」


「さすがはフィル様ですね」


 セリカはそう言うとフィルの手を取る。


 教室に残っているセリカのファンの中にはその光景を見て、鼻血を出すものがいた。


「ああ、セリカ様×フィルさん、ううん、フィルさん×セリカ様の同人小説の妄想がはかどる」


 と彼女は言っていたが、フィルには意味が分からなかった。


 ただ、このままここでレッスンを始めると混乱が起きそうだった。それだけは分かるので、フィルは自分の鞄を取ると、セリカと教室を出た。


 ふたりでセリカの教室まで鞄を取りに戻るのも良いが、時間は有限。もったいなかったのでフィルがひとっ走り。


 超ショートカットで窓から二階へ向かった。

 セリカは呆れたが、特に皮肉を言うことなく待っていてくれた。

 セリカも早くレッスンがしたいようだった。


 

 フィルとセリカはそのまま学院にあるダンスルームに向かう。

 ここは礼節科の生徒などがダンスを学ぶために使う教室で会った。


 一学科の一授業のためだけの部屋があるとは剛毅な話であるが、それは違う、と新聞部の部員であるシエラは言う。


 彼女はめざとくフィルたちの後ろに付いてきていたのだ。


「一応、この部屋は、剣士科の連中が、剣舞を舞うときにも使うのよ」


「へえ、そうなんだー」


 壁を見ればたしかに綺麗な剣が掛けられている。儀典用の宝飾の施された剣だ。


「あとは召喚科の連中が、召喚の舞を練習するときにも使う」


「なるほど、だから壁に鏡が貼り付けられているのですね」


 とはセリカの首肯の言葉。


「自分のフォームが見えるからね」


 眼鏡の新聞部部員は首肯する。


「まあ、意外と使い道のある部屋ということなのですね――」


 とセリカは言葉をまとめるが、とあることに気が付いたようだ。


「――ところであなたはどうしてここにいるんですか?」


 そう尋ねられた少女は悪びれずに答える。


「学内でもっとも人気のあるセリカ様、そして最近人気赤丸急上昇中のフィルさんが隠れてなにかを始めると聞いたら、新聞部としては黙ってみていられなくて」


「隠れて始めるわけではないです。正々堂々とダンスの練習をするのです」


「ならば取材させてください」


「駄目です」


「どうしてですか?」


「学内新聞は嫌いだからです」


 とセリカは公言する。

 あの気の優しいセリカが断言するなんて珍しい、どういうことだろうか?

 尋ねると、セリカは学内新聞の悪行を教えてくれた。


「わたくしが好物であるサツマイモを3個も食べた、とかいうゴシップを書き立てたからです」


 ぷんぷん、と、お怒り満載のセリカ。


 シエラはごめんなさいと謝る。あれはゴシップ専門の先輩部員が書いたもので自分の手は限りなく白い、と主張する。


それを聞いたセリカは多少溜飲を下げたようだが、最後に空気を読まない野生児が余計なことを言う。


「ほんと、酷い新聞だね、セリカはこの前サツマイモを4つ食べていたのに!」


 それを聞いたセリカは顔を真っ赤にし、シエラは素早くメモ帳に記載していた。


結局、その後、記事を載せる前に検閲する、ということでこのダンスの練習の取材が許可された。

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